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 前述の通り、大宝特別支援学校は児童の為の送迎バスが出ている。

だが、桃の家は学校に歩いて通える距離にある為、兄の檸檬と一緒に登校する。

同じように学校に歩いて通う同級生の最上 慶太、五年生の宝達 明とも

途中で合流する。

二人は桃にとって仲の良い友達だ。

勿論学校に着けばたくさんの友達がいるが、大半がバス通学で、一緒に登下校はできない。

「ひょーっ!」

 慶太が奇妙な声を張り上げながら、歩道を走り回っている。

彼はいつもこの状態で学校まで行くのだ。

桃や檸檬にとって見慣れた姿だが、桃自身は絶対そんな疲れることはしない。

コロコロした体型なのは、生まれつき持つ障害の特性でもあるが、

動きたがらない性格の為でもあるといえる。

明はいつもおとなしい。滅多に声を出さない。

だが、彼にも桃には真似ができない、そして真似したくもない趣味があった。

それは高い所が目に付くと、それに登ることだ。

おそらく桃でなくても真似はしないだろう。

明は登下校中も道路沿いの電信柱や街路樹によく登っている。

叱られ慣れてもいるので、

電信柱に登っても電線の高さまでは行ってはいけないと判っているらしく、

途中まで登っては下り、途中まで登っては下り、を繰り返すのだ。

また学校でも、木登りは勿論、二階の窓枠に座って外を見ていたり、

塔の上までよじ登ろうとして大騒ぎになったことさえあった。

 こんな四人は、当たり前だがとても目立つ。

突飛な行動をする男子小学生二人とまるまるした少女、

そしてそんな子供達を率いる檸檬は、

登校は勿論、幼稚園や保育園への登園やあるいは職場に向かって通勤中といった、

幅広い年齢の女性達の瞳を奪う程端正な顔立ちをしているのだから。

四人はいつものようにドタバタしながらも、今日も元気に学校へ向かう。

そして学校の前で檸檬と別れるとすぐ、三人は理事長室へ押し掛けた。

「りぢちょーせんせー!おはよー!」

「おはよう、桃ちゃん、慶太くん、明くん。」

 笑顔で返す理事長の大谷 光輝はまだ三十二。

年齢は若いが、父親である前理事長が急逝して以来、理事長職に就いて、

日々頑張っている。

本当は兄である瑞輝に父の後を継いでもらいたかったのだが、

瑞輝は自らをトレジャーハンターと名乗るような風来坊で、

とても理事長の席に座っていられる性格ではなかった。

『貧乏クジだよな。』

と思わないでもなかったが、本来子供が好きなので、

逃げることを選ぶこともできずに四年近く経ってしまった。

大体、今朝のように子供達の方から自分の元に元気に飛び込んできてくれたら、

それだけで嬉しくなってしまうのだ。

今更他の仕事への転職を考える気にもならない。

「りぢちょーせんせー。もものリボンみてー!」

 髪を二つに結んだ桃は、ちょっと横向きになって、新しいリボンを見せた。

「あっ!新しいリボンだね!ピンクと水色のチェックって珍しいなぁ!かわいい!

似合ってるよ、桃ちゃん。」

「えへへー。」

 光輝に褒められて、桃は嬉しそうに笑った。

「おにいちゃんにえらんでもらってねー、ママにかってもらったのー!」

「よかったね!」

 にこやかに二人が話している間も慶太は

『うひゃー!』とか『とりゃー!』とか叫びながら理事長室の中を走り回り、

明は執務机の上に乗ったり下りたりしていた。

 コンコン。

「おはようございます、理事長。」

 ノックと共に入ってきたのは、校長の沖田 重行だ。

好き勝手している三人を横目で見て、眉をひそめた。

「朝から賑やかなのは結構ですが、本日は例の件で来客がございます。

子供達と遊んでいる暇など無い筈でございますが。」

 その厳しい口調に、桃は沖田を見上げて尋ねた。

「なに?なに?どゆこと?」

「お客様がいらっしゃるからその準備のために理事長先生はお忙しい、ということです。」

 桃は首を傾げた。

「ももはねぇ、おともだちがいそがしかったらおてつだいしたりするよ!

ももがいそがしいときもみんなてつだってくれるし。

りぢちょーせんせーはだれにもおてつだいしてもらえないの?

もしそうなら、ももがおてつだいしてあげるよ!」

 笑顔になる桃。

子供好きな光輝はその笑顔をとても可愛いと思った。

が、沖田はその笑顔に惑わされることもなく、さらりと言った。

「君にお手伝い出来るようなことではないのですよ。」

 事実ではあるが、純真な子供に言うには容赦がない。

だが、桃は意に介した様子もなく、瞳を輝かせて言った。

「だったらね、こーちょーせんせーがりぢちょーせんせーのおてつだいすればいいよ。」

 我ながら名案!とも言いたげな桃の笑顔に、沖田はきつい眼差しを向けた。

「大人というものは、自分の仕事は自分の力でしなければならないものなのです。

それが責任というものなのですよ。」

 普段から厳しい沖田の矛先が桃に向かうのを懸念して、光輝は身をかがめた。

桃と同じ目の高さで、桃の顔を覗き込みながら優しく言った。

「もうすぐ授業が始まる。担任の福本先生が教室で待ってるよ。そろそろ行かないとね。」

 光輝は三人に鞄を持たせ、扉まで誘導した。三人は素直に光輝に従う。

「じゃあ、りぢちょーせんせー、あとでまたねー!」

 元気な桃の声が校舎にこだました。



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