星読み(★★2018年クリスマス企画・第3弾★★)
062
そこは古墳を思わせる飾り気のない洞穴だった。
恐らくは地形を利用したものではない。
基礎からの人工建造物だ。
足下からアーチ状の低い天井まで、白っぽい不定形の石組で固められており、陽光の届かない内部は左右等間隔に設えられた年代物の燭台によって頼りなく照らし出されている。
入口からして非常に狭く、痩躯のカズマと小柄なネネの二人ですら肩を並べて進むことは困難そうであった。
「申し訳ありませんが、儀式を受けるに当たって、ここからは一切言葉を発さないようにしてください」
足を踏み入れる前、ネネは神妙な顔つきで告げた。
「――と言うと?」
「〈星読み〉の儀は、第二の名を授かるとことから、オクスゥにとって二度目の誕生を意味するものと考えられています」
「一人前って認められる儀式なんだっけ。大人社会に生まれ落ちる的な感覚なのかな?」
「そのまま正解ではありませんが、考え方の方向性は近いものがあると思います」
「で、声を出しちゃダメっていうのは?」
「この入口は、見立て上の産道です。これを通って再び外に出た時、第二の誕生なんです。
産み落とされた子どもは、その時にはじめて産声をあげるでしょ?」
「あー、なるほど。確かに、生まれる前からぺちゃくちゃ喋る赤ちゃんはいないね」
「はい」
ネネはにこりとする。
「他に注意点は?」
「奥に小さな部屋があって、そこで行き止まりです。窓もなにもありません。ごく小さな通風口はありますけど、多分気づかないと思います」
「大丈夫。閉所恐怖症の気はないよ」
「部屋では神官のような存在である男性の老人が待っています。
びっくりしないでください。
あと、空気が違って感じられるかもしれませんが、それはお香が焚かれているせいです」
「了解」
「私が巫女として立会人を務めさせていただきます。神官も儀式中は喋りません。ご案内は全て私が行いますので、よろしくお願いします」
「お願いします」
では、とネネが先導を開始する。
産道の意味を持つという通路は、一〇メートルほど真っ直ぐ続いていた。
突き当たりに暖簾のような、床近くまである薄布が垂れ下がっている。
「入ってすぐ段差があります。足下、お気を付けて」
ネネに言われなければ足を踏み外したかもしれない。
確かに、四段ほどの下り階段があった。
奥の小部屋は思っていた以上に狭かった。
ちょっとした物置くらいの面積しかない。
かまくらを彷彿とさせる円形のドーム型で、床には古びた赤い絨毯が敷かれている。
そこに、座した神官が待っていた。
かなりの高齢――恐らくは七〇代以上だろう。
その割には豊かな頭髪は完全に白く染まっている。
着衣は、どことなく宮司を思わせる白装束。
白檀に似た香の匂いがまた寺社めいたイメージを助長している。
香が焚かれているのはネネの言葉通りだったが、想像とはレヴェルが違った。
まるでヘヴィスモーカーを一〇人ほど閉じ込めた喫煙ブースだった。
白い煙が濃霧のように空間全てを覆っている。
だが不思議と息苦しさも、目にしみるような感覚もない。
「カズマ様、こちらへ」
ネネの導きに従い、老人の対面にカズマは腰を落とした。
神官との間には、占星に用いるのであろう奇っ怪な道具が幾つか並べられている。
どれも祖父母の家にある古びたスプーンのように年季を感じさせた。
その一つひとつに、語れば一時間ずつかかるような謂われがあるに違いなかった。
「カズマ様、これより儀式を行います」
ネネは大きく一歩分、神官とカズマから距離を取った地点に身を引いている。
教育実習生を監督するベテラン教師のような位置取りだった。
「つきましては、毛髪を一本、提供していただけますか?」
求めに応じ、カズマは側頭部のあたりを手櫛で梳く。
二度繰り返すと一本、長めの抜け毛が取れた。
近寄ってきたネネにそれを渡し、ネネから神官へ。
「〈星読み〉では火を用います。これは勿論、女神イレスが火を司ることにちなみます。使うのは〈ハハカの木〉です。この木を燃やした火こそ、色合いや形が〈原初の分け火〉に最も近いと言われているからです」
解説の間にも、神官は節くれ立った手で作業を進めていく。
何千回と繰り返してきた者だけが得る、無造作な中の洗練があった。
いつの間にか、小さな木片の寄集めに火が点されていた。
〈ハハカの木〉とはこれらしい。
カズマの目には、何の変哲もない薪木にしか見えない。
だが、立ちのぼる芳香は良かった。
肉の燻製に向くかもしれないとさえ思った。
やがて火勢は、カセットコンロの中火ほどになった。
神官はその火の周囲に、おが屑のようにも灰のようにも見える、奇妙な粉末をまき始めた。
それから小瓶の水を振りだす。
次にいよいよ、渡した髪の毛の出番が来た。
熱くないのか、神官はそれを右手で摘まみ、上から垂らすように直接炎に近づけていく。
通常、毛髪が燃えれば不快な刺激臭が生じる。
が、不思議と今はそれはなかった。
地球とは何かが大きく違うらしい。
毛髪が鍛冶場の炉に突っ込んだ鉄のごとく、鮮やかな赤光を放ちはじめたことで、それは確定的となった。
変色は全体に及んでいた。
凄まじい高熱を発していそうだが、神官は顔色一つ変えずに毛先を摘まみ続けている。
気づけば、毛髪は棒状に変化していた。
まるでシャープペンシルの芯だった。
それもマグマ色の、だ。
と、神官が指先をそっと開いた。
摘ままれていた毛髪は、すとんと〈ハハカの木〉の火へ落ちていく。
そして、熱湯に投じた氷さながら、一瞬で融け去った。
「煙が形を取ります。驚いて声をあげられませぬよう」
横からネネが囁いた。
その意味するところを怪訝に思う間もなかった。
儀式の火から、にわかに白煙がたちのぼりはじめる。
無論、気体には違いない。
だが、やけに輪郭がはっきりしていた。
ヘアスプレーから飛び出るるムース状の泡を連想させられさえした。
声をあげそうになり、カズマは口元を手で覆った。
泡状の白煙はカズマたちの目の高さで宙に留まり、一塊になっている。
まるで雲だった。
アメーバかスライムかのように蠢く様は、自らの意思をもつかのようだ。
「――〈囀るもの〉よ」
出し抜けに言葉が聞こえた。
空間そのものが振動し、疑似音声を合成している。
はじめ、カズマはそんな錯覚さえ受けた。
頭に直接響いているようにすら感じられた。
目の前の老神官が口を利いたのだと気づいたのは、ずいぶんしてからだった。
「駆ける殻子は流星のごとく真赭に輝き、まさに内なるものをあらわさんとしている。早晩お前は時を迎え、そこでこそ得るべき名を得るだろう」
読経めいた不思議な響きを持つその声は、空間に溶け込むように消えていった。
と同時、具象化していた白煙も霧散しはじめる。
――お疲れさまでした。
儀式はこれで終了です。
ネネの声が、どこか遠くから聞こえた気がした。
カズマは我に返る。
白昼夢から覚めた気分だった。
促されるまま立ち上がり、件の産道を通って外に出た。
月明かりが、まるで真昼の太陽のようにまぶしく感じられた。
「――もう、お話されて結構ですよ」
柔らかな微笑と共に言われた。
許可が出たとなれば、第一声はとっくに決まっている。
「今のお告げ的なのの意味、分かった?」
訊かれるのを予測していたに違いない。
ネネが笑みを深める。
「カズマ様の場合は珍しいパターンですね。あれは、まだ星が定まっていないということです」
「つまり、特別に成人の儀式みたいなのに参加させてやったけど、お前は思ってたより子どもだったから出直してこい……的な?」
「そんな酷いものではありませんよ。むしろ、著名なオクスゥに多いパターンです」
「そうなの?」
カズマは目をしばたく。
「同じように、まだ星が定まっていないと言われたオクスゥが、次の狩りで〈主〉と呼ばれて恐れられていた大物を仕留めたことで、皆から名誉な二つ名を与えられた――といった感じですね。よくある例は」
「つまり、そのうち皆から何かしらのあだ名をつけられそうな気がするから、今回〈星読み〉で二つ名付けるのはスルーしとくってこと?」
「そういうこともある、ということです。〈星読み〉には、小さな可能性を含めれば常に幾つか解釈の余地があります」
「――ネネさんにも、星読みの名前はあるの?」
「いえ」
彼女は誇らしげに首を左右した。
「巫女には必要ありませんから」
カズマは一瞬考え、結局、疑問をそのまま訊ねた。
「必要ない?」
「巫女になるということは星を自ら選ぶということ。神官は〈ほむら〉を語り継ぎ、巫女は〈ほむら〉の血を受け継ぐ。
役割が決まった特殊な存在なのです」
それは哲学の話か。
でなければ量子論の類いであったのだろう。
どちらであれカズマにとっては同じ事だ。
すなわち全く理解できない。
表情からその混乱を読み取ったのか、ネネが口を開いた。
「――オクスゥには神話があるのです。その中に〈ほむら〉と呼ばれる一種の英雄の伝説があります。彼は実在した人間なのですが、遙か昔のひとです。現世には存在しません」
だが、魂は輪廻する。
英雄〈ほむら〉と同じ異能を持つ者が、世代を超えていつの日か再臨するであろう。
そしてオクスゥを魂を救うだろう。
神話はそうも伝えているという。
その伝承が実現した時。
つまり、再び〈ほむら〉が現れた時に備えて存在するのが巫女 であり神官なのだ、とネネは語った。
もし〈ほむらか〉が男性であれば、ネネたち巫女をあてがう。
そして子種を授かる。
女性であれば神官たちがその足跡を記録し、語り継ぐ。
「もちろん、〈ほむら〉当人が受け入れてくれればですけど」
そう言って、当代の巫女ははにかんだ。
「えっ、じゃあネネさんって――」
うまい表現を探すため、カズマは一旦、口をつぐまねばならなかった。
メソポタミアでも日本でも、古代の巫女は性的な要素を持った存在であった。
娼婦を兼ねていた。
しかもそれでなお、彼女たちは神聖視されていた。
社会的地位の高い存在であった。
そういった話は、カズマも聞いたことがある。
「オクスゥの巫女ってそういう……そんな存在だったんだ? なんか、他にも小さな子がいたけど、じゃああの子も」
「そうです。巫女の使命とは〈ほむら〉と子を成し、その血を残すことこそが本義です。
でも、巫女が一人では確実とは言えません。〈ほむら〉との相性もありますし。なので、巫女は各部族に大抵ひとりはいますし、大きな集落になると複数います。当然、年代にも幅を持たせて」
必然、加齢で生殖能力が低下すると、巫女は巫女としての機能を果たせなくなる。
その場合は、神殿を出て市井に戻ることもあるらしい。
つまりは引退だ。
「逆に神殿に残るひともいます。次代を担う巫女見習いの教育係として伺持するんです」
「そういう進路は自分で決めるんだよね? くじ引きとか、世襲とか、強制とかじゃなくて」
「はい、そうです」
「ネネさんはなんで、そんな……周囲も反対とかしなかったの?」
その質問は、ネネにとって逆に驚きであったらしい。
「巫女はオクスゥの社会における最高権威です。私が言うと傲慢に響くかもしれませんが、競争率も高いんですよ? 選ばれるだけでも大変な名誉ですし、たとえ自分の世代に〈ほむら〉が現れずとも、伝統を語り継ぐというオクスゥ社会における最も重要な役割を担えます。巫女を排出している間は、家族も丁重に扱われますし」
「ふうん」
「……でも、確かに皆が皆、諸手を挙げて賛成してくれたわけではありません。多くの場合、一番難色を示すのは親しい友人たちです。巫女になると家を出て神殿に入りますから。望んで会える関係ではなくなるんです」
「あー、付き合いが途絶えちゃうんだ」
「ええ。周りもみんな幼いですし。友達がいなくなるという事実だけが大事なんです。とりわけ男の子は同い年でも少し子どもっぽいところがありますし、なかなか理解してくれないものでしょう?」
「そうだね」
だが、単に精神年齢だけの問題とは思えなかった。
ネネは日本の基準でも――そして恐らくここフ=サァンの基準でも特別、美少女というわけではない。
しかし性根の優しい、それでいて芯のしっかりした女性である。
誰もが好感を抱かずにはいられない人間だ。
そんな彼女に対する好意を、異性としての特別な感情として抱く少年がいたとして、カズマは驚かない。
好きな女の子が――伝説的英雄が相手とはいえ――見も知らぬ男の愛人候補になると言い出すのだ。
反対したくもなる。
自分とヨウコに置き換えてみれば、容易に想像できる話だった。
程なくナージャと合流すると、カズマはネネを伴ったまま休憩所に戻った。
驚いたことに、室内では派閥メンバーが顔を揃えて長の帰還を待ち構えていた。
中には長期離脱していたトーリ・クゥガーの姿もある。
単独行動による情報収集からようやく戻ったらしい。
「クゥガーさん。帰ってたんですね。おつかれさまでした」
声をかけると、トーリ〝鉄拳〟クゥガーは咥えていた葉巻を口から離し、顎を引くように頭を下げた。
「――ああ。随分と遅くなったようだな。すまん」
サングラスに酷似した黒く鋭角なフォルムのアイガードのせいで、表情はうかがえない。
だが、声音からは本物の謝意がうかがえた。
「クゥガーを責めないでやってくれ、カズマよ」
凜とした声が狭い室内に響いた。
クゥガーの主、レイ・ムカイザーノだ。
新参ながら、既に派閥の主力と見なされているこの優秀な女性封貝使いは、先の対スリージィン戦でも獅子奮迅の働きを見せてくれた。
最後に見た時は、ほころびだらけの着衣がその激闘を物語っていたが――
今はもう着替えを済ませている。
とはいえ、格好自体は着替え前と何ら変わらぬ男装だった。
気づいてはいたが、同じ服を何着も用意しているタイプなのだ。
「クゥガーは情報収集で飛び回っている最中、〈イス教団〉の尻尾を掴んだのだ。合流が予定より遅れたのもそのためだ。教団がからんでいたとあらば情状酌量の余地はあろう?」
「えっ、〈イス教団〉を見つけたんですか」
「ああ」
本人が頷いた。
「小隊規模の末端も末端だったがな」
「どんな奴らだったのだ?」
ナージャが訊ねる。
それは、場の全員の問いを代弁するものだった。
クゥガーの眉間に、微かな皺が刻まれた。
「狂信者を絵に描いたような連中だった。個の戦闘能力は白級程度だったが、腕が千切れ飛ぼうと、脚がもげようと、まるで意に介さず向かってくる。恐怖も痛みも感じない、極めつけに面倒な奴らだった」
クゥガーも当初は無力化して情報を得ようとしたらしい。
だが連中は死を恐れない。
敗北を悟った瞬間、狂ったような哄笑と共にあっさりと自爆自害する。
結果として殺害する他、対処のしようがなかったという。
「情報は取れず、か?」
ケイスの言葉に、クゥガーは渋い顔で頷いた。
「手帳というか、メモのような物を持ち歩いてたんで、それは奪ってきたが――」
クゥガーは言って、懐から現物を取り出した。
「暗号なのか、狂人の意味を成さないらくがきなのか判別ができない。こいつは派閥に預ける。皆、あとで確認してみてくれ」
「では、状況が落ち着くまで私が」
クゥガーがついと床に差し出す手帳に、白い手が伸ばされた。
マオ・ザックォージである。
名門ザックォージ伯爵家出身の彼女は、その生まれに恥じぬ教養に富んだ才女だ。
派閥の共有財産はマオの管理下に置かれる。
いつしか生まれたその決まりに、意義を唱えた者は誰もいない。
クゥガーには他にも聞くべきことが多くあった。
情報収集の成果がそうだ。
しかし、それはとりあえず棚上げされた。
まずは、未曽有の災厄に見舞われたこの集落をどうするか。
これに勝る関心事はなかったからである。
――〈スリージィン〉に囚われた親友を助けて欲しい。
本来の目的であるエリナー・フォウサルタンの依頼も、もちろん忘れたわけではない。
しかし、その〈スリージィン〉の大幹部がこの集落の襲撃に関わっていたのだ。
ここでオクスゥたちに関わることは、決して無駄にはならないだろう。
「――じゃあ、現状で最大の問題になってるのは、消えかかってる〈分け火〉をどうするか、なんだね?」
エリック・J・アカギが、硬い表情で言った。
驚くべきは、それが日本語ではなかったことだ。
まだ流暢ではないが、それは確かにこちら側の共通語の体を成していた。
カズマ以外にも何人かのメンバーが驚きを露わにしている。
だが、今はそこを追求するべき時ではない。
その思いは共通していた。
「そうですね。ただ、エリックさんもご存じのように、僕らは以前、同じような状況を経験しています」
「あの小さなオクスゥの村のことだな」
定位置であるカズマの右隣から、ナージャがはしゃぐような声で言った。
なぜか胸を張っている。
彼女は続く言葉でその理由を自ら示した。
「あの村の〈分け火〉は完全に消えていたが、それでもダーガが蘇らせたのだ」
だから今回も問題ない、というのだろう。
彼女の主張は常にシンプルだ。
そして、おなじくらい単純に、カズマのことを我がことのごとく誇る。
これに反応したのは、場に存在する唯一の派閥部外者だった。
すなわち巫女のネネである。
「あの、それは一体、どのようなことなのでしょうか」
「僕らはそもそも、レイダーとして受けた依頼の関係で、キィネオ伯爵領を目指してたんですよ」
「キィネオ……南にある大都市ですね」
「その途中、え――っと、あれはなんていう集落だったかな」
「ノッパではありませんでしたか?」
マオが横から助け船を出してくれる。
カズマは視線で礼を示し、話を続けた。
「そのノッパって小さい集落が、火事みたいに煙をあげてるのを見つけたんです」
「ノッパの里は、名前だけですが知っています。数十人のごく小さな集落で、〈尾剣山脈〉に連なる大森林付近を遊牧するように移動しながら暮らしていた部族だったかと」
そのノッパの里は壊滅していた。
カズマは事実をごく単純に告げた。
それがスリージィンの仕業であったこと。
生き残ったのは、襲撃時に運良く留守にしていた三人だけであったこと。
その老人と幼い姉妹から、オウバルパの暴走の話を聞いたこと。
彼らに乞われて、消された〈分け火〉の復活に協力したこと……。
かいつまみはしたが、カズマは包み隠すことなく全てを語った。
「消された〈分け火〉を蘇らせた……? 蘇らせることができたのですか!」
ネネが悲鳴のように叫ぶ。
「うん。ドリュアスさんに――僕らに協力してくれてる精霊さんなんだけど――教えて貰ったんだ」
「ドリュ……アス、ですか」
「そう。ネネさんは会ったことない?」
言って、カズマは指にはめた指輪を見せた。
ドリュアスの宿り木を加工して作った精霊のリングだ。
かの〈翠緑の貴婦人〉はこれを苗床として宿り、自分と共に旅をしているのだと説明する。
「オウバルパが洪水を呼び起こしたとき、祭壇広場にでっかい木が沢山現れて、皆の避難場所になってくれたでしょ。あれ、ドリュアスさんの力だよ。僕が彼女に頼んだんだ」
巫女は顎を落とし、呆然自失で聞いていた。
「彼女はあの奇跡を起こすために力を使って、今はさっきまでの僕みたいに寝込んでる」
カズマがそこで言葉を切ると、場に沈黙が下りた。
ネネが我を取り戻すまでには、それからたっぷり一〇秒は必要だった。
「えっ……今のお話は……その指輪に、本当に、精霊が?」
カズマを信じていないというわけではないのだろう。
あまりの突拍子のなさに混乱をきたしたらしい。
巫女は場の方々に視線を散らし、皆の顔色をうかがっている。
「本当……なのですか?」
沈黙は肯定。
否定に走る者が皆無であることを知ると、ネネの視線は再びカズマの元へ戻ってきた。
「うん。ノッパの里の〈分け火〉は、一応元に戻ったよ」
生き残りの三名は、だからこそ移住や避難を拒んだ。
〈分け火〉が消えたままであったなら、否応なく余所の里を頼らずを得なかっただろう。
〈分け火〉による火葬以外に、死したオクスゥの魂を弔う方法はないのだ。
「どのように? カズマ様は一体、どんな方法で〈分け火〉を蘇らせたのですか? 精霊――〈翠緑の貴婦人〉が力を貸してくれたのでしょうか」
「あー、いやあ、それなんだけどね。ドリュアスさんは直接は関係ないんだ。そこのところ、ちょっと説明が難しいんだよなあ。
変な話だから、ちょっと信じてもらえないかもしれないけど――」
カズマは言葉を選びながら説明していく。
どうしても視線が泳ぐのを禁じ得なかった。
「話す前に、幾つかお願いがあるんだけど良いかな?」
「なんでしょう」
ネネが緊張に表情をこわばらせる。
神託でも受けようかというように居住まいを正した。
「一つは、皆には言わないで欲しいんだ。ノッパでは上手くいったけど、あれは〈分け火〉のサイズも小さかったし……期待を持たせて失敗とか、事の重要性を考えると、ちょっと耐えきれない雰囲気になりそうだしね」
「もちろんです!」
即答だった。
「お力添えをいただけるなら、是非もありません」
「もう一つはね、途中で邪魔が入らないようにして欲しいってことなんだ。説明を避ける副作用として、オクスゥの中には、あいつ何してんだって思う人が出てくるかもしれない。そこをネネさんの巫女の威光とか、そういうので押さえて欲しいっていうか」
「分かりました。万全を期すには、長老格など限られた者で良いので何人かに話を通しておく方が良いかとは思いますが」
「ああ、大げさな事にならないなら、何人かにはもちろん話してもらって構わないよ」
「はい。――それで、〈分け火〉を呼び戻す術というのは」
「うん、じゃあそれは、行きながら話そうか」
カズマは膝に手をかけて、座布団に似たクッションから腰を浮かせる。
「えっ?」
ネネがぽかんとする。
「偉い人のお許しが出そうなら、今からさっそくやろう。
遺体を放置しとくわけにはいかないし、このままじゃ沢山の人が眠れない夜を過ごすことになるんでしょ?」
「それは、そうですが」
「じゃ、早い方が良い。〈分け火〉は祭壇に戻されたんでしょ?」
「は、はい」
「ほっとけば、皆いつまでも消えかけの〈分け火〉の周りに集まって、泣きながら祈り続けそうだからね」
「ダーガ、やる気満々だな」
ナージャは嬉しそうに言うと、身体のバネだけでびょんと一気に立ち上がる。
獣のような身体能力だった。
「気が乗らなかったのは、事前に話が伝わっちゃって皆に期待されまくる心配があったからだからね。それなしでゲリラ的にやれるなら、プレッシャーもないし、むしろのびのびやれる」
「あの、それは一体どういう……」
ネネは戸惑いながらも正座を解き、半分腰をあげた。
周囲では派閥のメンバーも移動の準備をはじめている。
「うん。僕が何をやろうとしてるかって言いますとね――」
小走りに着いてくるネネを連れて、カズマは外に向かって歩きはじめた。




