バイバイ。
手を振った。
「バイバイ」
「ああ。じゃあな」
帰り際のいつもと同じ会話。きっとこれからも同じように言うだろう。けれど、今日と明日とでは決定的に違うの。でも、あなたはきっと気づかないね。
背を向けるあなたに私はもう一度「バイバイ」と声を出さずに告げた。
ふと、気づくと涙が頬に伝っていた。それを拭くことなく、小さくなる背を見つめる。
あなたと一緒にいるとき、私はいつも背伸びをしていた。でも、もう、背伸びをするのは疲れたの。脚が痛くて、これ以上背伸びができそうもない。
コーヒーに砂糖を入れる人を見るとあなたは少しだけ嫌な顔をするよね。だから、私はいつだってブラックを飲んでいた。でもね、私、実は甘党なの。知らなかったでしょう?
いつも、いつも、あなたの目によく映ろうと頑張っていたの。気づきもしなかったよね。友達でこんなに疲れてしまうんだから、きっと彼女になんて、なれないね。
だから私はもう、やめるの。
あなたを好きでいるのをもうやめるわ。「バイバイ」の一言で、あなたへの恋心はもうお終い。
だって無理だから。背伸びして、嘘をついて、偽って。
きっと、背伸びのできなくなった私はあなたのそばにはいられないよね。
だから「バイバイ」なの。
あなたの背中が完全に見えなくなって、私はやっと涙を拭いた。これで終わりなんだと安心し、これで終わりなんだと泣きたくなった。
背伸びしてでもそばにいたかった。疲れてしまうほど、頑張ったのはあなたが好きだったから。どうしても隣にいたいほど。想いを告げることはなかったけれど、あなたの隣にいられた毎日は、幸せだったの。疲れも忘れてしまうほど。
でもね、怖くなったの。今の私を好きになってもらっても、本当の私は違うから。本当の私は、片づけられなくて、料理だって下手で、甘党なの。こんな私を受け入れてはくれないあなたを想い続けることが怖くなったの。あなたに好きになってもらうことよりも、あなたに嫌われる方が怖かった。だから、やめるの。
振り返り、自分のアパートに向かうため、足をすすめた。ふと、ポケットからの振動に足を止める。
着信を見れば、あなただった。
心臓が音を立てる。もうやめたはずなのに。
「…もしもし」
「ああ。俺」
「どうしたの?」
声が裏返りそうになるのを何とか堪えた。
「ん~別に」
「何、それ?忘れ物?」
「ま、そうだな」
「え?どこで?」
「…今度、いつ遊ぶ?」
「え?」
「次の約束忘れてた」
彼はそう笑っていった。その言葉に思わず手に持っていたスマホを落としそうになる。
また、心臓がどきどき音を立てた。嬉しくて体温が上がる。
けれどもう、やめるのだ。だってもう、演じられない。彼の好きそうなタイプは私とは違うのだ。もう背伸びはできそうもない。
「ねぇ、知ってた?」
「何を?」
「……私、ブラックコーヒー苦手なの」
「は?」
「いつも家では角砂糖2つ入れてるの」
「…知ってたけど?」
「え?」
「角砂糖2個までは知らないけど、甘党だろ、お前。いつも俺に合わせててくれたんだろ?知ってたよ。でも、別にいいぜ?無理にブラック飲まなくても」
その言葉に止まっていた涙がまた流れ出した。好きだと思った。どうしようもなく私はこの人が好きなんだと。
「それにね、片付けが苦手なの。料理だって上手くないの」
「急になんだよ。別に、片付けとか料理とか下手だっていいだろ。どうかしたか?」
嬉しかった。同時に、胸が詰まって苦しくなる。ずっと言えなかった言葉がすんなりと口から出た。
「……好きなの。あなたが、好き」
私の言葉に、彼は少しだけ笑った。
「…それこそ知ってたよ。言うの遅すぎ」
「そっか。知ってたのか」
「別に無理しなくていいからさ、お前らしく俺のそばにいろよ」
どこか照れたような声。もしかして、不安だったのは同じなのかな。
「…ねぇ、そっちは?」
「は?」
「私の事、好き?」
「…そばにいろって言っただろ?わかるだろ、普通」
「私らしくいろって言ったのそっちでしょ?だから、聞いてるの。聞きたいから」
「ったく、しょうがねぇな。…好きだよ」
電話口でもわかってしまう。あなたの顔が赤くなったこと。それが嬉しくて私は笑った。
明日もあなたが私を好きでいてくれるように、私は精一杯頑張るわ。だけど、苦手なことや嫌いなことはちゃんと伝えていこう。本当の私をきちんと見てもらうの。
だって、そんな私があなたを好きで、そんな私をあなたは好きだと言ってくれるんだから。
背伸びをした私に「バイバイ」を告げるわ。
思っていた終わりではなくなってしまいました(;一_一)
でも、ハッピーだからいいにします(笑)
久しぶりの小説がこんなに短くてすみません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!!