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ワイズサーガ  作者: 槙弘樹
第二部「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」
31/64

カースブランド

 030


 そろそろ潮時か――。

 舌打ちと共に、白虎四番隊隊長ショウ・ヒジカは顔をしかめた。

 もう少し楽しめると思っていたが、いかんせん相手が素人過ぎた。

 腹をさばかれ、はらわたが飛び出した幻覚でも見ているのだろう。

 相手をしていた小僧は、虚ろな目で這いつくばり、必死に見えない内臓をかき集めようとしている。

 その醜態を冷ややかに見下ろしながら、ヒジカは小さく鼻を鳴らした。

 もっとも、区切りをつけるべきは何も今回お遊びに限ったことではない。

 現にここしばらく、何かと「潮時」という言葉を口にすることが増えている。

 やはり、戦場を離れたのは間違いだった。

 結局のところ、すべてはこれに尽きた。

 歴史に名高い〈征服王〉ケヴレスは、史上初めてオルビスソー全土を支配せしめた英雄だ。

 少なくとも歴史の上ではそうなっているらしい。

 だが、ケヴレスの樹立した統一国家は短命だった。

 次代の育成を見届けぬままケヴレスがようせいすると、生前からくすり続けていた反統一勢力が各地で独立をかかげげてほう

 すぐにオルビスソーは戦乱の時代に逆戻りしていった。

 ショウ・ヒジカにある最古の記憶は、この紛争がもたらした戦場の荒野だ。

 どこで生まれたのか。

 親の素性。

 本当の名……。

 ルーツについて分かっていることは何もない。

 気付いた時には傭兵団に拾われ、少年兵として戦場を転々としていた。

 その意味も知らずに封貝を操り、人間を大量虐殺していた。

 そんなものだから、ショウという名前自体、拾われた日に戦死した団員の名を譲り受けたに過ぎない。

 部隊では、名無しにそうやって名前を回すのが通例だった。

 戦場では封貝を使えるなら、たとえ子どもでも――否、自我が固まっておらず扱いやすいだからこそ、使い勝手が良かったのだろう。

 実際、似た境遇の奴らは周囲に大勢いた。

 皆、年端もいかぬ幼児だった。

 戦場を点々とするうちに大勢が死に、穴を埋めるために新しく戦災孤児や拉致された子どもが部隊に放り込まれてきた。

 人命は単なる消耗品だった。

 そんな環境下で五年も生き抜くと、やがて新入りの面倒を見る立場を任されるようになった。

 上の連中は、新加入の子どもから決まってまず帰る場所を奪う。

 そうすることで部隊から離れられなくする。

 兵士として生きるしかない、後戻りできない立場に追い込むのだ。

 もちろん、ヒジカはそのための方法論を大人たちから叩き込まれていた。

 話は単純である。

 まず、仲の良い者同士で二人組ペアを組ませる。

 そして片方に剣を渡す。

 あとは、相手を殺すよう命じれば良い。

 友人を手にかけて生き残った子どもは、精神に大きな衝撃を受ける。

 血塗られた両手をガタガタ震えながら凝視し続け、動かなくなる。

 消えない罪を犯した――許されざる存在になったことに絶望する。

 幼い子どものそんな精神につけいるのは簡単だ。

 実に、容易いことだった。

 傭兵時代のこうした経験が、ショウ・ヒジカという男の人格形成にどのような影響を与えたか――

 実のところ、それについてはあまり考えたことがない。

 無意味というのもあるが、どうあれ他の自分になど想像がつかない、というところが大きい。

 なにしろ、戦場での生活は充実していた。

 精神をやられる連中も大勢いたが、ショウ・ヒジカは違った。

 要は、しょうに合っていたのだ。

 何一つ保証の存在しないあの究極の自由とも言える空間に、居心地の良さを感じていたのだ。

 殺人を生業とする傭兵はつくづく、天職であった。

 そう感じている。

 ならばどのような道を辿るにせよ、自分は似たり寄ったりの人間になったのではないか。

「おい。いつまでやってる気だ」

 苛立ちをそのまま足蹴に変えて、這いつくばる青二才に喰らわせた。

 うっと低い呻きを漏らして、ワイズサーガがもんどり打つ。

 地面の上で後ろ向きにほぼ一回転したその背に、黒っぽい湿った土が付着するのが見えた。

 だが、それがきっかけになったのだろう。

 ワイズサーガはようやく我に返ったようだった。

 ばっくりと割れた腹の致命傷、手にべっとりとついていた鮮血がなくなっている。

 飛び出したはずのはらわたもない。

 そこには切っ先に引っかれてできた、糸のように細く浅いごく小さなかすり傷しかない。

 様子から察するに、そんなところか。

 加えて激痛も、もう嘘のように消えているはずだ。

 この宝貝は――と、ヒジカは右手の長剣の存在を意識する。この剣は、そうなるようにできている。

 だが、そのカラクリを即座に見切れる兵士は多くない。

〈*ワイズサーガ〉もその類であるらしかった。

 狼狽もしきりに自分の腹部に手をやっては、呆然としている。

「ダァーガッ!」

 上空から、女の方の叫びが降ってくる。

 その声に釣られる形で、ショウ・ヒジカは頭上へ視線を投げた。

 結局、連中がどんな関係なのかは知らないままだ。

 興味もない。

 だが〈赤繭〉は、封貝使いとして明らかに格下であるワイズサーガを護衛する立場にあるように見える。

「どうした。いつまで遊んでいる」

 唇を歪め、ヒジカは〈赤繭〉を挑発した。

「相棒の危機を救わなくて良いのか?」

「クッ――」

 シンと火眼かがん金睛獣きんせいじゅうに手間取る〈赤繭〉がはつてんくとばかりに毛を逆立たせる。

 元々、火眼金晴獣は戦闘向きの幻獣ではない。

 すなわち、〈赤繭〉に苦戦を強いているのは主にシンだ。

 並の封貝なら容易に跳ね返してしまう強固な鱗で全身をよろうこの幻獣は、壁役に回り防御に徹すると攻略何度が飛躍的に上昇する。

 パールランクは論外として、その上のブルー級でも苦戦は必至。

 短期決戦の展望は暗い。

 だがそれも最終兵器リーサルフォックスを使わなければ、の話だ。

 火を吹く車輪で三次元的に機動しつつ、フレイムジャベリンと特殊型の円盤封貝《Fox 2》で抗戦する〈赤繭〉は、猛攻といって良い苛烈な攻撃を間断なく繰り出している。

 本調子ではないにもかかわらず、そのどれもが重く威力の乗った脅威的なものだ。

 シンの分厚い鱗を穿うがち、着実にダメージを刻んでいる。

 明らかにその辺の雑魚とは格が違うと言えた。

 万全なら、護士組の隊長クラスとすら善戦し得る可能性がある。

 だからこそ――

 なぜ、切り札(リーサル)を使わない?

 ショウ・ヒジカは不審に目を細めた。

 シンを斃しても、まだより敵が残っている。

 つまり、ショウ・ヒジカ戦を見据えた温存と考えることもできはする。

 が、状況はそんなに甘いものではない。

 出し惜しみしている余裕がないことは――あれだけの実力のある戦士であらば――もう分かっているはずだ。

「……使えない、ということか?」

 つぶやき、ヒジカはその響きに何となくに落ちるものを感じた。

 実際、そういう封貝使いもたまにいる。

 目の前のワイズサーガがまさにその好例だ。

 一から徐々にコンポを組んでいく成長型は、リーサルフォックスを体得するまで時に何年もの時間をかける。

 生まれた時からほぼ全種の封貝を使えるタイプでも、リーサルだけは物心ついてから――という事例は珍しくない。

 封貝は主を選び、その本質を見極めようとする。

 自我や人格があやふやで未成熟である主に対しては、適正を見極めるまで様子見を決め込むこともあるわけだ。

 これとはまた別に、リーサル・フォックスを一生習得しないタイプも存在する。

 他はトップクラスの性能を誇る封貝で固めながら、リーサルを持たないという理由で上にいけない。

 護士組の隊士にもよくいるパターンだ。

「それとも、あの〈赤繭〉こそがリーサルだったとでもいうのか?」

 ふと思い出して、ヒジカはまたぽつりとひとつ。

 あの夜、護士組に生け捕られた〈赤繭〉は、その呼称の由来ともなったように、首元の紅い綸子りんずを特殊な形態で展開し、全身を覆ってその身を守ったという。

 絶対的な防御と治癒。

 攻撃ではなく守りに特化したリーサル・フォックスとその使い手は、割合的には少ないものの存在は確かにしている。

「だとしたら……」

 守りに徹するシンを攻めあぐむ〈赤繭〉を見やり、ヒジカは失望に小さく息をついた。

「少しは楽しめると思ったのも見込み違いだったか。……だが、これではっきりした」

 視線を地上に戻し、握っていた剣を無造作に前へ突きだした。

 その鋭利な先端が小指の第一関節分ほど、ワイズサーガの左肩に沈み込んでいく。突き刺したという感触は、ない。

 街では、何かの揉め事で逆上した馬鹿が他人を刃物でめった刺しにする事件を時々起こす。

 あの多くも原因は同じだ。

 刃物の形状にもよるが、人間の胴を刺してもこれといった手応えを感じないことがあるのだ。

 それが現実感の欠如、いては不安を掻き立て、結果、何度も刃物を振り下ろしてしまう。いかにも素人な醜態だ。

 もっとも、刺された側は手応えがどうのと言ってはいられない。

 今度はどんな解釈をしたのか。

 ワイズサーガは喉の奥から獣のような絶叫をほとばしらせ、土に塗れながら地をのたうちまわる。

 剣に刺し貫かれた肩から鮮血が噴水のように噴き出し、止まらない。

 その上、傷ついた肉がみるみるどす黒く変色し、ぐちゃぐちゃに腐っていく。

 その一方で、化膿した傷口回りの皮膚には白いカビがびっしりと発生し、見る間にどんどんと広がっていく――。

 大方、そんな幻視でもしているのだろう。

 傷口を必死の形相で掻きむしり、何かを剥ぎ取ろうというような仕草から察するに、加えて大量のうじが湧きだした光景でも見ているのかもしれない。

 昨日まで小綺麗やお洋服で着飾り、お上品にご馳走をついばんでいたような温室育ちには、とても耐えきれるものではない。

 これらの傷、症状、蛆虫などはもちろん幻だが――

 痛みと恐怖は本物だ。

 覚悟のない奴は到底対応できず、精神に深い傷を残す。

 その場で気絶する腑抜けもいれば、半ば正気を失う連中も皆無ではない。

 カラクリを見破った熟練の兵士ですら、あまりの痛みに動きを止めることも多い。

 だが、戦場において一瞬でも動きを止めれば、それは死に直結する。

 今度は幻覚ではない、本物の致命傷を貰うに充分な隙となるのだ。

 事実、その気ならヒジカはもう何百回とこのワイズサーガを殺せていた。

「やはり、代用は利かない。ようやく理解したよ。戦場の空気は戦場でしか吸えない。擬似的な物を別の環境で再現しても……結局はお前らのような半端ものにしかならない」

 俺は間違った選択をした。

 ヒジカはようやく確信を得た。

 やはり、戦場を離れたのは間違いであったのだ。

 もちろん、統一王の死をきっかけに始まった独立戦争は、もうとっくに終わっている。

 このフ=サァンからして、そもそもが戦勝派の独立で成立した国家だ。

 だが当然のこと、大勢が決し終戦を迎えても、それで世界から紛争の火種が完全に消え去ったわけではない。

 宗教。

 民族。

 資源。

 様々なものを巡って、今日もまたどこかで戦火があがっている。

 護士組に入る以前のショウ・ヒジカは、そうした戦場を転々として回る一傭兵だった。

 だが一口に戦場とはいっても、毎日のように切った張ったがあるわけではない。

 それどころか、九割はこうちゃく状態だ。

 多くの兵士は、睨み合いの間に行われる情報戦や準備、訓練なども含めてそれを戦いと呼んでいる。

 だが、ヒジカにとってそれらは不純物に過ぎなかった。

 命の直接的なやり取りこそのみが闘争と呼べるものだった。

 影でこそこそ行われる諜報活動も破壊工作も、外交上の駆け引きも、戦えない奴のやる後方支援や地ならしでしかなかった。

 戦場なのに戦闘が行われない。

 この矛盾に業を煮やし、傭兵稼業の一時休業を決めたのが三年前。

 オルビスソーからは本物の戦場がなくなった。

 睨めっこを戦いと呼ぶような退屈な空間に成り下がった。

 だったら、日常的に暴れ回る犯罪者や魔物を相手に命のやり取りを繰り広げるレイダーや冒険者になった方が、まだ張り合いがある。

 そうして流れてきたこのフ=サァンで、何の間違いか護士組に誘われて今があるが――

「結局、ここもハズレだったというわけだ……」

 犯罪者を取り締る側に回れば、封貝を悪用するならず者連中とさぞかし刺激に満ちた日々を送れると思いきや、そんなことはまるでなかった。

 誰も彼も、護士組の威光を畏れて震え上がるのみ。

 骨のある奴などこの国にはいない。

 夜中に不審な動きを見せる〈赤繭〉を見た時は期待もしたが、煽ってみても思ったほどの物ではなかった。

「――まあ、良い」

 空振りに終わったのが分かっただけなのに、不思議と気分は悪くなかった。

 なぜだか解放感すら感じていた。

「今日で、ヒジカともおさらばというわけだ。悪くない気分だ」

 自然と口元を緩めながら、景気づけよろしくワイズサーガを前蹴りで転がす。

 名の「ショウ」が傭兵団で回されていた借り物であるなら、「ヒジカ」の姓は護士組に入ってから押しつけられたものだ。

 護士組の隊士は、隊のトップに上り詰めると特殊な爵位を授かる。

しゃく〉だ。

 これは末席ながら貴族の一員となることを意味し、その証として遠方に小さな領地すら与えられる。

 とはいえ、インカルシでの実務に多忙な隊長たちが実際にこれを統治することはない。物理的にも不可能である。

 よって、領地の実質的な管理・運営は、爵位と共に与えられたれいが行い、隊長はその土地があげる税を特別手当――ボーナスとして受取るように最初から決まっていた。

 名前だけの名誉領主とでもいうべき存在なのである。

 それでも、この業界では領地を持てばその地名がそのまま自分の姓となる。このルールに特例はない。

 こうして、白虎四番隊の隊長に代々引き継がれるヒジカ領を得たショウは、ショウ・ヒジカきょうと呼ばれるようになったのだった。

 逆説的に、隊長の座を退けば土地も爵位も失い、以降その姓を名乗ることはできない。

 代わって次に白虎四番隊の隊長の椅子に座る者が「ヒジカ」の家名も継ぐだろう。

 言うまでもなく、ショウ・ヒジカに名誉への特別なこだわりなどなかった。手放すことを惜しいとも思わない。

 むしろ清々する。

 証拠に、護士組を抜けると決めた三〇秒前から、もう意識はこれからのことに向いていた。

 ――そう、護士組を抜けるというのなら、禁忌に手を出すのも良い。

 ショウ・ヒジカは、自分の思いつきに再び唇の端を歪めた。

 護士組では隊士同士の諍い、私闘が固く禁じられている。

 このため、ふっかけても連中は絶対に乗ってこない。挑発に応じない。

 戦ってみたい実力者は隊長クラスを中心に何人もいたが、連中と正面からやり合うことはかなわなかったのだ。

 だが、抜けるというならそんなことにこだわる必要もない。

「おいおい、こんな雑魚より……よほど楽しめそうだな」

「僕は……」

 その震える小声に、ヒジカは明後日の方へ向けていた顔を正面に戻した。

 思料している間に幻覚が切れたらしい。

 ワイズサーガの青びょうたんが、脂汗に塗れた各所の皮膚に大量の土砂をまぶしたまま、幽鬼のようによろめき立とうとしていた。

 伏せた顔は垂れ下がった前髪に隠れ、表情を読み取れない。

「……絶対に死ねない」

 熱に浮かされた、うわごとのように響く声だった。

「はァ――?」

「僕が消えたら……ヨウコを探し出せる人間は、誰もいなくなる気がする」

 顎を上げたその顔には、確かな意志の光をたたえたそうぼうがあった。

 迷いを振り切った、毅然としたまなざしだった。

 何を言い出すかと思えば――

 それが言葉を聞いた瞬間の感想だった。

 先程までの上機嫌が霧散するほど、奇妙な苛つきを感じていた。

「馬鹿か、お前は」

 言って、剣を力任せに真横へ振った。

 刃で切り裂くのではない。

 腹の部分で棍棒のように殴りつけた。そういう気分だった。

 先程の軽い突き刺しとは違う、確かな手応え。

 同時、びちっと柔らかい肉を叩く湿っぽい音が木霊した。

 頬をしたたか打ち据えられたワイズサーガは、悲鳴をあげる余裕もなかったらしい。

 血と唾液をぶちまけながら横倒しに崩れ落ちる。

「死ねないと吠えれば、死なずに済むのか?」

 間を置かず、今度は振り上げた足で顎を下からち上げた。

 ガチン。強制的に噛み合わされた歯が、思いのほか大きくはっきりとしたを上げる。

「その手の科白せりふを吐く奴は戦場に大勢いた。奴らが言葉通りにおめでたく生還できたと思うか?」

 もともとえかけていたこの連中への興味が、完全に失せた瞬間だった。

「絶対に死ねないと吠えながら、お前は今死ね」

「ッ――!」

 膨れあがる殺気を感知することくらいはできたのだろう。

 ワイズサーガは戦慄に目を見開き、息を呑む。

「〈Fox 2(フォックスツー)〉!」

 後ろ向きに飛び退きながら口訣する相手を、ヒジカは黙って見逃した。

 最後に一度だけ抵抗させてみるのも良いだろう。

 戯れに考えつつ、空中にバラ撒かれた白い球体の群れを眺める。

 音を操る、特殊(オブジェクト)型――だったか?

 事前に聞き出していた情報を思い出し、ヒジカは次のアクションを待った。

 本来、〈Fox 2(フォックスツー)〉は中~長距離戦向けの射撃封貝だ。

 その大半は、数秒で自然消滅する物質や、理力エネルギィ体の類を高速射出する点で共通している。

 その、ほぼ唯一の例外となるのが「特殊型」だ。

 刃がついた二個の円盤を自在に操作し、斬撃属性の攻撃を仕掛けてくる〈赤繭〉。

 殺傷能力を持たない空飛ぶ球体を無数に生み出し、音響効果を応用したトリッキィな特殊支援効果をもたらすワイズサーガ。

 しくも今日、一度に二種も相手取ることとなったこの物体オブジェクト操作型こそ、特殊型の生きた実例である。

「俺は、次の一撃でお前を殺すぜ?」

 ヒジカは右肩を左手で軽く揉みほぐし、同時に首をゆっくりと回す。

 そうして最後に、ワイズサーガを正面から見やって、続けた。

「お前、死なないんだろ? どう受けきるか見せてみろよ」

 言葉に反応してか、にわかに白球群が動きはじめた。

 敵を寄せ付けまいとするように列を成し、壁状に展開していく。

 個数はざっと二〇。拳大かやや大きめのそれが、成人の靴サイズに近い間隔をおいて、ずらりと並ぶ様はなかなかに壮観だった。

 固定力にもよるが、確かにこれはなかなかに近寄りづらい。

 そして――こちらが本来の狙いなのだろう――突如、封貝の一つがビーッという耳触りな雑音を大音量で発し始めた。

 最初は向かって一番左の最上段。

 なんだと思った時にはいったん音は止み、今度は足元に一番近い位置から、ハエのそれを再現したあの不快な羽音が妙にリアルに不意打ちをかけてくる。

 かと思えば次は真横から落雷の轟き。

 惑わすように真正面からノイズ……

 それらは常人ならば痛みに思わず耳を塞ぐか、最低でも顔のひとつも顰めずにはいられない大音量であった。

 思わぬ方向からこれだけ意識をかき乱す音が鳴り出すと、なるほど一瞬のそのまた一瞬ではあるが、意識をどうしてもそちらに奪われてしまう。

「チッ――」

 ヒジカは舌打ちする。これは思いのほか鬱陶しい。

 無論、封貝使いには音を防ぐ手段は幾つもあった。

 だが、取捨選別となると別だ。

 あの音は拾うが、この音はシャットアウトする。そんな都合の良い芸当は、よほど器用なタイプでなければ完全には成し得ないだろう。

 かと言って聴覚をそのもの抑えてしまえば、今度は必要な音を拾えなくなる危険性が出てくる。

 それでも、ヒジカからすれば「だからなんだ」という程度の嫌がらせではあった。

 なにより、相手がその先に何を用意しているかには興味があった。

 音は、意識をらすためのおとりに過ぎない。

 それは分かっていた。それでも――

 乗ってやる。獣は罠に足を踏み入れた。

 それで、どうする?

 無言で問いかけた瞬間、雷に打たれたかのような衝撃と共に、第六感が働いた。

 それは気配ともまた違う。

 理屈ではない。

 本能的、野性的……そんな直感としか言いようがない何かだった。

 その――戦場で何度も危機を救った――勘が、背後に脅威が迫っていることをヒジカに告げた。

 真横にはん分ずれながら、ヒジカは身体を素早く回転させた。

 と、白い球体型封貝が三個、急襲してくるのが見えた。

 一瞬前までちょうど首があった辺りだった。

 そこへ背後から音もなく、気配も出さずに忍び寄っていたのだ。

 なるほど……悪くない。

 刹那にワイズサーガの思惑を看破したショウ・ヒジカは、少なからず感心した。

 自然と笑みが浮かんでくる。

 怯えきった表情で封貝を大量に呼出し、相手を遮る壁を作り出す。

 これを見た相手の多くは「びびって守りを固めた」と判断するだろう。

 だが、それはブラフ――はったりだ。

 実際のところ、ワイズサーガは守る気などさらさらない。

 壁役と同時に、敵の背後に密かに召喚した三つの封貝が、奴の本命だ。

 精神的に有意に立って油断し、音の幻惑効果で前方に意識を引きつけられた相手は、これに気付かない。

 そこへ忍び寄った封貝は、一瞬にして頸部に取付き、気道を圧迫。

 もちろん、その混乱に乗じない手は、ないよな――?

 にやりとしたまま、ヒジカはワイズサーガを見やった。

 案の定だった。

 この賢しい小僧は、一直線に間合を詰めてきている。

 走りだした瞬間、壁役の封貝がすうっと動き、その進路を開けていた。

 そこを一気に突き抜け、気付けば拳の射程内に潜り込んでいる。

 意外な程の思い切りの良さだった。

 ヒジカのように先読みに成功していなければ、なかなかこれに対応することはできなかっただろう。

 自分から壁を張った奴が、まさかそれを自分からどけて真正面から突っ込んで来るなど思わない。

 なにより壁自体が、「相手は腰が引けている」という思い込みを植え付ける。

 そうした巧みな心理効果を持たせている。

 ――最後は、なかなか楽しめたぜ。

 至近距離で目が合う。

 あるいは、思考すら絡み合ったかもしれない。

 ワイズサーガはヒジカの賞賛を、そしてヒジカはワイズサーガの絶望を知る。

 狙いのことごとくを読まれ、最後の狙いが失敗したことを悟ったワイズサーガは、もう己の敗北、死を悟っていた。

〈*ワイズサーガ〉の黒腕を振りかぶったモーション中、瞳の色から如実にその思いを読み取れた。

 ――だが、それでも最後の一撃だけは。

 その覚悟を決めたのだろう。全てがスローモーションで展開される時の中で、迷いなく拳を振り抜いてくる。

 ヒジカはその拳をかわしながら胴体を縦に両断する軌道で、剣を振り下ろしにかかった。

 同時、上空から〈赤繭〉が〈Fox 2(フォックスツー)〉を唱えたのを感じる。

 最悪の結末を目前にした悪あがきなのだろう。

 だか、完全に無駄な抵抗だった。

 封貝を割り込ませるにしてもシンが壁になって射線を切っている上、タイミングも遅すぎる。

 到底間に合わない。

 その時だった。

 ヒジカは考えるより先に、振り下ろしかけていた剣を引き戻した。

 直感が、思考を介することなく反射的に身体を動かした結果だった。

 ――危険が来る。狙われている。

 遅れてその認識が脳内で言語化された時にはもう、それは訪れていた。

 何回転かして振り回し、たっぷり遠心力を乗せた丸太で側頭部をぶん殴られたような衝撃。

 眼底で閃光が弾け、視界が白く焼ける。

 遅れて、ボッという一種、何かの着火音を彷彿とさせる音が耳朶に響いた。

 どちらが先であったか、薄板が割れるようなぱきっという乾いた音もあわせて聞こえた気がした。

「グ……ハッ……」

 一瞬、意識が飛んだ。

 地に足の着かない妙な浮遊感は、実際に身体が吹っ飛んだからか。

 だが、その身体を知覚できない。

 まるで横っ面に一撃食らった時、そのまま頭が胴体から切り離されて地面を転がっているようだった。

 火花を散らしていた視界は、今や鮮血そのものの深紅に覆われていた。

 狂騒的混乱状態から立ち直るまで、戦場では致命的となる数秒を要したはずだが、その間は鍛えられた兵士の本能が肉体を自動操作してくれていたらしい。

 ヒジカは豪快に吹っ飛んだあと、ごろごろと回転しながらその勢いを殺し、かつそのエネルギィを利用して気付いた時にはもう立ち上がっていた。

 途中、自分の声を聞いていたため、精神的な安定も早かった。

 それがたとえ苦痛の呻きであれ、声が出たなら戦闘不能になるほどではない。

 本当に危険なダメージを負った時は、声すら出ない。

 どうあれ、動きを止めることはできなかった。

 それは死を意味する。

 すぐに、今にでも二撃目が来る。

 真後ろにある木の幹に背を預けながら、横に移動する。

 それだけでも呼吸が乱れた。

 やむを得ず、〈赤繭〉にぶつけていた火眼金晴獣を呼んだ。

 すぐに蹄の音が近付いてくる。

 それが間近に迫った瞬間、気配を頼りに愛馬の首筋に腕を回した。

 肩を借りる形で、そのまま引きずられるように移動を続ける。

 ――第三の敵が危険な動きを見せるようであれば、俺を守りに入れ。

 シンにも念で命じる。

 空いた左手で押さえる額は血だらけだった。

 恐らく、左側頭部から正面にかけて大きな傷を負っている。

 脳が煮立っているのではないかと思えるほど、内側から突き上げてくるような痛みが収まらない。なにより熱い。

 左側の鼻孔に感じる熱は比較的ぬるめだが、これは垂れ流れる鼻血だろう。

 どれもただの外傷だ。

 目のかすみもその副産物だろう。

 今ところ、封貝の特殊効果と思わしき追加ダメージは感じられない。

 結論としてヘッドショット――それも知覚範囲外の遠方から狙撃を受けたとしか思えなかった。

 恐らくはインカルシの壁の内側くらいは離れた所から撃たれたのではないか。

 封貝使いの〈Fox 2(フォックスツー)〉が使われたことについては、もはや疑う余地もない。

 ただ、狙撃特化スナイプ系なら、たとえかすめただけでもこの程度では済まなかっただろう。

 あれは直撃せずとも戦闘不能か、それに準ずる状態に陥いることがある。

 ――ならば、突撃アサルト系のベータ型か。

 一撃必殺ほど強力ではないが無視できない威力を持つ弾丸を、飛距離、精密性、連射性能のどれをも損なうことなく安定的に発射する。

 いわゆるバランス型であり、使い手が最も多い〈Fox 2(フォックスツー)〉が、突撃アサルト系だ。

 護士組ではこの突撃系を、更に細かく三タイプに分類している。

 ベータ・タイプはその一つであり、追加口訣で特殊モードを取れるのが最大の特徴だ。

 特殊モードではスコープの追加装備が出現し、これにより命中精度をはじめ威力や有効射程までもが一時的に向上する。

 それでも狙撃を専門とするタイプには数段及ばないが――

 敵に回した時の危険度はこの通りだ。

 問題は、この時点で出てきたベータタイプの使い手が何者かということだ。

 ワイズサーガの仲間だとすれば侮れない。

 決着が付く寸前を正確に読み切った上で、この正確無比な射撃だ。

 その腕。その胆力。

 間違いなく死線を知っている手練だ。自分と同格の力を持っている。

 しかし――だとすれば、なぜ今頃出てきた?

 ヒジカはそこに違和感を強く持った。

 もっと早く出てくれば、仲間に有利な状況を幾らでも作れたはずである。

〈赤繭〉に手を貸して幻獣型封貝を倒し、ワイズサーガと合流させれば三体一の構図すら描けたであろう。

 だが、すぐにそれ以上の考察は必要がなくなった。

 当の本人が発する声を聞いたからだ。

「――しっかりしろ。傷は幻だ」

 それが何者のものであるかはすぐに分かった。

 その声だけは聞き間違えようがなかった。

「奴の封貝に秘められた特殊効果だ。かすりでもすれば、拷問以上の痛みと致命傷を負った悪夢を強制的に見せられる。抵抗力が弱いほど、幻覚を見る時間は長い。――どうだ、走れるか?」

「あなたは……」

 ワイズサーガがどこか夢うつつで訊ね返すのが聞こえる。

「ヴァイコーエン……お前……」

 軽いまいを覚えつつも、ヒジカはそちらに近付いていった。

 護士組()ざく二番隊隊長、ケイス・ヴァイコーエン。

 間違いなく、その姿が目の前にある。

「そうだ、お前だよ……」

 火眼金晴獣から離れ、ふらつきなから歩き出した。

 途中、いつの間にか手の内から失われていた長剣《Fox 1》を、無口訣で再召還する。

 左手で覆う頭部からはまだ激しく痛む。

 じゅくじゅくと溢れ出す鮮血はいつまでも止まる気配がない。

「護士組の中でも一番、俺に近かった。お前は突出して、戦場の匂いを漂わせていた」

「もう、ヴァイコーエンじゃない」

 表情のない顔が、ヒジカを見た。そして続けた。

「俺は、護士組を抜ける」

 聞いた瞬間、失笑していた。

「ハッ――。気が合うじゃないか、元隊長さんよ。俺ももうヒジカじゃねえ」

「……そのようだな」

「言った通りだな。俺の言葉を覚えてるだろ、ヴァイコーエン。俺とお前は同類だと。実際こうなっても、まだお前は否定するか?」

「…………」

「できないよな」

 ヒジカは顎を突き出し、にやりとしてみせた。

「護士組なんぞ腰かけだ。はらの中じゃ、俺もお前もそう思っている。本当はインカルシの治安なんざどうでも良い。興味もない。俺たちはただ、戦場に代わる何かを求めていた。最も死に近い場所を探してこんなところにまで流れ着いた。だが、それが護士組にないとはっきりすれば、隊長の椅子すら躊躇無く捨て去れる。違うか?」

 ヴァイコーエンの名を捨てたとのたまう男は、答えなかった。

 代わりにしばらくの沈黙をはさみ、「行け」と短く告げた。

 無論、それはヒジカに投げた言葉ではない。

 ワイズサーガ、および〈赤繭〉へ向けたものだった。

 ワイズサーガと〈赤繭〉を逃がすことに、もう異存はなかった。

 実際、ヴァイコーエンの声を聞いた瞬間から、シンを呼び戻しすぐ側に置いている。

 ワイズサーガと〈赤繭〉の合流を阻む壁はもうない。

「――どういうことです」

 だが、このあまりに唐突な展開に〈赤繭〉は戸惑ったようだった。

「貴方には見覚えがあります」

 上空からヴァイコーエンを見下ろしながら眉根を寄せる。

 どこかいつもの〈赤繭〉とは様子の違う、機械的な口調であった。

「あの夜、私を最後に斬った槍の使い手ですね。護士組の隊士がなぜ、今ごろになって私たちに助勢するようなまねを」

「お前らに付き合ってれば、このまま護士組で隊長をしているより、命が幾つあっても足りない状況には困らないだろう……と思ってな」

 はじめて元ヴァイコーエンが表情らしい表情を浮かべた。

 苦みを帯びた薄い笑みだった。

「俺は――」

 ヴァイコーエンはちらと〈赤繭〉に視線を向けた。そして続けた。

「お前を初めて見た時、賭けをすることにした」

「賭け?」

「状況から総合して、お前には仲間がいると思った。だから冤罪で処刑されようとしているのを知れば、そいつらが助けに来るかもしれない。来なければ、俺自身が出ていって、護士組や処刑部隊と戦う。もし、全滅上等の覚悟で助けに来るがいたら――その時は、護士組を抜けてその莫迦につくと」

「じゃあ……」

 ヴァイコーエンに肩を借りるワイズサーガが、驚愕、といっていい表情でただす。

「あなたは、ナージャに罪がないことを最初から知っていたんですか」

「護士組の中で同じ隊長をやっていた間だ。最初に交戦したのがショウ・ヒジカと聞けば、すぐに思い当たる。そいつは、獲物をみすみす取り逃がすようなタマじゃない。無実の者にちょっかいをかけ、あの状況をわざと作り出したことくらいは想像できた」

「でも、だからって護士組を抜けるっていうのは……ヴァイコーエン隊長……実直で信頼できる人柄の隊士だと、貴方の名前は仲間の口から聞いたことがある」

 冤罪の人間を助けるために、そこまでするものなのか。

 ワイズサーガでなくとも、正気を疑うところだろう。

「言ったろう。それは俺個人の問題だ。護士組を抜けることは以前から考えて――切っ掛けを探していたことだ。お前らとは関係ない」

 話は終わった、と言わんばかりに、ヴァイコーエンはそれきり口をつぐんだ。

 続けて「行け」と手振りで地下水路へ続く入口を指す。

 幼い封貝使いたちはいくばくかの逡巡を見せたが、結局はその指示に従った。

 連中からすれば九死に一生。渡りに船だ。

 礼の言葉を重ねながら、樋口の向こうへと消えていく。

 ヒジカは一連の成り行きを黙って見送った。

 ワイズサーガたちには一瞥もくれなかった。

 もう、獲物しか見えていなかった。

 護士組を抜けるついでに、隊長クラスと命のやり取りを。そう思っていた矢先に、最も美味しい獲物が自らやって来たのだ。

 暇潰しの玩具になど、もはや興味もなかった。

「そろそろ、良いか?」

 ワイズサーガと〈赤繭〉が姿を消し、さらに数拍分、時を待つ。

 ようやく、ヒジカは静かに問うた。

「そうだな。いい加減、ここでの馬鹿騒ぎにも誰か気付いた頃だろう」

 ヴァイコーエンが――否、ただのケイスが、ヒジカに向き直りながら応じた。

「確かにそろそろ始めるべきだ」

 ヒジカはゆっくり息を吸い、倍の時間をかけて吐いた。

 それから、かっと目を見開きやにわに声を張り上げた。

「待ちかねたぜ、ヴァイコーエン。この時を――」

 ――〈Fox 2(フォックスツー)〉。冷たく唱える声が聞こえた。

 ヴァイコーエンの両手に黒光りする二(ちょう)一対の銃型封貝が出現する。

「いずれ、お前とは必ずこうなると思ってたぜ」

 ヒジカは語りかけつつ、血に塗れた手を額からどけ、真横にすっと伸ばした。

 それを合図に、シンと火眼金晴獣がかたわらに寄り添うように位置を変える。

「正直なところ、俺もだ」

 言葉と同時、銃口が流れるような動作で持ち上げられ――ヒジカに向けられた。

 そしてその時にはもう、閃光が放たれた。

 だがしかし、ヒジカはその直前、既に疾駆しはじめていた火眼金晴獣の尾をいち早く握っていた。

 乗騎の加速は主の身体を旗のごとく翻らせ、銃弾が届くより早く安全域へと離脱させる。

「狙撃はベータ型の仕業だと思っていたが、違ったようだな。ヴァイコーエン」

 喋る間にも、無数の光線が発射音を重ね合わせながら襲い来る。

 そのことごとくを受け止めたのは、もう一体の乗騎――蛟竜種〈シン〉の巨体だった。

 全身に貼り巡らされたその分厚い鱗の装甲は、傷一つ負わず全ての脅威を跳ね返す。

 直後、ヒジカはシンの背の影に入ったと同時、火眼金晴獣の尾から手を離した。

 地面を一回転して立ち上がり、そのまま死角に留まる。

 逆に、火眼金晴獣は囮として反対方向から走り抜けさせた。

 龍の影から飛び出た火眼金晴獣にケイス・〝元〟ヴァイコーエンが目と銃口を釣られたとき、ヒジカは龍の背を一気に頭頂部付近まで駆け上がっていた。

 うろこを蹴ってちょうやく

 敵頭上から一気に急襲をかける。

 反応するケイスが遅れて銃口を合わせてくるが、遅い。

 とっの行動であるだけにしょうじゅんも甘かった。

 優位をとったヒジカは、放たれた光弾を冷静に長剣で弾いていった。

 無論、防御封貝デルタワンを使った方が確実だが、入替えにほんの僅かだが時間的ロスが出る。

 接近後、即座に攻撃に移りたいなら〈Fox 1(フォックスワン)〉で凌ぐのがベストだ。

 間合に入ったと同時、ヒジカは長剣封貝を一閃させた。

 互いに手の内は知っている。

 掠り傷すら受けられないことを心得ているケイスは、大きく横っ飛びに身体を投げ出す。

 だが、この回避行動は予測済みだった。

 相手が飛び退く先へ、ヒジカは既に火眼金晴獣を差し向けている。

 怒涛の突進がケイスに迫る。

「――〈|Victor 1《ヴィクターワン〉」

 ケイスは慌てず、空中に身を躍らせた体勢のまま短く口訣した。

 瞬間、その背に巨大な羽が生えたのが見えた。

 片翼だけでも成人男性サイズの長さを誇る、膜状の皮翼だ。

 強く蝙蝠コウモリのそれを連想させるシルエットは、だか骨格部分が鮮やかな朱色をしていた。

 ケイスの幻獣系封貝――翼竜〈アンハングェラ〉だ。

 主の背中に張り付き融合して羽を与えるか、主を背に乗せ空中戦をサポートする飛行特化型である。

 翼竜とは言うが、外見は鳥に近い。

 長い顔と、その五倍はあろうクチバシ。

 薄く平べったい胴から生える二本の後ろ脚は、ともすれば二本の尾に見えるほど貧弱で長細く歩行はいかにも苦手そうに見える。

 そして――最大の特徴である――皮翼だが、これは実際、形だけ見れば片刃の曲刀にしか見えないものだった。

 幅広の刀身がゆるやかに湾曲した、いわゆるシミターの類だ。

 笑えないことにこの翼は、見た目通りに刀剣系の〈Fox 1(フォックスワン)〉に準ずる切れ味を誇る。

 だが、ヒジカがこれまで戦場で見てきたアンハングェラ種は、真っ向からの戦闘を得意とするタイプでは決してなかった。

 あからさまに軽量化を優先したその身体構造からして、シンのような耐久性など望むべくもない。

 盾や壁ではなく、高い機動力と回避力で相手を翻弄するスピードタイプとして運用される。

 なんにせよ、この幻獣の翼によってケイスは空中に難を逃れた。

 同時に、ヒジカの好む剣の間合からも、である。

「流石に、簡単には取らせてくれないな。元隊長さんは」

 雨のように降ってくる光弾を時に剣で、火眼金晴獣の機動力で、またシンを盾にしてしのぎながら、ショウ・ヒジカは唇を歪める。

 頭痛は時を追うごとに酷まり、出血もいまだ止まらないが、気分は良かった。ここ数年、味わえなかった高揚感が次から次に湧いてくる。

「これなんだよ……こうでなくちゃいけねえ」

 と、束の間、光線の雨が止む。

「それは、お前の本質じゃないだろう。元隊長」

 代わりに降ってきたその言葉に、ヒジカは顔を上げた。

「――なに?」

「お前は本質的に、寡黙で無口な人間であるはずだ。護士組で装っていたチンピラのような言動は、私闘を挑んでもなかなか乗ってこないたちに対する、挑発用の仮面だろう」

「ほう……」

 興味を引かれる指摘だった。

 内容自体もそうだが、ケイス・ヴァイコーエンという男がわざわざそれを今、指摘してきたことも含めて面白い。

 そう思った。

「なぜ、そんなことが分かる」

「お前はあからさまに射撃用封貝フォックスツーを出し惜しみする。今日もそうだ」上空に静止したままケイスは続けた。「これと決めた獲物は、よりリアルな手応えを得られる刃物で仕留めたい。それがこだわりなんだろう?」

「……それが?」

「お前と同じこだわりを持つ奴は、たまに戦場で見かけた。そいつらは決まってある点で共通していた。静かなんだよ。狩人がそうであるように、無駄な動きや音を奴らは嫌う」

 ヒジカは答えず、走りだした。

 シンが滑るように上空から下りてきて隣を並走する。

 直後、ヒジカはその背に飛び乗った。

 封貝には思考が伝わる。馬のように鞭も手綱も必要ない。

 シンは主がイメージした通りに、ケイスへ向けて急上昇していった。

 そして射程に入っと見るや、予告もなしに幻惑のブレスを見舞う。

 だが、〈アンハングェラ〉の皮翼をまとうケイスは、これを難なく空中で回避した。

 余裕すら感じられる動きだった。

 シンに追撃を命じるが、やはり速度も小回りも〈アンハングェラ〉が数段勝る。

 常に一定の間合を取られ、そこからは一向に距離を詰められない。

 威力を犠牲にし、代わりに範囲レンジを最大広げて放つブレスも、まるで当たる気配がなかった。

 だが、攻め倦ねは向こうも同じだった。

 ブレスの合間にカウンターで叩き込まれる〈Fox 2(フォックスツー)〉の光弾にしたところで、シンの鱗に遮られて全くヒジカの脅威にはならない。

 では、互いに決め手を欠き、このまま千日手に陥るかと言えば――必ずしもそうとは言えない事情があった。

 ケイスの射撃用封貝《Fox 2》〈フォリオン〉は「形態変化」の特殊効果を持っている。

 これは、左右の手にそれぞれ握った二挺の銃を、追加口訣で一つに融合するというものだ。

〈フォリオン〉がブラスト系であることを鑑みれば、むしろこちらが本来の姿というべきか。

 いずれにせよ、合成され姿形を全く変えたこの融合〈フォリオン〉は、射撃用封貝《Fox 2》の中でも最も強大な火力を持つブラスト系の特徴をそのまま備えた凶悪な兵器に変貌する。

 二挺に分離した〈フォリオン〉は――今がそうであるように――高エネルギィ体を物質化寸前まで収束させ、矢継ぎ早に放ってくる。

 人差し指ほどの口径を持った光弾である。

 否、実際には手首から小指の先くらいまでの長さがある、それは光線に近いものだ。

 多方、一つになった〈真・フォリオン〉とも言うべき形態では、これがどこまでも続く一本の馬鹿長い光の奔流となる。

 人間エインひとりどころか、団体を軽くまとめて飲み込める、極太の――それはさながら輝く川だ。

 だがこの場合、狙いは大雑把にしか付けられず、二発目はないに等しい。丸きりブラスト系の典型例そのものである。

 だが、そこで終わらないのが〈フォリオン〉の他にない特徴だ。

 すわなち、威力を落し、有効半径を極限まで狭めることで、精密な射撃を可能とするのである。

 この機能を用いてこそ、ケイスは先のヒジカの狙撃を可能とせしめたのだ。

 と、そのとき、ヒジカは遠方からゆっくりと接近してくる封貝の気配を察知した。

 ケイスも同じものを気取ったらしい。

 視線こそヒジカから外そうとしないが、表情がそれを物語っている。

「――どうやら時間がないらしいな、ヒジカ」

「気にすることはない。邪魔者ごと消せば良いだけの話だ」

 ケイスの眉がぴくりと動いた。

「――なに?」

「お互い、足抜け組だろう。今さら、何に遠慮することがある? なんなら俺は、護士組全員を敵に回しても面白いと思っている」

「……何を考えている、ヒジカ」すっと目が細まった。「日を改めようって顔じゃないな」

「聞かなくても分かってるはずだぜ、ヴァイコーエン。本当なら、崩しから決着までじっくり楽しみたかったが、時間がないなら仕方がない。一気に決着を付けようぜ。俺たちにはその手段がある。――だろう?」

 言葉と同時、ヒジカは構えを解いた。

 宙を漂うシンの背の上に立ったまま、改めてケイン・ヴァイコーエンと対峙する。

 そうして剣を持った右腕を、ゆっくりと前へ突きだした。

 切っ先を下に向け、おもむろに柄から指を一本ずつ離していく。

 解放され、自由落下をはじめた長剣型封貝〈*カースブランド〉は、真っ逆さまに足元に向かい、そしてシンの首筋の鱗に触れるより早く、すうっと霧散するように消え去った。

「よせ、ヒジカッ!」

 はじめてケイスがそれらしい感情を含ませた声を発する。

「お前正気か? こんなところでぶつけ合えば、インカルシ市内にまで被害が及びかねんぞ」

「それがどうかしたか?」

 ヒジカは愉悦の笑みで応える。

「護士組を抜けたと言うくせ、背にした街が気になるってのか。だったら、なおさら指をくわえて見ているわけにはいかないな、元隊長殿?」

 ――いくぜ。

 ヒジカは唇の動きだけで小さく囁き、口訣した。

 それはあらゆる封貝使いにおける最後の切り札。

 最奥にして、秘中の秘。

 すなわち――

「――〈最終決戦封貝(リーサル・フォックス)〉」

 瞬間、ケイスが顔を歪めるのが見えた。

 恐怖にかられたのではない。

 選択肢を奪われ、苦渋の決断を迫られた者の表情だった。

 だがそれは、すぐに迷いを振り切った覚悟の眼差しに取って代わった。

 そうだ、それで良い。ヒジカはまたわらった。

 お前は俺と同じだ。多くの封貝使いがそうであるように、切り札は攻撃系。襲い来る物の威力を減じようとするなら、手段は相殺のみ。

 それしかない。

 来いよ、ヴァイコーエン。

 その無言の語りかけに応じるように、元朱雀二番隊隊長は両腕を胸の前に突きだした。

 移動ヴィクター系との組み合わせを除き、封貝は同時に二つの能力を発揮できない。

 左右の手にあった〈フォリオン〉が、ヒジカのときと同様、溶けるようにかき消えていく。

 そして、ヒジカは口訣の声を聞いた。


「――〈最終決戦封貝(リーサル・フォックス)〉ッ!」

挿絵(By みてみん)

▼データファイル


【カースブランド】(固有名:Curse brand)

  ・刀剣型(威力C/間合B/速度B/特殊効果A/特殊効果「呪怨の烙印」)

  ・*ユニーク*

・使用者:ショウ・ヒジカ


〈呪怨を着せるもの〉を冠する強力な特殊効果を持った長剣型の封貝。

 形状は末端の兵士が使うような粗末な外見の両刃剣で、刀身の長さ、造りなど形状上の特徴はもちろん、装飾もないに等しい。しかし刀剣型の封貝としてのスペックは、ユニーク封貝ペルナである以上、一般的とは言いがたい。

 まず、切れ味が鈍く、一撃あたりの与ダメージ数が明らかに通常封貝よりワンランク落ちる。

 一方、かすりでもすれば、それだけで相手に瞬間的な強い幻惑効果を与える。つまり威力を犠牲に、特殊効果を上げた特殊特化タイプの封貝が、このカースブランド「呪怨の烙印」である。

 幻惑効果とは、実際には薄皮を切る程度のダメージでも、大ダメージを受けたような激痛を引き起こし、しばらくの間、ダメージを受けた場所の切断、強い毒を受けての壊死、大量の肉食系蛆虫に内側から食い散らかされるといった、麻薬の中毒症状による妄想や幻夢のような効果を与える。

 持続時間こそ一瞬から数秒と短いが、その間、相手に与える肉体的・精神的ダメージは甚大で大きな隙を作り出す。

 所持者はその隙を逃さず、より深い次の傷を与えることで、敵対者に絶え間のない拷問のごとき苦痛を与える。

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