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夕食中、桃はいつものように、両親にいろいろ話しまくっている。
びとーの話もしていたが、檸檬は敢えて無言で通した。
桃の話はいつも、現実も空想もアニメもドラマも絵本もマンガもいろいろ入り交じって
支離滅裂なのだ。
ここで下手に口を出さない方が両親もスルーしてしまうだろうと踏んでいた。
当のびとーは約束通り、兄妹にしか見えない状態で台所にいる。
炎の精霊の為、炎の気が栄養の役割を果たすらしい。
母親が夕食の準備をし始めてから料理を終えた今も、
びとーはずっと台所に入り浸っていた。
食事が終わると、兄妹は揃って桃の部屋に行った。
特別支援学校でも、児童の負担にならない程度の宿題が出る。
檸檬は自分も勉強しながら、桃に宿題をさせるのだ。
勿論、びとーもついてくる。
びとーには翼は無いが、精霊の特性なのか、空を飛ぶことができるのだ。
飛ぶ、というよりは、
直立した姿勢のままでふわふわ浮きながらついて来ることができる、と
表現した方が良いかもしれない。
桃の宿題が終わる頃、後片付けの済んだ母親が桃を呼びに来た。入浴だ。
桃が部屋にいない間に、檸檬は改めてびとーに尋ねた。
「びとーは炎の精霊だって言ってたけど、炎を操れるっていうこと?」
「ああ。炎を熾すことも
逆に火の気を断つ、というか俺の中に火の気を完全に取り込んで炎を消すこともできる。ついでに言えば、火の気のある場所へなら瞬間移動も可能だ。」
「でもそれは主人である桃の意志で、ってことだよね?」
「少し違うな。
勿論、桃の意に反することはなるべくしないが、桃を守ることが第一に優先されるんだ。その為なら桃の命令に背くこともある。
常に桃にがんじがらめになる訳じゃなく、俺には俺の自由意志もあるということだ。」
「びとーにも判ったかもしれないけど、桃は普通の子供よりも更に幼い。
その場その場で的確な指示を出せる訳じゃないんだ。」
びとーは頷いた。
「だからお願いがある。
何か問題が起こった時、できれば俺のお願いも聞いて欲しいんだ。
大人程でないにしても、桃よりは状況に応じた指示を出せると思うから。」
「檸檬が妹の桃をどんなに大切に思っているか、見ていれば判る。
だから、俺は最初からそのつもりでいる。安心していて良い。
まぁ、明らかに檸檬が間違っている場合は、俺が勝手に軌道修正するけどな。」
檸檬はホッとしたような笑顔を浮かべた。
「ありがとう、びとー。」
少年の、クールな外見に隠されがちな素直さは、紛れもなく長所だとびとーは思った。
「それからちょっとした疑問なんだけど、
びとーの前のご主人様ってロシア人だったんでしょ?
それで、今度は桃。なのに言葉が通じるのはどうして?びとーは多くの言語を操れるの?」
「そうじゃない。
どうしてかは俺にも判らないが、俺が元の世界の言葉で話すと、
何故かこちらの世界の人間に通じるのだ。言語の種類に関係なく。」
「ふうん。不思議だけど便利だね。……それとね。」
躊躇うように続ける檸檬にびとーは瞳を向けた。
「他にも水や風や雷なんかの精霊が封印されているって言ってただろ?
もし封印を解かれた状態で出会ってしまったら、
彼等が桃を傷付ける可能性ってあるのかな?」
びとーは目を伏せた。
「無い、とは言えない。ヤツ等がどんな主人に付くかによって、状況が変わるからな。」
「でも、元は同じご主人様に付いていた仲間達だったんだから、
びとーにしても敵に回したくないよね?」
「……まあな。」
「そうならなければ良いね。」
しみじみとした優しい檸檬の声に、びとーは頷くしかなかった。
「おにいちゃん!びとー!」
バタンと大きな音を出して扉を開けた桃が部屋に飛び込んでくる。
座っている檸檬に抱きついた。
「うん。綺麗に洗えたね、桃。良い匂いがするよ。」
桃は顔に水が掛かるのを嫌う。怖いからだ。
だから、上手にシャンプーできると、檸檬は必ず褒める。
そして、桃の方でも大好きなお兄ちゃんに褒められたくて、頑張って辛抱するのだ。
今夜も檸檬に褒められて頭を撫でられた桃は、嬉しさに頬を紅潮させた。
「えへへー。」
「明日のリボンを選ぼうか?」
桃はいつも翌日のリボンを檸檬に選んでもらっている。そこには別に何の意味も無い。単なる桃的なこだわりなのだ。
檸檬は白地に赤いチューリップ柄のシュシュを選んだ。
赤いチューリップの絵が何となくびとーを思わせたからだ。
仲の良い兄妹の姿をびとーは目を細めて見ていた。




