拝啓、強くてニューゲーム様
俺は、ゲームを終わらせようと思うんだ。
理由? もうすべて、やり尽くしてしまったからだ。
勉強も、趣味も、はたまた報復もやってしまった。もう飽き飽きだ。
次の人生は、強くてニューゲームがいいな。
大したスキルも持たず、ただ生まれただけの俺には、この世界は辛すぎた。
本を読んでいれば笑われ、出来ない運動を必死にやれば馬鹿にされ、唯一の特技と言える美術も、気持ちが悪いと切り捨てられた。そんな俺に、何の価値があるというのだろう?
ああ、お願いです、女神さま。どうか生きるだけの家畜にすることなく、RPGの主人公のような最強チート勇者にして下さい。
そう願って、俺は屋上に立っている。こんなクソゲームからおさらばする為に、だ。
痛みを覚悟し、足を浮かす決意をしかけたその時、肩にぽん、と人の手が置かれた。俺の自決を止める為だということを、無意識の内に理解していた。
「……なんだよ」
視線を地上に向けながら、独白をするように背後の人物へ問い質した。
「落ちるな、とは言わねえよ」
俺を引きとめたのは若い男だった。容貌は目にしていないので分からないが、声はまだまだ若かったのでそう判断したのだ。と言っても、俺はまだ未成年なので俺の方が若いのだろうが。
「ただ、もっとやり方があるんじゃねぇの?」
「……ない、全部やった。でも、どれも上手くいかなかったんだ!!」
今までのストレスが積もりに積もった末、俺は俺を馬鹿にした奴らに復讐をした。それでも、憂さ晴らしにはならなかった。
社会の役に立つ為と、必死に勉強をした。それでも、成人していない俺はただのお荷物だった。
それならばせめて自分の世界に閉じこもろうと趣味に没頭した。それでも、周りの奴らからは気味悪がられ現実に戻らざるを得なかった。
これで、何の努力もしていない、と言われればどこまででも発狂出来るような気さえした。
「俺はこうするしかないんだ」
「本当にそうか?」
男は俺の苦労など全く意に介することなく、何事もなかったかのようにちゃらけた様子で言い放った。
その横暴な楽観さは、俺の口をあんぐりと開けさせるのに充分すぎた。
「……は?」
「お前さ……まだやってない手があるだろ?」
俺に出来る手は全て尽くした。そのはずだ。なのに、コイツはこれ以上なにを求めるのだろうか。
「知らねえのか、『逃げ』ってヤツ」
男が何気なしに発した言葉は、俺の目線を地上から引き剥がした。
『逃げ』なんて手、俺は知らない。逃げれば同級生にからかわられ、弱者として見下され、親からも兄弟からも家族扱いをされない。そういうものだと思っていた。少なくとも、俺の常識ではそうだった。
地上から目を離したことで背後を振りかえられるようになった俺の眼球は、すぐさま男へと向けられた。
男は予想していた通りに若く__まぁ、俺よりは年上なんだろうが__色素の薄い短髪をばっちりと決めていた。これからデートにでも行きます、って感じの恰好で、イマドキの流行りの服装だ。
その余りにもまぶし過ぎる彼の容貌は俺を混乱させるのにたくさんだ。どうにも俺を馬鹿にした奴らが頭をよぎる。
「どうしたんだよ、そんなに間抜けた顔をして」
彼は俺のぽかんとした表情を見て大笑いをした。腹を抱えて、涙を流して……感情がありのままに出せる自由人なんだと、思わざるを得ない。
「わっ、笑うなよ!」
「悪い悪い、面白くって……」
それから彼は数分笑い続け、やっと収まったかと思えば真面目な顔をした。
「いや、だからな。ここから飛び降りるだなんて止めろよ。あ、勿論多量出血とか、オーバードーズとかも止めろよ?」
「どうして、他人のアンタが俺のことを気に掛けるんだ」
「そりゃ、目の前で人生リセットしてるやつがいるからな。一応声をかけるんだ」
「じゃあ……それは無駄な努力になったんじゃないか?」
思わず顔を下げて告げると、彼は俺の頬をむんずと掴み、無理矢理目を合わせてきた。なんだよ、この男……。
「いいか、よく聞け若者」
「アンタも若者なんじゃ……」
「人生において大切なのは、戦うことじゃない、『逃げ』だ。どうしてか分かるか、自分の身が守れるからだ。お前はRPGをやったことがあるか?」
「あるけど……?」
「戦えばその分の代償が来る。それがモンスターからの攻撃だ。ターンが回って来れば、かならず受ける攻撃。ただ、一つだけそれを回避する方法がある。……まぁ、防御は別だけど」
彼は、自信満々に胸を張ってこう告げた。「それは『逃げる』だ」と。
「つまりだ、お前は『逃げる』を使えば無駄な攻撃なんぞ受けずに済むんだぞ。どうして逃げない」
「……目が、怖い。みんなから批判されるような、非難されるような冷たい目が怖いんだ。まるで商品を品定めするみたいにじろじろ見てくるんだ!!」
逃げれば殺される。鬼ごっことはルールが逆さまになったような遊びだ。世間はそんな下らない遊びを高校生になっても、大学生になっても、社会に出てからも続けている。
他人だけじゃない、家族も友だちも一緒くたになって、逃げた『弱者』を探している。
「その目から『逃げ』ればいいんだ」
「そんなことが……」
「出来るさ、覚悟と計画と、それから……逃げる先を見つけることだな」
でも俺は、ここで人生をリセットすると決めた身だ。これ以上何かを決意してもよいのだろうか?
たとえそれが許可されても、モブキャラとしての生を終えて、真新しいニューゲームで最強チート主人公になりたいのだ。きっと俺が『逃げる』先は屋上からの急転直下だ。
「……俺は、強くてニューゲームがいいんだ。今から国外に逃げたって、今のまんま生活していくだけ……」
「はぁ? お前、何言ってるんだよ?」
彼は片眉を上げて、本当に不思議そうに叫んだ。
「死んだら何にも残らない。肉体だって、勿論、記憶だってそうだ。身を投げたら神様の手違いで異世界転生?? そんな夢は見ない方がいいぞ」
「なっ……」
「記憶も何もかもが消えて、もしかしたら今よりもっと酷い環境で生き地獄を味わう……。そんなもんより、しっかり『逃げ』て記憶が受け継がれた方がいいんじゃないか? ほら、0からのスタートだ。これこそ本当の……『強くてニューゲーム』ってやつだろ?」
彼はしたり顔で俺の目を見つめた。心の奥底が覗かれているんじゃないかとヒヤヒヤしたけれど、そんな心配は杞憂に終わることになった。
なんたって俺は……『強くてニューゲーム』を始めることを決意したのだから。
個性が強い人には生きづらい世の中だと、私は思っています(代表的なもので言えば学校でしょうか)。
全てのコミュニティがそうだとは言いません。
ですが、人と違うことをすれば責められ、周りより出来が悪ければ仲間外れにされ、才能を発揮すれば『出る杭は打たれる』と言ったように、抑圧された生活を強いられているのだと、私は感じることがあります。
次第にそういった風潮が出来あがっているのです。悪いことだとは言いません。きっと、私だって流されている部分があるのだと思います。
辛いこともあるでしょう、消えたくなりたいこともあるでしょう。でも、命を落とせば全てが終わりです。なら一度、『逃げ』てみてはどうでしょうか。『男』が言っていたように、『強くてニューゲーム』が始まるかもしれません。
私はただの小さな人間です。まだ学生の身だし、世の中のことなんかこれっぽっちも分かっていないガキ。説得力なんて無に等しいですが、一つの選択肢として皆様の記憶にぽつりと存在していたら、それだけで嬉しいです。
独白のような短い小説を読んでくださって、ありがとうございました。