<15>
<15>
翌日は、放火の現場検証があったり、再三の事情徴収があったりで、
光輝も瑞輝も慌ただしく動き回っていた。
発見が早かったとはいえ、ガソリンを使われたせいで、焼け焦げた部分もかなりある。
本来なら関係者以外の出入りを禁止するところだが、
通ってくるのが健常よりも手が掛かる子供達の為、
休校にすると仕事に行けなくなる保護者も多い。
そんな裏事情を考慮してもらえたのか、子供達は登校できることとなったが、
その為に尚、忙しくなるのだから皮肉なものである。
特に理事長である光輝は目が回るような忙しさだった。
ニセ秘書として理事長を補佐するびとーもそれなりに忙しかったが、
最高にゴキゲンだった。
何と言ってもこれまでの不祥事の犯人が確保されたのだ。
オバサン相手のデートはこれで完全に打ち切ることができる。
放課後になっても忙しさは衰えることは無かった。
桃が来ていても、光輝と瑞輝はおらず、びとーも構ってやる暇はない。
退屈そうに歌を歌ってみたり、ノートを出してお絵かきをしたりしていた。
暫くそうやっていると、檸檬が桃を迎えに来た。桃は嬉しそうに檸檬に抱きつく。
二人は暫く待っていたが、びとーはまだ帰れそうになかった。
「檸檬。桃を連れて先に帰れ。ライターは持っているな?」
びとーに言われ、檸檬は頷いた。
檸檬はびとーが側にいる時でさえも、ライターを手放したことはない。
檸檬にとってライターは、びとーを呼び寄せる為だけの物ではなく、
もしも目の前でびとーに危機が訪れた場合に、
少しでも力を与えることができるかもしれないアイテムなのだ。
勿論、びとーが危機に陥るなんて状態は想像できないし、
ライターのような小さな炎がどれだけびとーの助けになるかも判らないのが本音だが、
だからといって雑に扱えるものではない。
今も学生服の胸のポケットに入っている。
ちなみに、抜き打ちの所持品検査で見つかった場合は
父親のライターが紛れ込んでいたことにしようと思っている。
注意はされても取り上げられることはおそらく無いだろう。
こういう時、品行方正で成績優秀という看板が重宝するのだ。
桃の手を引いて校門をくぐる。支援学校の児童、生徒達は、スクールバスの子は勿論、自主通学の子供も既に帰路についたと見えて、グリーンのブレザーは桃しかいない。
学校にあった喧噪も、ひとつ角を曲がれば静寂に変わった。
「あのねぇ、きょうももねぇ、アニメのえいがをみたよ、がっこうで。
せんせーがみんないそがしいんだって。でも、がっこうおやすみにできないから、
みんなでえいがをみましょうって。」
放火のことはびとーに聞いていた。
その事後処理の為、多くの先生も駆り出されていて、
アニメは少ない教職員で子供達に対応するための特別措置なのだろう。
「面白かった?」
檸檬が尋ねると、桃は笑顔で檸檬を見上げた。
「うん!すっごくおもしろかったよ!」
妹に笑顔を返そうとした瞬間、繋いでいた手が引っ張られる。
桃、と言おうとしたが、後ろから羽交い締めにされ、
口にガーゼのようなものを押し付けられた。頭がくらくらする。身体に力が入らない。
そして、意識が保てなくなった。
檸檬と桃が下校してから約一時間。光輝も瑞輝も理事長室に戻ってきた。
二人を見てびとーの表情が緩む。無事が何よりだ。
「じゃあ俺は帰る。昨日の今日だ。何かあったらライターを使えよ。」
「判っているよ。ありがとう。」
光輝がびとーに笑顔を返した時、部屋の電話が鳴り響いた。光輝が受話器を上げる。
「理事長さんか?」
光輝が口を開く前に、機械音のような言葉が耳を突いた。
嫌な予感がして、電話のスピーカーをONにする。びとーと瑞輝にも聞こえるように。
「お宅んとこのまるっこいお嬢さんと、
そのお嬢さんの可愛い騎士さんを預からせてもらった。」
「なっ!」
「土地の権利書と譲渡契約書を用意しておいて頂きたい。後でまた連絡する。」
「ちょっ……。」
「言うまでもないが、他言無用だ。」
二人の無事を確かめる間もなく、電話は一方的に切れた。
「……まるっこいって……。」
「……可愛い騎士ったぁ……。」
びとーはため息をついた。
「まず間違いなく桃と檸檬だな。」