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 放課後。

「りぢちょーせんせーっ!」

 お帰りの会が終わるとすぐ、桃は理事長室に飛び込んだ。慶太と明も遅れてやってくる。三人はいつもここで待ち合わせて玄関に向かい、

そこに檸檬が迎えに来てから一緒に下校するのだ。

「プレゼント、あけさせてーっ!」

 言ったなり、桃は包みをビリビリと破いた。

指が短く手先が不器用な為に、上手くテープをはがして包みを開けるということが、

桃にとっては難しいのである。

中から一枚の絵が出てきた。

瑞輝の言うように、油絵の絵の具を適当に付けまくったような、

子供の落書きにも思える意味不明の絵だ。

「あっれぇ?」

 桃が素っ頓狂な声を上げた。

「おとこのひとがいるぅ!」

「「は?男の人?」」

 光輝と瑞輝の声がかぶった。

「あーっ!ハッピーアイスクリームっていわなきゃダメだよーっ!」

 叫ぶ桃。

「ア・イ・ス!ア・イ・ス!」

と言いながら走り回る慶太。

「ハッピーアイスクリームって何?」

 尋ねる瑞輝に桃は自慢げに言った。

「おんなじときにおんなじことをいったらね、ハッピーアイスクリームっていうの。

さきにハッピーアイスクリームっていうとね、

いわなかったひとは、いったひとに、

アイスクリームをかってあげないといけないんだよー!」

 日本語になっているようないないような微妙な説明だが、

要するに子供達の間で流行っている遊びのひとつである。

気を取り直して、瑞輝は桃に問うた。

「で?男の人って何が?」

 桃は首を傾げた。

「えのなかでおとこのひとがかくれんぼしてるでしょ?!」

 指差している例の絵を、光輝も瑞輝もまじまじと見つめる。

だが、二人にはただ乱雑に絵の具がのっているようにしか見えない。

「男の人なんているか?」

「うん。」

 瑞輝が聞くと桃は返事をしながら絵の中に手を入れた。

だが、絵は破れることなく、桃の手を呑み込んでいく。

「桃ちゃんっ!」

 光輝が慌てて桃を抱き寄せると反動でその腕が絵からすぽんと抜けた。

と同時に一人の青年も、桃に掴まれた状態で転がり出る。

役目を終えたとでもいうように、油絵のキャンバスはサラサラと音を立てて形をなくした。

「ほら!いたでしょ?!」

 本当は低い鼻を高々とさせて、桃はまだ青年の腰を掴んでいる。

その青年は遊ばせたようなオレンジ色の髪、鋭い瞳の色はアイスブルー、

引き締まった体躯は深紅のスーツをさりげなく着崩し、

そのジャケットの下は黒のタンクトップ。モデルばりの美青年である。

ちょっと、いやかなり残念な美青年だ。

なんといっても身長が十五センチ程しかないのだから。

 硬直する双子の大人を後目に、桃は絵から出た青年をテーブル上に立たせて話し掛けた。

「わたし、ももだよ。あなた、だれ?」

 端から見ているとお人形遊び以外の何物でもない。

だが、そのお人形のような美青年は口を開いた。

「俺を起こしたのは、封印を解いたのはお前か?」

「ふーいんってなぁに?えからだしたのはももだよー。」

「なら桃、何をもって俺と契約する?」

 大人二人は慌てた。

「駄目だよっ!桃ちゃんっ!」

 だが、止める間もなく、桃は美青年に言った。

「けーやくってなぁに?もも、おともだちになりたいだけだよー。」

「俺と友達か?!」

「うん!」

 天真爛漫な桃に、美青年は喉の奥でクッと笑った。

「良いだろう。その約束で俺はお前の為に働くことにする。

桃、俺に新たな名前をつけてくれ。」

「うーんとね、オレンジのあたまであかいふくだからねー、びとーにする。」

「「びとー?」」

 言われたミニチュア美青年ではなく、光輝と瑞輝の声がかぶった。

「あーっ!ハッピーアイスクリ-ムっ!」

 またも桃が叫んだ。またも慶太がぐるぐる回る。

「ア・イ・ス!ア・イ・ス!」

それには構わず、光輝が桃の頭を撫でながら、真面目な表情のままで尋ねた。

「それは良いから。桃ちゃん、なんでびとーなの?」

「だって、パパがときどきのんでるコーヒーのかんといろがにてるもん。」

「ああ、なるほど!微糖ね。」

『自分だったらこんな名前は嫌だなぁ。

ちゃんとした名前を付けてくれた親に感謝しないとなぁ。

桃ちゃんのとこは、桃ちゃん自身は良いとして、

お兄さんの名前は女の子ではないのに檸檬だし。

桃ちゃんが妙な名前を付けたがるのは、もしかして親の遺伝なんだろうか?』

 などと混乱しながら考えた光輝は、その後はたと気が付いた。

名前を付けてしまったということは、目の前にいるダウン症の少女は、

この得体のしれない何者かと契約してしまったのだ。

「で、お前は何者だ?」

 何とか体勢を立て直した瑞輝が、ミニチュアな美青年を見下ろしながら尋ねた。

「主人でもないのに俺をお前呼ばわりしないでくれないか?!」

 びとーは、身体は小さくても態度では負けていない。瑞輝はムッとした。

「なら、びとーちゃんと呼べば良いか?」

「馬鹿か、お前。」

 かちーん!光輝には、瑞輝から音が聞こえた気がした。

「馬鹿って何だ!大体、俺にはお前呼ばわりすんなっつっといて、

俺をお前呼ばわりした挙げ句に馬鹿ったぁどういうつもりだ!」

「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い。」

「馬鹿馬鹿って連呼すんじゃねぇ!微糖のくせに!」

「馴れ馴れしく呼び捨てにするな。」

「何だとぅ!俺はブラック派だぁ!」

「そんなこと、俺に関係あるか!」

 二人の言い争いが始まった為、話が一向に進まない。

不毛なやりとりだけが果てしなく続く。

 その無意味な会話を遮るようにノックの音がした。

「失礼します。桃、まだこちらにお邪魔していますか?」

 入ってきたのは檸檬だ。

桃を迎えに来たのになかなか出てこない為、理事長室まで見にきたのだ。

理事長が大好きな桃は理事長室に遊びにきていて、

檸檬が迎えに来ても玄関に出ていないことがよくある。

そんな時は檸檬の方から理事長室まで出向くのが当たり前になっていた。

「……檸檬くん。」

 困ったような光輝の声。

 喧嘩モードに入っていた瑞輝は、やはり冷静さを欠いていた。

『何だ、桃ちゃんの兄貴か?檸檬ってのか?

女の子ならともかく男に檸檬ってどうなんだ?

桃ちゃんの兄貴はちょっと良い男だが、生まれた時はサルみたいな赤ん坊だっただろう?だから、十数年後にこんな風に育っているなんて、

その時には判らない筈だ。

例えばオタク野郎とかマッチョに育ってたら、檸檬って名前はどうよ?

もしかしてコイツに変な名前を付けた桃ちゃんのセンスは親譲りか?』

 ぐちゃぐちゃと、そう考える。そんな瑞輝は紛れもなく光輝と双子である。



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