<14>
<14>
この訪問がきっかけとなって、びとーはアルコールを求めて、
二人のところに毎晩来るようになった。
だがそれは体の良い名目で、
本当は狙われているかもしれないこの学校と光輝を思っての行動だと、
瑞輝も光輝自身も感じていた。
瑞輝が料理をしていると、今夜もびとーが現れた。
「ウィスキーはあるか?」
今は光輝が巡回に行っている。
「ねぇよ。昨日、空けちまっただろう?」
素っ気なく答えた瑞輝だったが、ニヤッと表情を崩した。
「だが、純度の高いウォッカを調達してきた。」
びとーは目を瞠った。
「瑞輝が?珍しいな。どうした?」
「びとーが光輝や学校を守るつもりで昼も夜もここに通ってくれていることが判らない程、俺も阿呆じゃない。」
びとーはふっと笑った。
「………気付かれていたか。
あからさまに守っていますって主張しているつもりはなかったんだがな。」
「多分、光輝自身も気が付いてるぜ。」
「瑞輝にも判った以上、そうだろうな。双子だけにお前達はよく似ているからな。」
二人は普段喧嘩腰でも、本当に仲が悪い訳ではない。
「桃ちゃんと檸檬は?」
「宿題?とかいうのをやっていた。
それが済んだら、一緒にてれびげーむとかいうのをするんだそうだ。」
「あの二人はいつも仲が良いな。」
「お前達も仲が良いだろう?」
「どうだろうな。」
瑞輝の瞳が翳る。
「……俺、光輝には悪いと思ってんだ、本当は。
この学校は、双子とはいえ兄である俺の方が継ぐのが当たり前なのに、
その俺がふらふら好きなことをやって、光輝に学校を押し付けちまって……。
そのせいで、光輝が危ないかもしれないってのは、正直、我慢ならなくてな。」
翳ったその瞳がびとーに向けられた。
「だから、守ってくれようとするお前には、本当に感謝してんだよ。……ありがとな。」
びとーはひらひらと手を振った。
「何を言っている。俺は桃や檸檬の悲しむ顔が見たくないだけだ。
学校が無くなっても困るだろうし、二人ともお前達のことが大好きらしいからな。」
だがそれも、びとーが自分に気を遣わせない為の方便であると、瑞輝も判っていた。
「それに、理事長先生は本物の子供好きだ。
子供達にでれんでれんしている姿を見ると、理事長生活を随分満喫しているなと思うぜ。だから大丈夫だ。瑞輝がすまなく思うことはない。」
「……そうか?」
「ああ。この環境を理事長先生から取り上げることの方が遙かに罪だぜ。」
「うん……。そうだな。」
そこで瑞輝はふと気がつく。
「なぁ。光輝、いつもより遅くねぇか?」
確かにもうとっくに戻ってきても良いころだ。
「何かあったんじゃないだろうな?!」
途端に不安そうになる瑞輝に、びとーは尋ねた。
「理事長先生はライターを持っていっているか?」
「俺も光輝も、昼夜を問わず常に持つようにしてるが。」
「そうか。……瑞輝はここにいろ。ちょっと見てくる。
もし戻ってきたらライターを使って呼んでくれ。」
びとーが立ち上がった時、ちょうど扉が開いて、光輝が入ってきた。
「ただいま。……いらっしゃい、びとー。」
笑顔の光輝にホッとしつつ、瑞輝が問うた。
「遅かったな、光輝。何かあったのかと思ったぜ。」
「いや。」
光輝は首を振った。
「巡回中に沖田さんに会って、ちょっと話をしていただけだよ。」
「お説教か?」
「まぁ、そんなところだね。
でも、沖田さんなりに心配して下さっているんだから感謝しなきゃ。
今夜だって学校を見回ってくれていたようだし。」
ふん。鼻を鳴らして、びとーが言った。
「無事なら良い。呑もうぜ。」
「そうだな。」
瑞輝にも光輝にも異存は無かった。他愛もない話をしながら呑み食いする。
「理事長先生はいつも学校にいるが、瑞輝は普段何やっているんだ?
理事長先生に学校を任せたということは、何か別のことをやっているんだろう?」
「宝探しさ。」
「宝?どんな?」
「曰く付きの代物とか得体のしれない物とかな。」
「……まさか、俺が封印されていた絵も…。」
「ああ。俺が見つけてきた。」
びとーはふーっと息をついた。
「良かったぜ。瑞輝が主人にならなくて。」
「何をぅ!」
三人で笑う。
と、急にびとーが表情を堅くした。
「理事長先生。瑞輝。ちょっと来い。」
そういうと立ち上がった二人の真ん中に立ち、その腰に腕を回した。
「「何?」」
二人で言った時には既に、建物の外に立っていた。
降り注ぐ闇と、その闇を浸食する膨大なオレンジの光。目の前は火の海だったのだ。
最初はどこだか判らなかった双子は、その建物のシルエットに愕然とする。学校だ。
校舎に火が点けられたのだ。しかもガソリンの臭いがする。
黒い煙が激しく舞い上がっていた。時々破裂音が混じる。
「瑞輝。あいつだ。あいつが火を点けた。」
びとーは走り去る男の方を指差すと、自分は炎に向き直った。
炎というのは精霊であるびとーの配下に存在する。
そんな炎に煽られ、その光に照らされたびとーは、
やはり人間ではない美しさを放っていた。
炎に向けてゆっくりと腕を伸ばす。
上に向けて広げた右の掌の指を、小指から一本一本順に折っていく。
びとーの右の掌が拳に変わった時、炎はまるで幻だったかのように消えた。
キナ臭さや立ち上る煙が事実だったことを訴えてはいるが。
振り返ると、瑞輝と光輝が一人の男を抑え付けている。
そばにいくと、校舎に踊っていた炎と同じ気配がした。
「間違いない。コイツが犯人だ。」
「何故だ?ガソリンをまいて火を点けたのに、どうしてこんなにあっさり消えるんだ?」
うろたえる宮田に、びとーは冷たい視線を向けた。途端に宮田の背筋が凍る。
人ではない者の殺意ある瞳に、命の危険を感じていた。
「……噂もラクガキもお前の仕業だな。」
「おっ、俺はただっ、頼まれ、ただけ、だっ。」
「言い訳はしかるべきところでしてもらおう。」
びとーの前では、ヘビに睨まれたカエルだった。
その後、光輝と瑞輝は警察に連絡をして宮田を引き渡し、
巡回中に放火の瞬間を見たと説明をした。
身元を探られるのが不本意な為、びとーは大谷家の食卓に戻り、
ウォッカを煽りながら留守番をしている。
事情徴収の後、部屋に戻った光輝と瑞輝は、崩れるように椅子に座り込んだ。
とても疲れていた。
「「……ありがとう。」」
だが、二人揃って瞳を上げ、びとーに言う。
「何が?」
「あいつは校舎の周り全部にガソリンをまいていた。
この塔は校舎のちょうど真ん中に位置する。
びとーが助けてくれなければ、僕達二人とも焼死していてもおかしくない。」
呟く光輝に、瑞輝も頷いた。
「その通りだ。」
「俺の専門分野だっただけで、別にお前達に恩を売ろうと思ってやった訳じゃない。」
そしてびとーはニヤリと笑った。
「水攻めだったりしたら俺にもお手上げだったけどな。」
それを聞いた瑞輝がニヤリと笑い返した。
「そうか。びとーの弱点は水なんだな。なら、お前に水をぶっかけたらどうなるんだ?
小さくなるのか?消えてしまうのか?」
「本当に瑞輝は馬鹿だな。
すごく嬉しそうなのに申し訳ないが、
身体の大きさは自分の意志で変えられるのを知っているだろう?
俺の小さい姿も見ているだろうが。
それに消えたりもしない。俺は炎の精であって、炎そのものではないからな。
ただ、身体がびしょ濡れになれば、俺の力は一時的に使えなくなる。」
「じゃあ、あんまり風呂に入ったりしないのか?汚ねぇなぁ。」
びとーは白々しくため息をついた。
「瑞輝。お前は本当に救いようのない馬鹿だな。
俺は風呂に入らなくても、炎で浄化できるんだぜ。
上っ面だけを申し訳程度にぬるま湯で流すお前達よりはずっと綺麗な筈だ。」
ガックリと肩を落とす兄に、光輝は苦笑した。
「そもそもびとーに対抗しようっていうのが無謀だろう。」
びとーが頷いた。
「この世界には太陽がある。炎のカタマリだ。
あの太陽が消滅しない限り、炎の気が完全に無くなることはない。
俺を倒すことを考えるなら、まずはあの偉大なお天道様を破壊してみろよ。」
「できるかぁ~っ!」
瑞輝は悔しげに絶叫した。