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教職員も全員帰り、施錠を済ませた後、光輝と瑞輝は校舎の塔の方へ向かった。
この塔は二人の住居スペースに当たる。
若くして亡くなった二人の母親が魔術師のような塔に住むのに憧れて、
父親がこういった造りにしたらしい。
ちなみに、この塔部分には通常は理事長室からでないと行けない構造になっている。
光輝は繊細、瑞輝は大胆という違いはあるが、二人共、そこそこ料理が上手い。
とりあえず黙々と夕食を作る。
今夜は久し振りに二人で摂る食事だ。
しばらく日本を離れていた瑞輝の為に、光輝は魚を裁いて刺身に仕立て、
すき焼きの準備に取り掛かる。
日本海側のこの地域は魚介が本当に美味しい。
回転寿司に行ってさえも首都圏の高級寿司屋並のものが食せると言う者もいるくらいだ。逆にすき焼きの方は料亭のような本格的なものではなく、
すき焼き風煮と表現した方が良いかもしれない。
大谷兄弟のすき焼きといえば、牛肉や焼き豆腐、ネギといったありきたりの食材の他に、ざく切りのキャベツとうどんの麺をたっぷり入れる。
元々は野菜嫌いの父親に母親が少しでも食べさせようとキャベツを入れたらしいが、
邪道と言われようが何と言われようが、
二人はすき焼きの中にぶち込んだキャベツが大好きなのだ。
味の染み込んだうどんもたまらない。
光輝の横で瑞輝が大量のキャベツを手でちぎる。
葉物は包丁を使うより手でちぎる方が美味いと瑞輝は思っていた。
準備ができると、瑞輝は冷蔵庫から缶ビールを二本出した。一本を光輝に渡す。
プルタブを開けてそのまま飲もうとする瑞輝を光輝が止めた。
「ジョッキも冷やしてあるよ。」
「別に缶のままでも良いんだけどな。」
瑞輝は良くも悪くも野生児である。が、光輝は首を振った。
「冷やしたジョッキで飲む方が何倍も美味いよ。
手を加えられない状況ならともかく、できる時は少しでも美味く飲まなきゃ勿体ない。」
「ああ。」
光輝が差し出すジョッキを瑞輝も素直に受け取った。
ビールを注いで無言でジョッキを合わせた。
一気にジョッキにある殆どのビールを流し込んだ瑞輝を見ながら、
光輝は新しい缶を出す。その缶を見るともなく見ながら、呟いた。
「それにしても……コーヒーの缶に似てるから微糖ってね…。」
苦笑する光輝に瑞希も頷く。
「意表を突く発想だよな。」
瑞輝の瞳に後悔がよぎる。
「……光輝。」
「うん?」
「……悪かった……。」
使い魔が付くということは、
常軌を逸した事態や考えられないような危険に晒される可能性が高くなるということだ。普通の人間でも難しいのに、ダウン症の女の子に対処できる筈もない。
更に光輝が学校の子供達をとても大切に思っていることを、瑞輝も重々承知している。
だから大丈夫かと問われた時に、安請け合いしなければ良かったのだ。
「こんな事態になるとは予想もできなかったからね。」
応える光輝は、意外に落ち着いていた。
「でも僕は正直、桃ちゃんで良かったかなって思っている。」
「何でだ?」
「よく判らないけど、自ら召喚したのでない限り、
自然に属するであろう精霊という存在は、より純粋な者に付くんじゃないかな。
だからあの場では、僕達よりも子供達に付く確率の方が遙かに高かっただろうと思う。」
「確かにな。だが、あの時子供が三人もいたんだぜ?
何でその中で桃ちゃんが良かったと言えるんだ?」
光輝は微かに笑った。
「こんなことを言ったら無責任とか他力本願って思われるかもしれないけど、
桃ちゃんには檸檬くんがいるからね。」
瑞輝も幼さを残しつつも整った檸檬の顔を思い出す。
「檸檬くんはああ見えて桃ちゃんが可愛くて仕方ないんだ。
だから部活も入らずに桃ちゃんと登下校している。
桃ちゃんがうちの校内にいる時以外は、大抵あの子の側にいると言っても良い。」
ビールの缶を振って空になったのを確かめて、光輝はまたビールを二本出してきた。
テーブルに置いて続ける。
「檸檬くんは頭が良い。学力でも知恵という意味でも。
運動神経もかなり良いと聞いている。
びとーの力を使役しなくちゃならない局面に遭っても、
檸檬くんが手綱を引いていれば、百パーセント大丈夫とは言い切れなくても、
ある程度は安心だ。
それに対して、慶太君のところはそこまで兄弟仲は良くないし、明君は一人っ子だ。
何かあっても、フォローしてくれる存在が常にいる訳じゃない。」
「…そ…うか。」
光輝の言い分に、瑞輝も少しだけ救われる。
「それに、びとーの方も檸檬くんのことは気に入ってたようだしね。
あの兄妹の望まない力の使い方はしないだろうと思うよ。」
「そうだな。俺もそう思う。」