<16>
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檸檬が目覚めた時、薄暗い場所に転がされていた。
床はコンクリートで、冷たく固い。
手を後ろで縛られているらしく、身動きができなかった。
隣には桃がいた。暢気にイビキをかいていて、檸檬は少しホッとする。
周囲を見ようとして首をねじ曲げるとちょっと痛かった。と、人影に気付く。
「可愛い騎士さんはお目覚めですか?」
長い髪をひとつに束ねた細身の男が立っていた。銀縁眼鏡の奥にある瞳が冷たい。
他には誰もいなかった。
「まず言っておきましょう。
ここは特殊な場所でしてね、
君がどんなに大声を出そうがその声が届くのは私の部下達だけです。
だから無駄なことはしない方が良いでしょう。」
猿轡をされていないのはそのせいだったのだ。檸檬はおとなしく頷いてみせる。
自分だけならともかく、桃を危険に晒したくはない。
「君達には申し訳ないのですが、ちょっとした交渉に必要なものですから、
しばらくここにいて頂きたいのです。」
檸檬は頷くと、震える声で小さく言った。
「……あの、お願いが、あるんです……。」
「何です?」
「桃は…妹は暗いところが、苦手なんです…。真っ暗だったら、パニックを起こして、
手に負えなくなる、んです……。
一本で良いから、ロウソクを点けて、もらえますか……?」
中学生が見知らぬ相手に拉致されて怖くない筈がない。
檸檬の抱く本物の恐怖が透けて見えたのだろう。男は少し考えて頷いた。
「それくらいは良いでしょう。ですが、火事にだけは気をつけて下さい。
焼け死ぬのはあなた達ですので。」
そう言って男は一度部屋を去った。鍵を締める音が響く。
少しして男は火のついたロウソクを持って現れた。
コンクリートの床の上に置き、檸檬を振り返る。
「抵抗や逃亡さえしなければ、交渉事の後は無事に帰してあげます。
ですから、妙な事を考えないで下さいね。」
男は言い捨てて扉の向こうに消えた。
鍵の掛かる音が鳴るのを確かめてから、檸檬はロウソクに近づく。
外に漏れないよう、小声で炎の精を呼んだ。
「びとー。びとー、聞こえる?」
「桃ちゃんと、檸檬くんが……。」
オロオロと狼狽える光輝や瑞輝には構わず、びとーは神経を張り巡らせていた。
檸檬と桃が隔離されている部屋に、どんなに小さくても火さえあれば助けに行ける。
犯人が煙草でも吸っていてくれれば、と思いつつ、檸檬の声を探した。
「……びとー。びとー、聞こえる……?」
「いた。」
微かな声を捕まえた炎の精は
「ちょっと行ってくる。」
と双子に言い置いて姿を消した。
檸檬と桃の置かれている状況が判らず、
とりあえず二人にしか見えない姿で出現したびとーは、
イビキをかく桃とロウソクに顔を近づけて転がっている檸檬を見つけた。
無事な様子に安堵する。
「びとー!」
檸檬は明らかにホッとした表情を見せた。
「やっぱり見つけてくれたんだね!」
「当たり前だろう。」
後ろ手に縛られている檸檬が、
胸ポケットにあるライターを扱えないのは一目瞭然だった。
だが、それでも知恵を絞り、勇気を出して、炎を手に入れたのだと悟る。
「よくやった!檸檬!」
抱き起こしてくれたびとーに、檸檬は言った。
「俺、縛られてるけど、とりあえずこのままにしておいて。状況が知りたいんだ。」
「状況?」
「うん。……何か、交渉事の為の人質みたいなんだけど、交渉事って何なのか、
何が目的で俺達が拉致されたのか……。」
自分の姿に安心した為か、理事長室でオロオロしている双子よりもずっと
檸檬の方が落ち着いて見える。
肝が据わっているな、と思いつつ、びとーは言った。
「学校の土地が狙われている。権利書と譲渡契約書を用意しろってさ。」
「ふうん。じゃあここで決着をつけないと駄目だね。
もしここで俺と桃を助けてもらったら、次は他の子が狙われるかもしれないし。」
それから暫く、びとーとコソコソ打ち合わせをした檸檬は最後に言った。
「とにかく桃を守りたいから、びとーも理事長先生達と一緒に、
人間サイズで、見える姿で来てね。
桃を抱えられるのはびとーしかいないんだから。」
びとーは檸檬の頭にぽんぽんと触れた。
「交渉の場になる前に身の危険を感じたら、
その時は計画が反古になっても良いから、俺を呼べよ。」
「うん。」
頷く檸檬の瞳は真っ直ぐだった。
その横でまだ桃はイビキをかいている。
時々寝言で檸檬やびとーを呼んだり、夢を見ているのか笑ったりもする。
実は桃が一番大物かもしれない、と思う檸檬とびとーだった。