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古都奈良の和カフェ あじさい堂花暦  作者: 橘 ゆず
第二章 白玉ぜんざいとほうじ茶ラテ
9/11

2.中学受験と不登校

「あじさい堂」では基本ランチタイムは設けていない。それはメニューのほとんどが食事というより「おやつ・お菓子」に類するものだからなのだけれど。


 きなこのパンケーキや、黒蜜フレンチトーストなど、ややボリュームのあるメニューも置いてあるのでお昼時はそれなりに賑わう。

 その日もかなりお店は繁盛していた。


「やっぱり早く新しいバイトの人に入って貰いましょうよ」

 四時を過ぎ、客足が途切れたときにお皿を洗いながら私は奏輔さんに言った。


「悠花ちゃん、そればっかやな。そんなに早くうちを辞めたいんか」

「そうじゃないですけど。私がここで働くのはいいんですけど、それはそれとしてもう一人くらい人手が欲しいなっていう話ですよ。今でもういっぱい、いっぱいなんだから。これでこれから秋の観光シーズンになったらまわりませんよ。絶対」


 そんなことを話していると、ちりりんと入口のドアベルの音が鳴った。

「いらっしゃいませー」

 笑顔でそちらを振り向くと、佐保ちゃんが入って来るところだった。いつも弾むような笑顔でやって来るのになんだか元気がない。


「なんだ、またおまえか」

 奏輔の憎まれ口にも返事を返さず、黙って壁際の二人掛けの席に座る。


 私と奏輔さんは顔を見合わせた。

 何か言おうとする奏輔さんを制して、私は水のグラスをのせたトレーを持って佐保ちゃんのテーブルに近づいて行った。


「いらっしゃいませ。今、塾の帰り?」

 声をかけると、佐保ちゃんがこちらを見あげた。その目には涙がいっぱいたまっていた。

「さ、佐保ちゃん?」

 どうしたの? と訊ねるより早く佐保ちゃんが私に抱きついてきた。

「悠花さん~」

「ど、どうしたの。佐保ちゃん」

 おろおろしていると、それを見た奏輔さんがカウンターの中からのんびりとした声をかけてきた。

「どうした。鹿にでもかじられたんか」

「ちがうわっ」

 佐保ちゃんが涙に濡れた顔をあげる。

「悠花さん、うちどうしよう。どうしたらええの?」

「な、何が?」

「店先でべそべそせんと順を追って話せ」

 営業中に何考えとるんや……と文句を言いながらも奏輔さんが淹れてくれた抹茶ラテを飲みながら佐保ちゃんが話してくれたのは次のような話だった。


「今朝、店の前で会うた子おったやろ?」

「ああ、うん。塾の友達だったっていってた子?」

「うん。浅岡奈月ちゃん。ずっと中受のクラスで一緒だった」

「中学受験の?」


 佐保ちゃんの通っている私立中学には当然ながら入学試験がある。

 私自身は地元の公立中学に進んだので詳しくは分からないけれど、中学受験をする子はその為の専門の塾に通うのだということは知っていた。


 最近では難関校と呼ばれる学校を受験する子は小学校四年生──正確には三年生の二月から準備を始めるらしい。

 六年生になる頃から受験組の子は、放課後同じ小学校の子と遊ぶ時間がなくなる。部活動や地域の行事などにも参加出来なくなってくる。


 その分、同じ塾で同じ目標に向かって努力している友達との繋がりが強くなる。

 佐保ちゃんと奈月ちゃんもそういう仲だった。模試の前には塾の自習室や図書館で一緒に勉強したりもしたし、夏休みには互いの家にお泊りをしあって「合宿」をしたりもしたらしい。


 でも朝、店の前で会った時、「同じ学校の子?」という私の質問に佐保ちゃんは「ううん」と首を横に振った。

「……奈月ちゃんの志望校って」

「うちと同じ若草山。……奈っちゃん。受からなかってん」

 佐保ちゃんはぽつりと言った。


 受験仲間というのはそういう時微妙だ。二人とも合格、もしくはふたり揃って不合格だった場合はいいが、こうして明暗が分かれてしまった時に今まで通りの関係を続けていくのが難しくなる。

「合格発表の日、奈っちゃん。うちに『おめでとう』って言ってくれてん。そんで、『しょうがないから高校で佐保ちゃんと一緒になれるようにまた三年間頑張るわ!』って言うてくれとったのに。それからメールもLINEも返事来んようになって。電話しても繋がらんくて……」


「まあ、そら向こうにしてみたら受かってのほほんとしとるお前の顔、見たなかったん違うん?」

「奏輔さん!」

 きっと睨みつけると、奏輔さんは慌てて厨房のなかへ戻って行った。まったく! デリカシーというものがかけらもないんだから。


「うん……。でも奏ちゃんの言う通りやと思うわ。うちも、自分受かって、奈っちゃんは落ちて……。どう接してええかよう分からんとこあったし。それで中学入ったらまたそっちでも友達出来たし、だんだん連絡もせんようになってしもて……」

「うん。でもそれは寂しいかもしれないけど仕方のないことじゃないのかな……」

 人間、立場や環境が変われば、人間関係もそれに応じて変わっていくのは仕方ないことじゃないかと思えた。


「うん。うちもそう思って、最初は気にしとったけどだんだん奈っちゃんのこと思い出さんようになっていって。年賀状だけはそれでも出しとったけど。それ以外は全然連絡とってなくて……」

 そこで佐保ちゃんはぱっと顔をあげてこっちを見た。

「そしたらこの間な。奈っちゃんのお母さんが家に来てん」

「お母さんが?」


「うん。奈っちゃんな。学校行ってへんらしいねん。もうずっとやって」

「不登校ってこと?」

「うん。入学してからずっと休みがちやったり、部活もすぐにやめたりしてお母さん心配しとったみたいなんやけど、二年生の夏休みが終わってから学校行かれへんようになって、それからずっとらしいねん」

 じゃあもう一年以上、学校に行けてないってことなんだ。


「どうして?」

「理由は分からへんのやって。いじめがあったんやないかってお母さん色々学校に聞いてみたりしたんやけど結局分からずじまいで」


「そらまあ、あったとしても学校側は認めんわな」

 奏輔が厨房から言った。話の内容はしっかり聞いているらしい。


「奈月ちゃんはどこの中学に進学したの?」

「地元の公立中学。うちは第二、第三で平城中とか萬葉中とか受け取ったけど。奈っちゃんは若草山一本やってん」

「つまりそれくらい自信があったってこと?」


「それもあるけど……。奈っちゃんのお家、お父さんが厳しいっちゅうか古くて。奈っちゃんのとこお兄ちゃんもおるんやけど三笠山中学行っとって」

「俺の後輩やな」

「嘘っ」


 厨房から聞こえてきた声に私は思わず声を引っ繰り返してしまった。

「なにが嘘やねん」


「だって……え? 奏輔さん三笠山学園出身なんですか」


 三笠山学園というのは、平城宮跡の方にある中高一貫の私立の男子校である。

 佐保ちゃんの通う若草山学園も名門校として有名だが、三笠山学園はそれよりもさらに上を行く進学校で、偏差値の高さは全国でもトップレベルだといわれていた。


 毎年、何人も東大、京大をはじめとする有名大学に進学するうえ、卒業生には政治家や財界の著名人も数多くいる。

(それが、なんでまた……)

 そう思ったのを見越したように奏輔さんが厨房から顔を出した。

「三笠山出て、なんでまたこんなとこでショボい商売やっとんのやろ、って思ったやろ?」

「思ってませんよ、そんなこと! ただ、そんな風に見えないから意外だっただけで」

「悠花さん、それフォローになってない」

 佐保ちゃんがくすっと笑って涙を拭いた。



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