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ワイズサーガ  作者: 槙弘樹
第二部「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」
59/64

カズマ対オウバルパ

  058


 囲碁。

 将棋。

 チェス。

 これらの例に漏れず、封貝使い同士の戦闘においてもまた、一定の戦術論が確立されている。

 中でも、初手の定石とされる移動系(ヴィクター)封貝に、カズマもまた忠実だった。

 とはいえ、定石を特別意識したわけではない。

 開戦早々、自然と「第二移動封貝(ヴィクター・ツー)」を口訣していた形だ。


 求めに応じ〈*ワイズピック〉が現れると、頭上の空間にそれを固定する。

 同様、対峙するオウバルパ・ジィンファウスも初手にヴィクター系の召喚を選択していた。

第一移動封貝(ヴィクター・ワン)」が口訣されるのを横目に、カズマは追加口訣「バスト・ユー」を唱え、一気に上空へと転移する。


「なに――?」

 とりあえず(きょ)()くことには成功したらしい。

 オウバルパは一瞬、あきらかにカズマを見失っていた。

 (せわ)しなく視線を彷徨(さまよ)わせ、ようやく頭上にその姿を見出す。


 優位性(アドヴァンテージ)を得たカズマは、この時点で二択の選択権を勝ち取っていた。

 一つは慎重策だ。

 現状、周囲には戦う力を持たない先住民族(オクスゥ)が大勢いる。

 オウバルパに人質扱いされると厄介であるし、それでなくても巻き込んでしまえば大勢の死傷者が出る。

 うまく誘導し、まずは敵と一緒に人気のない場所へ移動する。

 勝負をしかけるのはそれから、という考えだ。


 対する一つは積極策である。

 まだこちらの動きに対応できていないオウバルパへこのまま急接近し、必殺の一撃を叩き込む。

 一気に勝負を決めることで、犠牲もリスクも最小限にとどめる。

 勝率で言えば、後者――積極策の方がわずかに高かったのかもしれない。

 少なくともこの時点で、カズマの理性はそう判断していた。


 が、それが迷いに繋がった。

 自らの意思で挑んだ一対一。

 逃げ場のない殺し合いは、人生初の経験である。

 緊張。

 萎縮。

 これらと到底、無縁ではいられない。

 結果、本能はどうしても慎重策よりになってしまう。

 積極策を推す理性との間に生じたギャップは逡巡に繋がり――

 結果、カズマは選択自体の機を失するという愚を犯した。


「――遠距離用封貝(フォックス・ツー)

 上空五〇メートル。

 一度は飛び上がったカズマの身体が自由落下をはじめた時、その口訣の声は聞こえてきた。

 カズマは、はっとして身構える。

 見れば、敵の手元には既に白い射撃用封貝が現れていた。

 オウバルパは今まさにその銃身に角度をつけ、照準をカズマに合わせようとしている。


 情報通り、オウバルパの火器は突撃小銃(アサルト)型だった。

 全長は小柄な女性ほどはあろうか。

 上部の前後に()っ手がついており、オウバルパは左右の手でそれをしっかり握っている。

 構えるというより、その取っ手から吊り下げられているような格好だった。


「く――ッ」

 本能的恐怖にかられたカズマは口訣を省略し、前方に〈*ワイズピック〉を出現させた。

 早口に「バスト・ユー」を口訣するのと、オウバルパの突撃小銃(アサルト)型封貝が火を噴いたのは、ほぼ同時であった。


 タッチの差だった。

 一瞬前までカズマがいた空間を銃弾のシャワーが埋め尽くす。

 ケイスの光線弾(フォリオン)と異なり、オウバルパのそれは実弾系らしい。

 分厚い鉄板をも穿(うが)つであろう、氷塊の弾丸だ。


 カズマの背を冷たい汗が伝う。

 とにかく動き回らないと。

 激しい焦燥に駆られ、カズマは再び「ヴィクター・ツー」を口訣した。

 あちらこちらと小刻みに転移を繰り返す。


「その動き……」

 オウバルパが訝かしげに眉根を寄せた。

「オイ、無印の雑魚が転移系ヴィクターだと?」

 喋りながらも手は緩めない。

 カズマの移動先を素早く見つけ出し、オウバルパは銃口を()ぐように動かして追ってくる。

「あり得ねえな。てめえ、なにをしてる」

 広範囲にバラ撒かれた弾幕の一部が、次の転移の準備に入っていたカズマにかかった。


 追加口訣が――

 間に合わない。回避できない。

 直感したカズマは、反射的に〈不可視の防壁(デルタ・ワン)〉を眼前に展開する。

 立て続けに二発、封貝の盾が弾丸を受け止めた。

 投げられた拳大の石を、アルミの(なべ)(ぶた)で受けたような衝撃に襲われる。


「バ……バスト・ユーっ」

 舌を半分もつれさせながら叫んだ。

 今より更に高度をとり、かつ後方へと距離を取る。

 これで直線距離にして一〇〇メートルは間合を取れただろうか。

「逃がすかよ」

 その低音は狩人特有の()(ぎゃく)の響きを帯びていた。


 オウバルパはすぐさま板状の〈移動用封貝(ヴィクター・ワン)〉に飛び乗り、加速を開始した。

 当然、その間も銃撃は一瞬たりとも途切れることはない。

 膝ほどの高さを浮いて虚空を滑るオウバルパの封貝は、SF映画に観る浮遊型滑板(ホヴァーボード)そのものであった。

 こんな時でなければ、高校生男子として歓声のひとつでもあげたかもしれない。


 速度は今のところ、アクセルを大きく踏み込んだ自動車程度は出ているだろうか。

 それでも余力を大きく残していることは間違いなかった。

 多方、飛行高度については地上数十センチを浮く程度が限界のように見える。

 もっとも、こちらはこちらで急加速と共に跳ね上がり、家屋の屋根に飛び乗る程度のことなら簡単にこなしている。

 瞬間的になら、かなりの高度まで達することができると考えておくべきである。


「逃げるだけか無印(ブランク)野郎」

 安い挑発だが、指摘は正しかった。

 今や構図は、枝から枝へ飛び回って逃げる猿と、それを追い回す狩人(ハンター)のそれだ。

 一度に跳べる距離の限界。

 発動には追加口訣が必須であるという制約。

 そして、移動したあとに必ず生まれる硬直時間。

 猿は縦横無尽に頭上を飛び回るが、狩人に少しずつ動きのパターンを読まれつつある。


 こうなった時点で、本来ならば決着だった。

 それが無印級(ブランク)白級(パール)の正しい力関係なのだ。

 にも関わらず、カズマの首がまだ胴と繋がっているのには、もちろん理由があった。

 すなわち、カズマはオウバルパの能力を大方知っているが、オウバルパにとってカズマは完全な未知の敵なのである。


 相手を知らない以上、オウバルパはどうしても手探りにならざるを得ない。

 なにを隠しているか、なにをしてくるか分からない。

 生命のやりとりにおいては「未知」こそが最大の脅威である。

 見慣れぬヘビと遭遇したとき、まず毒の有無を疑うのと同じだ。


 とはいえ――

 カズマは歯を食いしばって、またオウバルパの銃弾をからくも防ぎきった。

 額に汗をにじませつつ、盤面を読む。

 ――とはいえ、そろそろオウバルパも不審に思いはじめる頃だ。

 こいつは何故、この状況下で撃ち返してこない?

 遠距離攻撃用(フォックス・ツー)で応戦できない理由があるのか、と。


 その疑念は、やがて仮説に変わるはずだ。

 こいつは飛道具を持っていない。

 持っていても実用レヴェルに達していない。

 ヘビが無毒だと確信できれば、人は大胆な対応ができる。

 カズマとしては最悪の展開だった。


 そうなる前に――

 もう何度目になるか、カズマは苦し紛れに〈*ワイズピック〉で空間跳躍を(かん)(こう)した。

 移動先に出現後、間髪入れずに口訣を重ねる。

「〈*ワイズオレイター(Fox 2)〉――ッ」

 たちまち、周囲の空間を無数の球体が埋め尽くした。

 三〇を優に超える拳大の白い封貝が、オウバルパを包囲するように宙に浮き漂っている。

 透明であれば、巨大なしゃぼん玉に囲まれているようにも見えただろう。


「なに……」

 オウバルパは緊張感で表情を強ばらせ、自らのヴィクター・ワンに急制動をかけた。

 このあたりは流石と言える。

 封貝の中には特殊効果がのったものも多い。

 触れるだけで発動する可能性もある。


 だが、それは目論見通りだった。

 すかさずカズマはスピーカーの群れに念を飛ばす。

 〈*ワイズオレイター〉は即応した。

「………〈10〉」

 あえて機械的に歪ませた合成音が、淡々と秒読みをはじめた。

「……〈9〉……〈8〉」


 オウバルパの眉間に刻まれた皺がさらに深みを増した。

 油断なく、正体不明の白球群に鋭い視線を走らせている。

「その封貝〈*ワイズオレイター〉は――」

 カズマは意図して勝ち誇った笑みを浮かべてみせた。

「トリッキィな特殊タイプとして知られるオブジェクト型のFOX 2(フォックス・ツー)だ。見るのははじめてかな?」


「あぁ?」

 射竦めるような双眸がカズマに向けられた。

 構わず続ける。

「その正体は時限爆弾。出現直後はただ漂うだけの無力な物体に見えるけど、カウントダウンとともに溜め(チャージ)が進むと――」

 カズマは結んでいた右手の五本指を、ぱっと開いて見せた。

 ボン。

 世界が違っても通じるであろう、爆発の表現だ。

「その後は僕の意思次第でいつでも爆発させられる。

 青級の封貝使いにすら脅威と言わしめた威力は、白級程度には到底防げない。つまり、僕の勝ちだ」


 挑発的に笑んでみせると、オウバルパは口角を吊り上げてやり返してきた。

 直後、一転。

 唾棄するように一言、吐き捨てた。

「素人が」

「ぬ……?」

「調子に乗った勘違い野郎ほど、()(かつ)にてめえの能力を語りたがる」

 言葉と同時に、突撃ライフル型封貝が再び火を噴きだした。

 弾丸のシャワーが、漂う〈*ワイズオレター〉を薙ぎ払うように撃ち落としていく。


 基本的に、封貝は物理的な衝撃に脅威的な耐久性を誇る。

 大男がハンマーで叩こうが(ひび)のひとつも入れられないし、たとえ封貝に攻撃されてもそう簡単に破壊されることはない。

 その点、〈*ワイズオレイター〉は極端な例外であった。

 封貝としての気配を発さない。

 大量に呼び出せる。

 普通の封貝は別の封貝が召還された時点で自然消失するが、例外的に長時間、形を留めたままでいられる……。

 数々の長所と引替えに、耐久性は極めて低い。

 白級の一撃を食らっただけで簡単に消し飛んでしまう。


「クズが。放っておけば爆発すると知って、指をくわえて見てるとでも思ったか」

「くっ」

 カズマは苦々しげな表情を作る。

 カウントダウンが〈4〉まで進んだとき、最初に呼び出した三〇あまりの〈*ワイズオレイター〉は、既に片手で数えられるまでに減っていた。

 オウバルパの掃射によってポンポンと霧散していく様は、まるでマシンガンに風船だった。


「ぺらぺらタネを教えてくれてありがとよ」

「まさか、こんなあっさり……」

「はっ」

 オウバルパが鼻で笑う。

「誘爆するタイプだと警戒して、俺が撃てないとでも思ったか? こいつがそんなに敏感な代物(シロモン)なら、てめえがこんな近くにいられるわけがねえ。自分も爆発に巻き込まれるからな」


 びたりとカズマを指差し、勝ち誇る。

「てめえは雑魚にしちゃ珍しく転移なんてレアな能力を持ってるようだが、所詮は無印レヴェル。

 一度に跳べる距離は短けえし、次までに時間がかかる。青級でもヤバイような爆発から逃げられるほどのモンじゃねえってこった。

 なら、誘爆はしねえ。しても、カウントダウンが浅いうちは大した威力じゃねえ。違うか?」


 その分析は的確であった。

 オウバルパ・ジィンファウスに思慮深さはないが、馬鹿ではない。

 もっとも、カズマむしろそうであることを期待していた。

 そもそも、音を扱うだけの〈*ワイズオレイター〉に爆弾の能力などない。

 すべてはブラフ。

 はったりだ。


 しかし、思わせぶりなカウントダウンと自己申告で、敵に爆弾と思い込ませることはできる。

 それにさえ成功すれば、オウバルパは以降〈*ワイズオレイター〉を出される度に、そちらへ優先的に銃口を向けざるを得なくなる。

 ――そして僕はその間、銃撃の脅威から解放される。

 これこそが、カズマが白級と渡り合えている第二、第三の理由であった。


 すなわち、オウバルパは馬鹿ではないが賢くもない。

 常に〈氷狼〉に護られてきたため、カズマ以上に実戦経験に(とぼ)しい。

 オウバルパ・ジィンファウスは一方的に蹂躙できる相手としか対峙したことがないのだ。


「くそっ、〈遠距離用封貝(フォックス・ツー)〉――ッ」

 切羽詰まった演技で、カズマは口訣した。

「何度やっても無駄だ、無駄ァ」

 再召還される〈*ワイズオレイター〉を、オウバルパは嬉々として撃墜していく。

 投げられた円盤遊具(フリスビー)を追う犬さながらの食いつきだ。

 すっかりそちらへ意識がかたより、肝心のカズマから注意が()れている。


 ――ここだ。

 直感したカズマは、一気に勝負に出た。

「〈*ワイズピック(Victor 2)〉!」

 口訣し、封貝を射出した。

 出現したマーカーがオウバルパの近くまで届くと、そこから先は遠隔操作の(ゆう)(どう)に切替える。

 今回ばかりは精度が命だ。

 マーカー式と呼ばれる〈*ワイズピック〉は文字通り、転移したい場所にあらかじめ目印(マーカー)を設置しなければならない。


 設置パターンは二通り。

 ひとつは、目算や勘に頼っていきなり目標地点にマーカーを呼び出す方法だ。

 もうひとつは、近くに一度マーカーを呼び出し、そこから目標地点へ(ゆう)(どう)していく方法である。

 これは遠くの空缶に石を投げて当てるか、リモコン操作で走らせたラジコンカーを当てるかの違いである。

 前者は素早くポイントできるが精度に欠け、後者はその真逆になる。


 相手の攻撃を避ける、逃げる、距離をとるという転移に精度は必要ない。

 石を投げるがごとく、ゴール地点へ直接マーカーを出せばいい。

 ピックの薄い側面がオウバルパに向くよう調整すれば、マーカーの存在に気付かれる危険も低くなる。

 事実、オウバルパはまだ〈*ワイズピック〉がマーカー式であることに気付いてすらいない。

 ただの瞬間移動だと誤解しているはずだ。


「――ッ?」

 だが今は違った。

 マーカーは真っ直ぐオウバルパへ向かって飛んでいる。

 こうなると、〈*ワイズピック〉は金属的な光沢をもつ派手なファイヤーレッドの物体だ。

 気付かないわけがない。


 あと一メートルというところで、オウバルパの瞳に理解の色が宿った。

 転移のメカニズム。

 極めて(まれ)だというマーカー式。

 そこから導かれるカズマの次のアクション。

 すべてに気付いたのだ。


 残り八〇センチのところで、オウバルパの足元で封貝の圧が膨らみはじめた。

 急加速で逃れようという算段だろう。

 許せば速度差で振り切られる。

 もはや、オウバルパに直接貼り付くのを待っていては間に合わない。

 そう判断したカズマの行動は早かった。

 即座に「バスト・ユー」を口訣し、転移を完了させる。

 距離八〇センチ。

 驚愕に目を見開いたオウバルパの顔がすぐそこにあった。

 拳の間合だ。

 握り固めた〈*ワイズサーガ〉に力を込めた。


 数日前、〈*ワイズピック〉に覚醒して以降――まるでそれが条件であったかのように――カズマの他の封貝たちは次々と本来の性能を解放しはじめている。

 要の〈*ワイズサーガ〉もその例外ではない。

 ただの金属製の義手でしかなかったこの封貝には今、強力な特殊効果が宿っている。


 封貝は当てにくく、不利な戦いを強いられるものほど、強い特殊効果がつく。

 拳型は全封貝中、もっとも射程が短い。

 槍や剣を持つ相手に有効打を入れるのは至難の業だ。

 だからこそ、その特殊効果は一撃で勝負を決してしまうほどだと言われている。


 その一撃を確実に叩き込める状況が今、オウバルパ相手に整った。

 虚を突かれた相手は、カズマの動きにまるで対応できていない。

 つまりこの一発は、入る。

 ――勝った……!

 瞬間、カズマの中に確信が生まれた。

 その事実に、まだ腕を振り切らないうちから、カズマは絶望を味わった。

 歓喜は一瞬にして焦燥に変わった。


 詰めの段階で変に勝ちを意識してしまう。

 それが、極めて危険な状況を作り出し得ることをカズマはよく知っていた。

 戦闘に限ったことではない。

 遊戯(ゲーム)

 競技(スポーツ)

 およそ勝負事と言われるものに広く通用する事実だ。


 あとはゴールへ押し込むだけの球を外してしまうサッカー選手。

 終盤の寄せで自分でも理解できないような誤りを犯し、勝ちが決まっていた対局を自ら壊してしまった碁打ち。

 誰もが一度は、なんらかの形で目撃したことがあるであろうそれが今、カズマの身に起こっていた。


 カズマ自身、ぷつんという音を聞いた気すらした。

 それほどはっきり、自分のなかで集中の糸が切れてしてしまったのが分かる。

 勝ったという思いで、無意識に気が緩んだのだ。

 慌てて手からすり抜けかけた心の手綱を握り直す。

 それは余裕とは真逆。

 緊張をもたらす行為だった。

 結果、精神だけでなく筋肉にも強張りが生じる。

 最適な動作が阻害される。


 一連の乱れから生じた遅滞、ブレは、数字にすればコンマ数秒――あるいはそれ以下――のまさに刹那のものでしかなかっただろう。

 だが、封貝使いが体勢を立て直すには充分すぎる時間だった。

 繰り出したカズマの拳に、オウバルパはやや遅れて反応する。

 回避は間に合わない。

 そう踏んだか、腰だめに構えていた突撃ライフル型の封貝を持ち上げ、咄嗟の防御に使おうとしている。


 本来、間に合わうべくもなかったその動作は、しかしカズマの力みによって真逆の結果に到った。

 鼻先に埋め込まれようとした〈*ワイズサーガ〉の前に、オウバルパはすんでのところで封貝を滑りこませた。

 直後、周囲に凄まじい激突音が轟き渡った。

 驚くほど大量の火花が散った。

 岩を殴りつけたような鈍い衝撃がカズマの肩を襲う。

 骨が軋み、重たい痛みが身体の芯を伝った。


 このとき既に、好守は入れ替わっていた。

 受けた撃力をそのまま利用し、オウバルパが()()の要領で自分のライフルを振り回す。

 銃床(ストック)に相当する分厚い部分が、唸りをあげてカズマの横っ面に迫った。

 スローモーションのように、それが見えた。


 次の瞬間、カズマはゴルフボールの気分を味わった。

 渾身のドライバー・ショットで打ち出された頭部は一瞬で胴から引きちぎられ、上空へ高々と打ち上げられ――。

 そんな錯覚に襲われるほどの衝撃であった。

 世界が揺れ、ぐるぐると回る。

 ブラックアウトした世界のあちこちで、閃光がばちばちと瞬く。

 意識が漂白される。

 記憶が飛ぶ。


「――ッ……は…ァ……」

 最初に見えたのは夢のように美しい蒼穹だった。

 単色ではなく、まるで染め物のように濃淡を織りまぜ、優雅なグラデーションを描いている。

 全体に霧がかかったような白みが加わっているが、その薄膜ごしにも燦々と照り輝やく太陽が見えた。


 それでようやく、カズマは自分が倒れていることに気付いた。

 最初に思ったのは胴がどこにあるかだ。

 まだ首と繋がっているか。

 千切れたように思えたのは現実か。

 力の入らない両腕をなんとか動かした。

 すぐに胸や腹に触れた。

 とりあえず、吹っ飛んだイメージは錯覚であったらしい。


 ――いや、腕を動かせる時点で胴はあるってことじゃないか。

 そう思ったと同時、腹部の奥――内臓にずんと重いダメージが蓄積していることに気付いた。

 途端に猛烈な吐き気が込み上げてくる。

 顔面を殴られたあと――腹にも食らった?

 まるで覚えがない。

 だが、そうとしか思えない痛みだった。

 脳はまだ揺れている。

 ぼんやりして思考がまとまらない。


「終わりだ、クズ」

 声がして、いきなりブーツの硬い靴底が降ってきた。

 踏み抜かんとばかり、痛む腹をどんという衝撃が襲った。

「ぐ――ッ」

「あっけねえな、正義の味方。もう終わりかよ」

 気付くと、ライフルの銃口が目と鼻の先にあった。

 その先端が迫り、カズマの頬に押しつけられる。

 灰皿で煙草を揉み消そうとするような動作だった。

 先ほどしたたかに殴られた場所だ。

 それだけで激痛が走る。


「俺はお前みたいなヒーロー、好きだぜ? バラバラに刻んで、樽に死体を詰め込んで送り返すのがたまらねえのさ。

 目ぇキラキラさせて俺のところに送り込んだ奴らのところにな」

 その言葉でカズマは目を覚ました。

 朦朧としていた意識が一気にクリアになる。

「てめえをあの先住民族(オクスゥ)どものところに引っぱっていったら、奴らどんな顔をするかな」

 オウバルパが頬に深く切れ込みを入れるような笑みを形作った。


「半殺しで人質にした方が面白いかもな? 自分たちを救おうと立ち上がったヒーロー様のためだ。

 あのお優しい巫女様なんぞは、言われるままに喜んで俺たちの上で腰振りそうだ」

 どう思う? と言わんばかり顔を寄せてくる。


「オウバルパ、覚悟ォ!」

 突然、背後から浴びせられた何者かの怒号に、オウバルパがばっと振り返った。

 だがもちろんのこと、そこには誰もいない。

 声を発した〈*ワイズオレイター〉は仕事を終えた瞬間、消えている。

 オウバルパが顔を戻したとき、カズマはもう転移を完了させていた。

 力の入らない膝を叱咤し、なんとか立ち上がる。


「てめえ……」

 オウバルパが細めた双眸でカズマを()めつける。

 今の声がカズマのトリックであることに気付いてはいる。

 だが、カラクリは分からない。

 瞳は、そんな混乱の色を帯びていた。

「なにをした?」

 答えを強要する低音の声が飛んでくる。


 カズマはそれを無視し、自らの問いを被せた。

「なんでだ」

「あぁ?」

「なんで、他人の悲鳴を笑って聞き流せる? ちびっ子や女性を顔の形が変わるほど殴って、斬り刻んで……普通なら、到底耐えられない。

 共感をなくしたら、もうそれは人間とは言えない。想像することをやめたら人は人じゃなくなる。そんな風に思ったことはないのか」


「じゃあ、てめえこそ人間じゃねえな」

 即答だった。

「共感を語るんならお前がまず共感の努力をしろや。

 征服欲を満たす。自分の快楽を第一に追求する。

 あって当然の価値観だろ。

 だが、てめえはそんな人間の価値観を想像しねえ。

 自分の分かる範囲で、分かりたいように分かってるだけだ」

「――なるほど」  


「俺からすりゃ、てめえらは結局、才能がないだけなのさ。

 なんだかんだ、良識やら常識やらをとっぱらえねえ。

 後戻りできない一線超えて、完全にキレちまうってのができねえ。

 それだけの話を、やれ優しさだ思いやりだと美しく飾り立てやがる。そうやって突き切れねえ自分を正当化するしかない凡夫ども」

 人差し指がぴたりとカズマに向けられる。

「それがてめえらの正体だ」


「なら、僕らはむしろ君らを見習わないといけないね」

 カズマは微笑んだ。

「望むがままに殴り、刻み、蹂躙する。泣いて頼んできても許さない。そんな感じに」

 右腕を前に出して、ゆっくり義手の指を握り直した。

「じゃ、とりあえず目の前にいる小汚いチンピラから始めてみようか。

 でも、やっぱり僕は優しいから、大声で泣いて謝られたら許しちゃうかもしれないなあ」

「てめえ……」


 ――とは言え、大口を叩きながら一度は負けた。

 その気なら、オウバルパは自分をもう何度か殺せただろう。

 認めつつも、カズマに敗北感や絶望感、恐怖はなかった。

 封貝。

 身体能力。

 あらゆる面で力に明確な開きがある。

 そのことは、手合わせしてはっきり分かった。

 普通に考えれば、やはり白級はまだかなう相手ではない。

 それでも、カズマは躊躇いなく口にできた。


「続きをやろうか」

 不思議と、もう負ける気はしなかった。

 相手もようやく本気らしい。

 目つきが変わっていた。

「人間の原型(とど)めて死ねると思うなよ、小僧」

「最初から留めてないよ。もう片腕が欠けてる」

 返しながら、無口訣で〈*ワイズピック〉を召喚した。

 距離を取るためではない。

 一撃喰らわすためだ。

 

「チイッ!」

 距離が近ければ、目算でもかなりの精度で三次元座標を割り出せる。

 誘導ではなく、オウバルパの真ん前にいきなりピックを出現させた。

 反応したオウバルパが、舌打ちと共に回避に入る。

「――ぶっ潰す(BUST YOU)!」

 追加口訣で飛んだカズマは、渾身の力で〈*ワイズサーガ〉を振り抜いた。

 当然、もうそこにオウバルパはいない。

 すでに一〇メートルは距離を取られている。

 だが敵に、距離ほどの心理的余裕はない。

 それは、薄氷を踏んで渡ったような顔からも明らかだった。


 カズマは不意に、エリックから聞いた話を思い出した。

 同じ空振りでも、思いきりの良い豪快なものの方が怖い。

 もし何かの間違いで当たったら。

 そんな恐怖が脳裏を過ぎるからだ。

 あれは存外、野球に限った話ではないのかもしれない。


「クソがぁ」

 浮遊ボード型の封貝に乗るオウバルパは、後退しながら突撃ライフルを構える。

 だが、その一手をカズマは読んでいた。

 敵の銃口が自分をポイントするより早く、左腕を一閃させる。


「〈*ワイズオレイター(FOX 2)〉ッ」

 一瞬で、オウバルパの背後に大量の白球が出現した。

 口訣を伴わせた分、無口訣の時より数は多い。

 一方で、気配を発さない〈*ワイズオレイター〉の発見に、オウバルパはワンテンポ遅れる。

「後ろかッ」

 敵のフォックス・ツーはタイマー式の爆弾タイプ。

 叫ぶオウバルパの中に、まだその誤認は生きている。

 このままでは、爆弾の群れに自ら突っ込むに等しい。

 決断を強いられたオウバルパが、移動封貝に急制動をかける。


 ――そう。

 僕に背中を向けてでも撃ち落としてそのまま進むか。

 それとも急ブレーキで進路を変えるか。

 二択だ。

 いずれを選んでも(すき)は生じる。

 カズマが突くのはそこだった。

〈*ワイズピック〉の召還は、口訣省略でとっくに終えている。

 多少の誤差は無視し、すぐさま転移に入った。


「――捕まえた(ロック・ユー)ッ」  

 追加口訣の直前、二個一対の〈*ワイズピック〉から、カズマへ向けて真紅の直線(ライン)が伸びた。

 レーザーポインタの赤色可視光線に酷似したそれは、さながら滑走路の誘導灯だ。

 オウバルパの顔が驚愕と恐怖の入り交じった表情で強ばる。


 マーカー式転移型の〈*ワイズオレイター〉には、二種類の跳躍方法があり、使い分けは追加口訣で行う。

BUST YOU(バスト・ユー)」を唱えた場合は、文字通りの空間跳躍。

 AからBへ一気に飛ぶ。

 目標地点との間に壁や障害物があっても一切関係がない。

 ドアを使わず、部屋から部屋へ移動することすら可能だ。


 対して、追加口訣「LOCK YOU(ロック・ユー)」の場合は、転移ではなく実質的な超高速の直線移動の性質を持つ。

 AとBが真紅の二本線ラインで結ばれ、あたかもレールを走る列車のように移動するのだ。

 途中に壁があった場合はそれにぶつかり、勢いに勝ればぶち破ってゴールまで進む。

 負ければ止まる。

 よって、敵に防御封貝を召喚されていると、衝突して攻撃を防がれるデメリットが生じる。

 カウンター攻撃を受けるリスクも高い。

 それが「ロック・ユー」のパターンだ。


 しかし、これには明確なメリットもある。

 移動中に存在する全ての敵や障害物といった群れ(グループ)をまとめて攻撃対象にできること。

 そして、転移ではなく移動であるため、運動エネルギー――すなわち勢いを付けられることである。

 距離に応じた分だけの加速度を攻撃に乗せられるため、転移である「BUST YOU(バスト・ユー)」と違って移動そのものが攻撃になるのだ。


 そして今、加速度を全身に帯びたカズマは転移を完了させた。

 出迎えたのは、視界いっぱいに広がる青みがかった氷壁だった。

 一瞬早く展開されていたオウバルパの〈防御封貝(デルタ・ワン)〉であることが直感で分かった。

 構わず、黒腕を力任せに叩きつけた。

 自然と、裂帛の気合いを発していた。


「オオォ――ッ」

 衝撃と圧力によって壁のごく表層の部分が削られ、剥離する。

 火花代わりとばかり、微細な氷片が飛び散る。

 それらは水飛沫のようにカズマの全身にも降りかかり、融解して水へと変わっていった。


 極地の(たな)(ごおり)を彷彿とさせる、文字通りの美しいアイスブルーを誇るその防御封貝は、城壁のように堅牢だった。

 少なくとも薄く小さなカズマの〈不可視の盾〉とは比べるべくもない。

 二メートル四方はあろうかというサイズもそうだが、ある程度の透明度を持ちながら向こう側のオウバルパの姿を確認できない事実は、その厚みが尋常ではないことを物語っている。

 強度的にも、単に空気中の水分を収束し、瞬間冷却し凝固させただけのものとは考えられなかった。

 間違いなく、常識では窺い知れない封貝ならではの超自然的な異能が関与している。


 だが、その氷壁を向こうに回しても、〈*ワイズサーガ〉の推進力はなんら衰えなかった。

 カズマには、義手そのものに引っぱられるような感覚すらあった。

 ――行けるということか。

 行けと言っているのか。

 不思議なほどはっきり封貝の意思が感じられた。

 〈*ワイズサーガ〉が望んでいる。

 自分はそういう存在なのだと教えようとしている。

 そんな確信がある。

 

 ならば応じる以外にない。

 カズマはじりと左足の靴底を前へにじり動かした。

 ほんの十センチ程度だろう。

 それでも前進には違いない。

 〈*ワイズサーガ〉の背中を押すように、自らも更なる力を振り絞った。


 と、壁の向こうでオウバルパの圧に乱れが生じた。

 動揺の気配が伝わる。

 間を置かず、ビシリという不吉な音が大きく響き渡った。

 ゴォンという重い轟きを伴い、氷壁が吹っ飛んだのは直後だった。

 粉砕というより分解。

 大石を積み上げた(かべ)(がき)の崩落に似て、真下へ一気に崩れ落ちていく。


 カズマは〈*ワイズサーガ〉を突きだした体勢のまま、その氷片の群れを突き抜けた。

 オウバルパの姿はすぐそこに見えていた。

 だが、壁を抜けて相手を見つけ出すまでの、その一瞬。

 刹那のタイムラグが、攻撃の成否を分けた。


 盾が壊れると察した時点で既に回避行動に入っていたのだろう。

 オウバルパは半身になって〈*ワイズサーガ〉を(かわ)す。

 ただ、それでも完全回避とはいかない。

 カズマの拳は、オウバルパの胸板を左から右へ(こす)るようにかすめ、通り過ぎた。

 わずかに触れた服の胸元が爆発するように弾け、一瞬、燃え上がったあとすぐに灰と消えたのが見えた。


 カズマは止まらなかった。

 空振ったせいで勢いはまだ死んでいない。

 咄嗟の判断で拳を下に向け変え、〈*ワイズサーガ〉ごと地面に突っこむ。

 瞬間、爆発としか表現しようのない轟音が響き渡った。

 地割れし陥没した地面から大量の土砂が噴火のごとく舞い上がり、カズマとオウバルパ、双方から視界を奪う。


 それこそが狙いだった。

 カズマはこの時すでに封貝を〈*ワイズオレイター〉に切替えていた。

 そうして敵の動きを、音の目で()(そく)する。

 オウバルパの位置はすぐに特定できた。

 まだすぐ近くにいる。

 カズマは地面を殴りつけた反動を利用し、逆立ちの体勢で跳ね上がった。

 土煙を切り裂き、敵の気配へ向けて爪先から突っ込んでいく。


「ぐっ――」

 くぐもった苦痛の呻き。

 同時、確かな感触が伝わる。

 右の(かかと)がオウバルパの顔面をとらえたのが分かった。

 だが、所詮は生身の一撃だった。

 効果は薄い。

 事実、オウバルパはぐらつきながらも反撃してきた。

 両手に構えていた遠距離封貝(フォックス・ツー)を手放し、右の拳をすくい上げるような軌道でコンパクトに振り抜いてくる。

 跳び蹴りのモーションのまま宙を泳ぐカズマは、このカウンターに対応できなかった。


「ッ……は」

 ドムという重たい衝撃を腹に受け、そのまま真下に落下する。

 内臓がシェイクされるような生理的不快感と、身体の芯を突き抜ける重たく激しい痛みに一瞬、意識が飛びかける。

 凄まじい吐き気に襲われた。

 ダメージはこちらの方が大きい。


 でも――

 カズマは下っ腹に力を入れ、思考し続けた。

 休んでいるわけにはいかない。

 動きを止めれば一気に押しきられる。

 しかし、マーカーを呼び出して、追加口訣するだけの余裕はない。


 一瞬で判断したカズマは、地面に叩きつけられると同時、痛む身体を鞭打って立ち上がった。

 口の中には血の味が広がっている。

 立ちくらみに似た()(まい)がした。

 それらを無視して自らの脚で地を蹴った。

 同様、蹴りの衝撃から立て直そうとしているオウバルパへ急速に迫った。


 オウバルパは動かなかった。

 逃げようとしたところで、ついさっきのやり取りが脳裏を過ぎったに違いなかった。

 また進路へ爆弾を撒かれるかもしれない――。

 その迷いが、カズマの接近を許すことになる。

 仕掛けが早かった分、先手を取ったのはカズマの方だった。

 まずは〈*ワイズサーガ〉を顔面めがけて突きだす。

 追加口訣すれば強力な特殊効果を付与できるが、今回はスピードを重視する。


 オウバルパも黙ってやられるばかりではなかった。

 すぐに思考を切替え、無口訣で白兵戦用封貝(フォックス・ワン)を召喚してきた。

 槍にも杖にも見える、微妙な長さの棒状の武器であった。

 全体が青白く発光するその様は、どこかコンビニにあるような蛍光灯を彷彿とさせた。


 それを中途半端に見てしまったのがいけなかった。

 自分を一撃で殺せる凶器――。

 その存在にカズマの本能は敏感に反応してしまう。

 攻撃モーションの途中で既に、自分があまりに単調な組み立てに走ってしまっていることを理解した。

 案の定、オウバルパの封貝に〈*ワイズサーガ〉が受け止められる。

 シャベルカーの爪で鉄板を引っ掻いたような、凄まじい金切り音が轟き渡った。


 ――経験値があまりに足りない。

 奥歯を噛みしめながら、カズマは認めた。

 不意をつく。

 先手を取る。

 その程度では、この男に攻撃は入らない。

 牽制や読み合いに勝って良い形を作っても、反応速度と身体能力の差でなかったことにされる。

 曲がり角(コーナー)で追いついても、エンジン出力に物を言わせ直線で引き離される形のカーレースだ。


 ――もっと大きく崩さないと。

 現状、オウバルパが予想もしないタイミングで〈*ワイズピック〉の転移を使ったとしても、勝負を決める一打を叩き込むことはできない。

 追加口訣がネックだった。

 これを省略できない以上、どうしても唱えている間に防御や回避に走られてしまう。

 くると分かっていても防げず、(かわ)せない。

 そんな状況を作る以外にない。


 だが、決定打に欠くのはオウバルパも同じだった。

 パワーやスピード、身体能力に勝っても、動きは素人そのもの。

 カズマの目から見てさえ、洗練されているとは言いがたかった。

 そのオウバルパがまた、一度大きく真横に腕を引き、力任せに横薙ぎの一撃を放ってくる。

 動きを予測していたカズマはもう対応に入っていた。

 口訣する余裕すらあった。〈不可視の盾(デルタ・ワン)〉でしっかりと受けきる。


 ケイスやナージャ、クゥガーなどの達人とオウバルパの違いは、この予備動作にあった。

 手練は強力な攻撃をしかけてくるときでもモーションが小さく、コンパクトにまとまっている。

 場合によっては、いつ攻撃に入ったのか――その起こりすら見えないことがあるほどだ。


 (ひるがえ)ってオウバルパは攻撃に入る前の動きが大きい。

 だから来る前に攻撃を読める。

 対応できる。

 無論、ひとつ間違えれば即死だ。

 カズマにとってはそれだけでも充分な脅威ではある。

 だが、圧倒されて一気に押しきられるというほどでないことも確かだった。


 大切なのは拳の間合を保ち続けることだ。

 カズマは勇気をもってまた一歩踏み込んだ。

 腰を捻り、肩を入れ、小さな動作で右の〈*ワイズサーガ〉を振り抜く。

 拳闘でいうところのショートフックだ。


 オウバルパからすれば、敵の攻撃で警戒すべきは右の拳だけだ。

 それだけ注意して見ていれば良い。

 こちらも余裕を持って対応してくる。

 のけぞるように上半身を反らすスウェーの動きで、カズマの一撃は簡単に回避された。

 オウバルパは間髪入れず、身体を戻すバネの動きを利用して、鋭く棒形封貝(FOX 1)を突きだしてきた。


 それでも動きにどことないぎこちなさが漂うのは、カズマが超近距離の間合にいるからだ。

 拳にとっては最適だが、オウバルパが武器を振り回すには窮屈。

 そんなスタンスを維持することで、カズマは地力の差を埋めている。

 同じ打撃系のクゥガーに叩き込まれた、基本的な技術だ。


 それに――

 カズマはテンポ良く真横にステップを踏んで、オウバルパの刺突を(かわ)す。

 ――ここまでのやりとりで、オウバルパの意識はすっかり〈*ワイズサーガ〉に居着いている。

「注意をかたよらせれば、違うパターンの攻撃が入るようになる」

 クゥガーの訓示を思い返しながら、カズマは実行に入った。


 突き出された封貝ごと、オウバルパが攻撃の手を引き戻すより早く、カウンター気味に〈*ワイズサーガ〉を正拳突きの軌道に乗せる。

 オウバルパがこれに釣られたのを確認したときにはもう、カズマは口訣省略でミニサイズの〈不可視の盾(デルタ・ワン)〉を呼び出していた。

 配置はオウバルパの腹の前。

 面を伏せた、俗に言う(ひら)置きの格好だ。

 気配を発さないこの不可視の仕掛けに、オウバルパは気付かない。


 カズマは(おとり)の〈*ワイズサーガ〉を止めると同時、右脚で地を蹴った。

 そうして身体を宙に浮かせた直後、渾身の力をもって左脚を前へ突き出す。

 靴底を力任せに〈不可視の盾〉に叩きつけた。

 豪速で打ち出された〈盾〉の縁は、そのまま無防備なオウバルパの腹部に突き刺さる。


「ガァ……ッ!」

 オウバルパの身体がくの字に曲がる。

 今度は生身で拳や蹴りではない。

 封貝を使った一打である。

 通称〈風のへり〉。

 はじめてダメージらしいダメージが入った瞬間だった。


 勝機と見たカズマは一気に決めにかかった。

 口訣省略でオウバルパの眼前に〈*ワイズピック〉を召還。

 遠隔操作でその胸元に貼り付ける。

 オウバルパはこれに抗がおうとしたが、ダメージで身体がおいつかない。

 レーザーに酷似したクリムゾンの誘導ラインが伸ばされる。


真紅の軌跡は描かれた(ロック・ユー)――」

 追加口訣が結ばれる。

 直後だった。

 この日はじめて、カズマの〈*ワイズサーガ〉がオウバルパに炸裂する。


 確かに、オウバルパはよろけながらも軸をずらした。

 咄嗟に立てた左腕で防御の体勢を取りもした。

 だが関係ない。

 当たりさえすれば――否、たとえかするだけでも、拳型の一撃は絶大な特殊効果を発揮する。


 その事実は即座に証明された。

 オウバルパの左腕――肘から手首にかけての半ばあたり――〈*ワイズサーガ〉を叩き込んだ箇所から、いきなり炎が上がった。

 ガソリンをぶっかけたあと、マッチを放ったような勢いであった。


「グゥ……ァアアアッ!」

 オウバルパの喉から絶叫が迸る。

 その間にも、炎は舐めるように広がっていき、あれよという間に左腕全体を包み込んだ。

 もはや肌は一部として見えない。

 人体としての形が見えないほど轟々と燃え盛っている。

 たとえ封貝使いといえど、到底ただで済むとは思えない。

 攻撃したカズマをもぎょっとさせる火勢であった。


 ――口訣せよ。


 だしぬけに、声が頭の中で響いた。

 カズマは、はっと我に返る。

 それが〈*ワイズサーガ〉からの呼びかけであることはすぐに分かった。

 まだ終わっていない。

 封貝使いの戦闘はこの程度で片付くものではない。

 次の手を打て。

 とどめを刺せ。

 そう告げているのだ。


「……ッ」

 慌てて振りかぶり、追撃の態勢に入る。

 だが、相手も必死だった。

 撃たせまいと逆にカズマとの距離を詰めてくる。

 驚くべきことに、よろめくオウバルパは炎上する自らの左腕をそのままカズマへ向けて伸ばしてきた。


 想定外のその動きに一瞬、反応が遅れる。

 炎の腕が、黒い義腕を掴んだ。

 もちろん、〈*ワイズサーガ〉はその熱さを完全にシャットアウトし、主へ伝えてくることはない。

 だが、カズマは慌てた。

 オウバルパの執念のようなものに、背筋が凍るような異様なものを感じた。

 反射的に左脚を曲げ、蹴りの構えを取っていた。

 そのまま、押し離すようにオウバルパの胸板を蹴り突く。


「うっ」という呻きがオウバルパの口から漏れた。

 と同時、火の手に包まれた左手が〈*ワイズサーガ〉から離れていく。

 だが、それで一安心、とはいかなかった。

 たたらを踏むように後ずさっていくオウバルパの双眸に、刹那ぎらりと狂気的な光が過ぎった。

 直後、左肩にドンという重たい衝撃を感じて、カズマは上体を軽く揺らめかせた。


 気付けば、オウバルパは無事な方の右腕を一閃させていた。

 だが、そこに握っていたはずの封貝はない。


 えっ――?


 混乱しかけた脳を、凄まじい灼熱感が撃ち抜いた。

「ふ……うあぁ――ッ」

 猛烈な激痛が、先ほど衝撃を覚えた左肩から遅れてやってきた。

 知らないうちに()め込まれた小型爆弾が、肉の大部分を吹っ飛ばした。

 そうとしか表現できない。

 それ以外考えられない痛みだった。

 噴水のように迸る鮮血と()き出しの骨が見てしまうのではないか――。

 そんな恐怖を抱きつつ、口から()れ出てくる悲鳴をそのままに見やる。

 そこにはオウバルパの封貝が生えていた。


 なんだこれ。


 最初に出てきたのはそれだった。

 背中にぞわぞわとしたおぞましい怖気が走った。

 なんだこれ。

 普通じゃない。

 こんなの、早く……今すぐなんとかしないと。

 取り除かないと。

 そんな脅迫観念でいっぱいだった。


 カズマは気付くと〈*ワイズサーガ〉の手をそれへと伸ばしていた。

 考えるより早く封貝を握り、引き抜いた。

 もはや自分でもなにを叫んでいるのか分からないほどの咆哮が、勝手に喉を裂いてぶちまけられた。

 かつて、右腕を踏み潰されミンチにされたときとなんら(そん)(しょく)がない。

 精神を歪めるほどの激痛が神経を焼き尽くす。


 オウバルパの光る棒状封貝は、見た通りに熱を帯びていたらしい。

 傷口は焼かれていた。

 おかげで――皆無というわけではないが――出血は思ったほどではない。

 そのかわり、掻きむしりたくなるようなヒリつきと、肉を火で炙った嫌な匂いが鼻についた。


「あ、ぁあ、あ……ッ」

 カズマは恐ろしくなって、患部から無理やり視線を引っぺがした。

 自分の身体にそれと分かる穴が開いているのだ。

 それだけでも失神しそうになる。

 否、いっそ気を失った方が楽かもしれない。

 だが、そういうわけにもいかなかった。


 オウバルパは――

 カズマはようやくそのことに思い至った。

 慌てて視線を巡らせる。

 だが、目視で捕らえるより先に、膨れあがる封貝の圧に気付いた。

 弾かれたようにそちらへ顔を向ける。


 距離は既に二〇メートルは離れていた。

 オウバルパは、宙に浮くボード型封貝にだらりと力なく腰を落とす格好でこちらを向いていた。

 左腕の炎上はいつの間にか収まっていた。

 消火に成功したのではない。

 燃やし尽くされたのだ。

 焼け焦げ、炭化して骨だけになった腕が、枯れ枝のように力なく垂れ下がっている。

 

 カズマ以上に消耗が激しいのは一目で見て取れた。

 顔は脂汗でびっしょりで、髪もバケツの水を被ったように濡れていた。

 前髪の毛先から汗が雫になって垂れている。

 カズマ同様に、ダメージと激痛に体力、気力の両方をごっそりと(けず)られたのだ。

 もはや、自足移動もままならないに違いない。

 移動用封貝(ヴィクター・ペルナ)の補助を受け、ようやく身体を支えている状態だ。


 それでもオウバルパは射撃用封貝(フォックス・ツー)を召還し、それを残った右腕一本で構えていた。

 もはや執念だけで動いているのだろう。

 弱った身体では狙いも定まらない。

 銃口は小刻みに震え、その度に照準は大きくぶれていた。

 それでもオウバルパは不敵に笑んで見せた。


「――死ね」

 常人なら聞き取れないほど微かな、低いつぶやきだった。

 直後、怒涛の勢いで異界の氷弾がバラ撒かれはじめた。

 撃ち始めこそ狙いが大きく逸れ、遥か遠くから着弾音が聞こえた。

 だがオウバルパは構わず撃ちまくり、カズマのすぐ背後に並ぶオクスゥの民家――かつてそうであったものの残骸――を蜂の巣に変えながら、徐々に照準を修正してくる。

 それは巨大な(ひづめ)で大地を抉りながら近付いてくる、異形の化物の足音にも聞こえた。


 と、カズマの爪先近くでいきなり地面が弾けた。

 (もう)と砂煙があがる。

 オウバルパの狙いは、いきなり精度を増していた。

 弾丸はミシンで縫うように大地を連続して穿(うが)ち、立て続けに砂塵をまき散らしていく。


 カズマは、氷弾が遂に自分を捉えるのと同時、なんとか〈不可視の盾〉の召還を間に合わせた。

 だが急ごしらえの盾はあまりに頼りなく、一発受けるごとに大きく(かし)ぐ。

 反射的に身体を押し当てて支えるが、その分、着弾の衝撃がもろに伝わった。

 虫歯に氷を押し当てたような、神経に直接響き長く残留する激痛が身体を貫く。

 肩の怪我で踏ん張りもきかない。

 馬か牛の小刻みな体当たりを受けるように、カズマはじりじりを後ろ向きに押し込まれていった。


 限界はあっけなく訪れた。

 遂にカズマは弾丸のひとつを受け損ね、バランスを大きく崩した。

 真後ろに迫っていたオクスゥの空き家にもんどり打って倒れ込む。

 それでも銃撃はやまない。

 なんとか盾は構え続けたが、損傷は激しく、元の三分の二ほどしか残っていなかった。

 それも、更に二発喰らった時点であえなく崩壊した。


 悲鳴をあげる間もない。

 びちゃり。

 弾丸が肉を引きちぎる水っぽい音を、カズマは聞いた。

 すぐに次の一発が同じ音を鳴らし――

 それはやがて何十と連続する肉体の分解音、断末魔として周囲に響き渡った。

挿絵(By みてみん)


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