炎
船内の全員が衝撃の初体験をしていた。
乗組員たちは目の前で上半身裸の美女に自分は男であるという告白を述べられていた。彼らにとってこれは初めての体験であった。
そして乗組員たちに衝撃を与えたとうの本人もまた、これは当然だが、初めての体験をしていた。彼女(または彼)にとっては自分の上半身が女性になってしまっていたのだ。さらに後でわかったことだが、彼の下半身も彼本人の物ではなかった。下半身が自分の物でないと発覚した原因は陰嚢の裏にほくろがないことに本人が気づいたからである。
ともあれ、この混乱を治めたのは船長室にいた隊長と呼ばれていた男、矢村である。
船長室のドアがシュッと開き中から矢村が現れた。
「お前らさっきからうるさいねん。そろそろ交代の時間ちゃうんか?はよ持ち場いくやつは行け」
そういわれた船員たちの中から小太りの男が矢村に言った。
「いや、隊長!こいつ体が変ですよ!自分の事男だっていうんですよ。しかもチンコも付いてるって言うし。」
「分かってるっちゅうねん。最初っから見えてたわ。それに半分半分の人間見るのお前ら初めてちゃうやろ。」
すると小太りの男は驚きながら尋ねた。
「え、船長見えてたんですか?てか、半分半分の人間ってことはコイツもジョンと同じ奴ですか?」
なにか前提がありそうな会話が進んでいくのを聞いていた上半身女性で上半身裸の自称男の人間は、自分に関する会話にも拘らず自分の知らない会話が続きそうになるのを阻止した。
「ちょ、ちょっと待って下さい。よく分からないんですけど、見えてたってどういうことですか?それに半分半分の人間って俺のほかにもまだ誰かいるんですか?」
矢村は質問者の方を向き、珍しい体には目もくれず、質問者の目を見つめた。
「そうやな、色々説明しなきゃアカンことがある。まずは君の質問に答えるは。見えていた。って言うんはそのままの意味で俺の能力は特殊な視覚を持ってることや。千里眼って言うんかな、めっちゃ遠くのものが見えたり壁とかを透視したり、物凄い動体視力があったりとまあ、いろいろ目がいいんや。ちなみに言っとくとこの船に乗ってる全員がカテゴリーC以上の能力者や。それぞれの能力については後で個人的に聞いといてくれ。
そんでもって君の二つ目の質問やけど半分半分の人間はこの船にもう一人いる。さっき船長室の中から見てたけど君が喋ってた外国人がそうや。ジョンって言うんやけどな。あれ?あぁもうアイツ寝てしもたんか。まあアイツも半分半分の人間や。見た方が早いし説明するのややこしいから後で確認しといてな。アイツは君と違う感じで半分半分やわ。ところで君の事も教えてくれるか?名前はなんて言うんや?」
そう聞かれて矢村から説明されたことを必死で理解しようとしていた脳みそが停止した。名前を聞かれて答える。ただそれだけの簡単なことなのに答えが思いつかないのだ。
「えーと、すいませんちょっとなんか、ど忘れというか思い出せなくて。」
「そうか、もし記憶を消去されているとすれば、思い出すのは無理かもしれんな。どのくらい記憶が残っているか、他にもいろいろ聞きたいことがあるから、船長室に行こう。あと前閉めとけ。」
船長室の中では改めて基本的な個人に関するあらゆるが質問された。いくつか答えられたものもあったが答えられなかったものの方が多かった。そして答えられた質問は個人を特定するために役に立つものは一つもなかった。つまり身元不明というわけだ。
「うーん、やっぱりな。きれいさっぱり記憶消されてるな。」
そういうと矢村は持っていたペンを机の上に転がして大きく伸びをした。
「すいません、さっきは落ち着いたら答えられると思ったんですけど、まさかここまで自分が何も覚えてないなんて。」
「かまへんかまへん、それよりとりあえず名前決めよ。このままじゃ誰も君の事なんて呼んでいいか分からんし、ほっといたら君の特徴から変なあだ名ついてしまうわ。なんか呼んで欲しい名前ある?」
「いえ、特には。」
「そうか、じゃあ炎とかいて『エン』ってどうや。」
「はぁ、いいですね。男でも女でもいけそうな名前です。」
「せやろ、決まりや!キミの名前はエン。や」