表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

<5>

<5>


 瑞輝が理事長室の近くまで来ると、

丸坊主で身体が大きくガッシリしたプロレスラーのような男と、

長い髪をひとつに束ね、目つきの鋭い銀縁眼鏡の男の二人組とすれ違った。

軽く会釈した瑞輝を、プロレスラーもどきは無視して通り過ぎた。

だが、目つきの悪い男は瑞輝を暫く見てから、会釈を返してきた。

その視線の冷たさに、瑞輝は眉をひそめた。

「この天真爛漫な学校で見かけるような瞳じゃねぇなぁ。」

 二人の後ろ姿を見送った後、瑞輝は理事長室に向かい、ノックもせずに扉を開けた。

「おぅ!光輝。頑張ってっか?」

「瑞輝か。」

光輝の笑顔を見て、瑞輝は少なからず安堵した。

あの妙な二人組との間に何かあったのではないかと思ったからだ。

「お帰り。久し振りだね。今までどこ行ってたんだい?」

「ロシアさ。」

「お目当てはその包みかい?」

「ああ。」

 あきれたような笑みを見せる光輝に瑞輝はウインクを返し、

包みをテーブルの上に置いた。

 だが、戦利品の話をする前に、副校長の宮田 幸夫が割って入った。

「ご無沙汰しております、瑞輝さん。良いところにお見えになりました。」

「良いところ?」

 問い返す瑞輝だったが、沖田は答えようとする宮田を遮った。

「理事長がその責任に於いてお決めになったのですから、もうそれで良いでしょう。

話を蒸し返す必要はありません。」

「そうは言われましても、瑞輝さんも前理事長のご子息でいらっしゃる訳ですから、

何も知らないという訳にはいかないのでは?」

「それは理事長から瑞輝さんに話を通せば済むことです。」

「何の話?」

 三人を見回して瑞輝が問うと、弟が答えた。

「不動産屋がこの土地を売ってほしいと言ってきたんだ。」

「この?学校の?」

「ああ。」

「学校は?」

「勿論廃校にして。向こうは土地だけが欲しい訳だからね。」

「ふうん。で、光輝は断った訳だ。」

「当たり前だろう?!」

「当たり前って、それでよろしいのですか?」

 口を挟んだ宮田は瑞輝に向き直った。

「瑞輝さんには失礼を承知で言わせて頂きますが、

本来ここは瑞輝さんが継ぐべき学校なんです。

それを放り出して好きなことをしていらっしゃるから

光輝さんが理事長の責務を負う形となってしまいました。

ですが、光輝さんにも夢ややりたいことがあった筈なのです。

それを犠牲にするということは、

光輝さんの人生を台無しにした上でこの学校が成り立っているということになる。

それで良い、と本当に思いますか?瑞輝さん。」

 瑞輝はあっさり頷いた。

「良いと思っているよ。

副校長は知らないだろうが、この学校の存続については

親父が逝っちまった時に光輝とも沖田さんともじっくりと話し合った。

何度も何度も相談を重ねて今の形になったんだ。だからそれで良いのさ。」

「そうです。

そしてその結果理事長の権限を持つことになった光輝さんが廃校にはしない、

土地も売らない、とお決めになったのですから、何の問題もありません。」

 沖田も口を添える。だが、宮田は納得がいかないようで続けた。

「私は別に学校をやめろとか土地を売れとか言っている訳ではないのです。

瑞輝さんが自分の人生を謳歌しているように、

光輝さんにも人生を楽しんでほしいだけなのです。

ですが、学校の犠牲になっている今のままでは無理でしょう。

光輝さんはまだまだ若く、今からでも夢を追いかけて捕まえることができる筈なのに、

これで良いのでしょうか、

じっくり再考する必要は無いのでしょうかと伺っているのです。」

「ありがとう、宮田さん。」

 光輝は微笑んだ。

「ですが、僕は自分が犠牲になっているとは思っていません。

このままが良いのです。この学校も子供達も大好きですから。」

 宮田は渋々頷いた。

「まぁ、まだまだ考える時間はある訳ですから、

どうか光輝さんが後で悔やむことのないように、じっくり結論を出して下さい。」

 沖田と宮田が理事長室から出て行くと、瑞輝はケッと息を吐き出した。

「何だよ、あの野郎!俺ばっか悪者扱いしやがってよ!」

 光輝は困ったような微妙な微笑みを浮かべる。

「瑞輝を悪者に、っていうより、僕を憐れんでいるんじゃないかな。

僕は別に被害者ヅラしている訳じゃないけど、

そういう色眼鏡で僕を見ているっていうか、ね。」

「何にせよ、妙に偏った考え方をしてやがる。」

「僕を庇うことで、自分の器の大きさを見せつけているつもりなんだろう。」

「自分は理事長の心を思いやることができる優しい人間です、ってか?

それって単なる自己満足じゃねぇかよ。」

「そう。それもすっごくはた迷惑な、ね。」

「善意に見えるだけに質が悪いよなぁ。」

 バタン。けたたましい音をたてて扉が開いた。

「りぢちょーせんせーっ!」

 桃は弾丸のように、という程素早くはないが、一直線に光輝に抱きついた。

「桃ちゃん、授業は?」

「さっきチャイムなったよー。」

 抱き留めながら光輝が尋ねると、桃は光輝を見上げて答えた。

そして光輝から離れると、今度は瑞輝を見上げて言った。

「ねぇ、ニセモノおじさん。

どうしてニセモノおじさんは、りぢちょーせんせーのニセモノなの?」

「だから俺はおじさんじゃないって!ちゃんとお兄さんって言わないと教えないぞー!」

「えーっ?!じゃあ、ニセモノおにーさん。」

 瑞輝はニヤリと笑った。

「それはな、俺とりぢちょーせんせーは兄弟だからだよ。双子のね。」

「ふたごって、りのんとかのんみたいなの?」

 理音と花音は桃と同じ学年の双子ちゃんだ。

但し、こちらは兄と妹になる。兄が理音、妹が花音だ。これには光輝が頷いた。

「そうだよ。ニセモノお兄さんは僕のお兄さんなんだよ。」

「お前までニセモノ呼ばわりすんな!」

 瑞輝はふてくされたが、

「うわぁ、すっごーい!」

何がそんなにすごいと感じているのか、桃は瞳をキラキラと輝かせた。

「ねぇ、それはりじちょーせんせーにあげるプレゼント?」

 子供の興味の対象はコロコロ変わる。

桃は机に置きっぱなしになっている包みを指差した。

「ん?うーん、まぁそんなとこだな。」

 答える瑞輝に、桃は益々瞳を輝かせた。

「じゃあね、じゃあね、それ、ももにあけさせて!ももがあけたい!」

 答える前にチャイムが鳴り響く。次の授業が始まるのだ。

理事長室の扉を開けながら桃は振り向き、

「あとであけにくるね!やくそくだよ!」

と念を押していった。

「……コイツのことをすっかり忘れていたぜ。」

 頭をかく瑞輝に苦笑いをしながら光輝は言った。

「代わりでも良いから、本当に桃ちゃんに開けさせないと、後が大変だよ?!」

 こういう子供のなかには、思いを裏切られるとパニックを起こしてしまう子がいる。

その可能性を承知している瑞輝も頷いた。

「解ってる。」

「で?」

 光輝の瞳が面白そうに瞬いた。

「今回の獲物は?」

 瑞輝は意味ありげな笑みをみせた。

「絵だ。油絵が一点。」

「曰く付き、だろう?」

 瑞輝が狙うお宝は、実は普通一般に妙だと言われる物ばかりである。

これまで手に入れてきた物は、

天狗が履いていた高下駄だとか人魚のウロコだとかいった、

本物とも偽物ともいえない胡散臭いものや、

すすり泣く人形とか呪いの鏡というような不気味なものが殆どだ。

「勿論。この絵を持っていた家が火事になってな、その絵だけが燃えずに、というか全くの無傷で残っていたんだ。」

「煤で汚れたりもしなかったってことかい?」

「ああ。実際、ただ色を塗ったくっただけのような、

何を描いたのか誰が描いたのかも判らない絵なんだがな、

今回だけでなく、行く先々で火事を招き、その度に無傷で残り続けているって話だ。」

「炎を呼ぶ絵か。」

「そういうことだな。」

「桃ちゃんに開封させて大丈夫かい?」

「まぁ大丈夫だろう。帰りの飛行機でも何も起こらなかったし。」

 光輝は微笑みを浮かべた。

「何にせよ、見るのが楽しみだね。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ