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2.黒光りする大きいのが現れた

 ダンジョンが初めて現れたのは、今年の5月最初の日のことだった。突然、世界の各地に大きな門が現れてその内部がダンジョンと呼ばれる異空間に繋がっていたのだ。


 日本でも各地にダンジョンが現れて、警察や消防署が対応に当たっていたのは記憶に新しい。

 ただ、ダンジョンと言ってもその内部には、比較的弱い小動物が住むだけで害はなさそうに思われた。

 しかも、その小動物もダンジョンの外に出ると、弱ってしまいすぐに死んでしまうとなればなおさらだった。


 男子たちの中には、ダンジョンの中には財宝があるに違いないと言っていた子がいた。他にも、ダンジョンに入ってレベルアップとやらをすれば、魔法が使えるようになったり剣の達人になれると期待していた子もいたみたい。

 けれども、残念ながらそんなことはなかったみたい。


 一応、ステータスとやらはあったみたいだけれど、それも大して強くはならないとニュースで言っていた。


 結局、ダンジョンはよくわからないものとして、一部が研究用に開放された以外は、封鎖されることになった。

 と言っても強制力のある法律が作られたとかじゃなくって、なんとなく面倒そうだし、害もなさそうだから放置して置こうと、みんなが考えた結果みたい。

 もちろん、前に言った男子みたいに積極的に探検をしようという人もいたけど、財宝が無いと分かるとそれも次第に下火になっていった。


 そんな感じで放置され気味だったダンジョンだったけれど、その真の恐怖をあらわにしたのは、最初のダンジョン発生から約1週間後のことだった。

 なんと、ダンジョンからモンスターの大群があふれ出したのだ。


 それによって、人類の文明は崩壊の時を迎える……などということにはならなかった。

 いや、モンスターと言っても野良猫に余裕で負けるようなやつだよ。

 しかも、ほっといてもすぐに弱って死ぬし。


 ただねえ、死んだら死体が残る訳なのよね。

 それが、匂ってひどいことになった。


 その時になってダンジョンを造った者からテレパシーで全人類にメッセージが流された。

『みなさん、ダンジョン内のモンスターは定期的に間引く必要があります。一定期間、間引きが行なわれなかったダンジョンからはモンスターがあふれ出します。モンスターはダンジョンの外に出るとやがて死にますが、死体を放置すると不衛生です。定期的に間引きを行い、モンスターがあふれ出ないようにしましょう』


『なお、ダンジョン内で倒したモンスターの死体は、一定時間放置しておいた場合、当方がサービスで回収させていただきます。なお、ダンジョン内で倒したモンスターの死体以外は回収いたしません。逆にダンジョン内に放置されたごみは、ダンジョン外に排出いたしますので、清潔で快適なダンジョンのご利用をお心がけ下さい』


 いや、テレパシーなんて超技術を使って何を言っているんだろうこの人は、とみんな思ったわよ。

 そもそも、誰もダンジョンなんて造ってくれと頼んでもないのに、何でこの人はそんなものを造ろうと考えたのかしら。

 そのことを頭の中で念じてその人に問いかけた人も少なくなかったみたいだけれど、どうもテレパシーは一方通行のようで答えはなかったようよ。


 まあ、そんな訳でダンジョン内の間引きが必要と言うことが分かったわけよね。

 ご近所の間では、ダンジョンは衛生害虫扱いで、自分たちの家に現れたらどうしようかと話題になっていたわ。


 お偉いさんたちの間ではそれとは別に、そもそもダンジョンなど造るからいけない、責任はあの人に取らせようだとか、超技術を持っているらしいあの人と接触しようとか色々考えていたみたいだけれど、結局連絡がつかなくて諦めたみたい。


 まだ、その時は私とってダンジョンは他人事だったのだけれど、そうも言っていられなくなったのが昨日のことなの。

 その日は週の初めで、いいお天気の日だった。私は朝ベッドから起きると、パジャマから壁に掛けてあった高校の制服に着替えた。その時、クローゼットの中からバンバンという音が聞こえてきたの。


 今までそんな音がすることは無かったから、少し身構えたけれどきっと野良猫か何かがクローゼットの中に迷い込んだのだろうと想像してとりあえず開けてみることにした。

 冷静に考えると、野良猫が鍵のかかった部屋の中に侵入し、しかもクローゼットの中に入るなんてありえないんだけど、あの時は慌てていたからそこまで気が回らなかった。


 クローゼットの扉を開くと、1匹のウサギのような生き物が勢いをつけて体当たりをしてきた。それにも驚いたけれど、私はそれどころじゃなかった。


 何しろ扉の向こうにはそいつがいたのだ。黒光りする高さ10メートル以上のある巨大な鳥居のような奴があった。それの周囲では空間が歪んでいるようで、明らかにクローゼットよりも大きなものが中に収まっているという錯視画のような光景が広がっていた。


 私はその光景に混乱し、さっきの体当たりを受け止めたウサギを抱きしめたまま、リビングに向かって走った。

「みんな、私の部屋が変なの。黒光りする大きなのが出たの」

「加奈、大声を出すとはしたないわよ。黒いのってゴキブリでも出たの?」

 料理をしていたお母さんが、私をたしなめる。でも、私はそれどころじゃなかった。


「ゴキブリじゃないけど、とにかく黒くて大きいのがでたの」

 私は手にしたウサギを振り回しながらそう答える。

「なんだ、ゴキブリなら父さんが倒してやるぞ」


 その時、頭の中に以前耳にしたようなメッセージが流れてきた。

『モンスターを倒し初めての経験値を得ました。ステータスの閲覧が可能になりました。レベルアップしました』

 その言葉にはっとして手の中をみると、ぐったりとして息をしていないウサギがいた。

「ああ、ウサギちゃんが死んじゃった。どうしよう」


「あらまあ、ウサギなんていつの間に飼っていたの? ちゃんと世話をしないとだめよ」

「もう死んじゃったみたいだよ」

「あらまあ、今日は燃えるゴミの日だったかしら?」

「生ごみ扱い! それよりも私の部屋が大変なの」


 ウサギをリビングに放置すると、お父さんの手を取って自分の部屋に連れて行った。お祖父ちゃんも私の剣幕に何事かと思ってついてきた。

「どれどれ……なんじゃこれは⁉」

「だから、大変だって言ったでしょう」


 その時、隣の部屋からお姉ちゃんが顔を出した。

「うるさいわよ。今日は1限の単位がないからもう少し寝たかったのに、目が覚めちゃったじゃない」

「お姉ちゃん、それより私の部屋が大変なの」


「大変、大変って他に言葉を知らないの? どれどれ」

 そう言いながらお姉ちゃんも部屋を覗き込む。

「うわ、本当だわ。これってあれよね?」


「ううむ、たぶん間違いないだろうな。これは最近噂になっとるダンジョンじゃろう」

 お父さんと一緒についてきていたお祖父ちゃんが、唸るようにそう呟く。

「ダンジョンって、あのはた迷惑な衛生害虫扱いされてるやつ?」

「衛生害虫扱いかどうかは知らんが、あのモンスターを吐き出すダンジョンじゃな」

「うわ、どうしよう」


「まずは、クローゼットの扉を閉めてきたら。遠近感がおかしくなって目眩めまいがしてくるから」

 お姉ちゃんが目元を抑えながらそう呟く。

「うん、分かった」

 私は、そう言ってクローゼットの扉を閉める。明らかにクローゼットよりも大きな鳥居が、扉を閉めると見えなくなる不思議。

「……とりあえず、この件は食事をしながらみんなで相談をしようか」

 お父さんが何だか疲れたようにそう締めくくった。


「おかえりなさい。それで何だったの?」

 リビングに戻るとお母さんがそう尋ねてきた。

「ああ、少し厄介なことになった。加奈の部屋にダンジョンができたらしい」

「ダンジョン? あのテレパシーで話しかけてきたはた迷惑な人が造ったやつ?」

「そう、そのダンジョン」


「あらあら、それじゃあモンスターを定期的に間引かなきゃねえ」

 朝食を配膳していたお祖母ちゃんが、そう呟いた。

「そうなんだよな。誰がそれをやるかだ」

 お父さんがため息をつきながらそう話す。

「警察や消防署、あるいは、役所は駄目なの?」


 お姉ちゃんがそう言ううけど、それには私が反対する。

「えー、知らない人が私の部屋に入るのは嫌だよ」

「知っている人ならいいの?」

 お姉ちゃんの質問に私は答える。

「それなら、仕方ないかな」

「げー。私だったら知っている人でも他人に勝手に部屋に入られるなんて御免だけれど」

 お姉ちゃんは、嫌そうな顔をしてそう呟く。


「話が逸れたが、警察や消防署や役所とも手一杯らしい。1回だけならともかく定期的にとなると、土地の所有者が対応するようにとのことだ」

 お父さんがネットでダンジョンの情報を調べながらそう答える。


「それじゃあ、誰が間引きをするの? 加奈?」

 お姉ちゃんが無責任にそう言ったけど、お父さんがそれには反対する。

「加奈は学校があるだろう。週末まで放置して置いたら、モンスターがあふれ出す恐れがあるし……」


「死体の悪臭被害なんて出したら、ご近所に顔向けできないよ」

 私は、その惨状を想像して顔をしかめる。


「言っとくけど、私も大学があるから週末はともかく他の日は無理よ」

 お姉ちゃんがそう宣言する。

「お父さんとお母さんも平日は仕事があるからねえ」

 お母さんも困ったように話す。


 そこで、お祖父ちゃんが自信ありげに告げる。

「決まりじゃな。わしと婆さんに任せておくがいい」

「大丈夫ですか?」

 お父さんの不安に、お祖父ちゃんは胸を張って答える。

「なに、わしもまだまだ動けるわい。それに、適度な運動は健康にも良いしな」


「あらあら、ダンジョンに潜ってモンスター退治なんて、まるでゲームみたいですね」

「お祖母ちゃん、ゲームなんてやるんだ」

「美奈さんに貸してもらったゲームを、暇なときにやっていたんですよ。最近はネットゲームの方にも手を出していますよ」

「へえ、そうだったんだ」


 そこで、お母さんが私たちに注意を促す。

「ほらほら、みんな食事に集中しないと遅れるわよ。美奈も1限が休みだからって、いつまでもパジャマのままで居ないの」

「これは、ダンジョン騒ぎのせいなんだけれど……」

「言い訳しないの」

「はーい」


「それじゃ、お義父さん、ダンジョンの間引きの件はよろしくお願いしますね」

「うむ、任せとくがよい」

 お祖父ちゃんは、そう言って頷いた。


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