<18>
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翌朝。檸檬はいつもよりも早く桃を連れて学校に向かった。
両親には、昨日は学校が済んでからずっと火事の後始末の手伝いをした為、
理事長兄弟に夕食をご馳走になったということにしてあった。
それで、両親からお礼の菓子折を預かったのだ。
「迷惑を被ったのはお前達なんだから、お前達が食べてしまえば良い。」
とびとーが言ったが、夕食をご馳走になったのは事実なので
「やっぱり持っていくよ。」
と檸檬が主張したのである。
二人と使い魔が学校の近くまで来ると、校門の前に何かが捨てられているのが見えた。
「なにかあるよ!」
桃が指をさす。
近づくと、それは相当ボロボロにされた人間だと判った。
更にいえば、細身で長い髪をひとつに束ねている。側には銀縁の眼鏡も落ちていた。
「昨日の失態で見せしめにやられたんだな。」
言いつつ、びとーは男を抱え上げる。このまま放っておく訳にはいかなかった。
「まだこの件は終わってないってこと?」
尋ねる檸檬に、びとーは首を振る。
「いや、おそらくこれが最後の嫌がらせだろう。
俺の力を見たのはコイツだけじゃないからな。」
男を担いだまま理事長室に行くと、光輝も瑞輝ももうそこにいた。
「おはよう。」
光輝の笑顔を見ると、つくづく守れて良かったと思う檸檬だ。
「校門の前に落ちていたぜ。」
びとーがソファの上に男を下ろす。覗き込んだ光輝は息を呑んだ。
「この人は昨日の……。」
「ああ。」
「かなりやられているね。とりあえず見える傷だけでも応急処置をしておこう。」
光輝が言うと、瑞輝が消毒液を取ってきた。処置を始める。
常に危険と隣り合わせでいる瑞輝は怪我を負うことも多い。
応急処置も手慣れたものだった。
「……つ……。」
消毒液が染みたのか、男がうめき声を上げ、目を覚ました。
ぼんやりと光輝やびとーの顔を見回した。現実を掴みかねているようだ。
そんな男に桃が近づいた。半泣きになっている。
「いたいの?くるしいの?だいじょうぶ?」
まるで自分が痛いかのように、顔を真っ赤にして、涙をいっぱい瞳にためて、
男の頭をそぉっと撫でる。
危険に晒したのに、自分の為に泣きそうになる少女に、男は戸惑う様子を隠せない。
「俺の妹は優しいだろう?」
感情を抑えたような檸檬の声が男を打った。
「こんな優しい子をあなたは恐ろしい目に遭わせたんだ。」
「お前の名前は?」
瑞輝が尋ねると、男は一瞬躊躇ったが口を開いた。
「……間宮、玲……。」
名前を聞いた桃が泣き笑いのような笑顔を見せた。
「れいってことはゼロってことだよね!」
玲は目を瞠った。
「……そう、ですね。今までの俺は、ゼロになった……。」
涙が頬を伝う。少女に向かって手を伸ばし、頭を撫でながら囁いた。
「すみません、でした……。」
後日。玲は理事長室にいた。
まだあちこちに包帯や絆創膏をしている。
が、その瞳にはこれまでのような冷たさや暗さは無い。
「玲さん。これを郵送しておいて下さい。」
光輝の言葉に
「かしこまりました。」
と書類を受け取る。
頭の切れる玲は、本物の理事長秘書の席に就いていたのだ。
勿論、今のところはびとーの監察付きだが。
玲がここに留まるのは、謝罪の為であり、借りを返す為でもあり、
捨てられた自分を助けてくれた恩返しでもある。
だが、一番の理由はやはり少女の優しさだった。
自分の為に涙を流してくれた桃。その未来を側で見つめていたいと思ったのだ。
びとーの正体にも驚いたが、その力を目にしている以上、信じない訳にはいかない。
状況に応じて、人間大の見える姿で校内を歩き回れるよう、
玲はイカサマな証拠をでっち上げて、びとーを双子の腹違いの兄に仕立てあげてしまった。血縁であれば、校内にいてもいなくても、不信感を抱かれることはない。
これによる弊害は、びとーも時に光輝や瑞輝と一緒に、
前理事長の親友で、校長である沖田に叱られることくらいだろうか。
沖田は
「アイツにそんな甲斐性があったとはな。」
と呆れつつ、親友の息子は自分の息子と言わんばかりに、
とても楽しそうに説教をする毎日である。
今日も陽光が降り注いでいた。
「びとー!りぢちょーせんせー!ニセモノおにーさーん!ゼロー!」
元気いっぱいに少女が理事長室に飛び込んでくる。満面の笑顔で。
お付き合いいただいて、ありがとうございました。