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 使い魔がいることでトラブルに巻き込まれるといった非常事態は、

早々起こるものではない。穏やかに何事もなく数日が過ぎる。

「まぁ、何も無い方が安心だけど。」

 誰に言うともなく呟きながら、檸檬はまた理事長室に向かっていた。

使い魔が付いて以来、桃は檸檬が迎えに来るまで理事長室にいる。

そこには、たとえ光輝が所用でいなくても、瑞輝が一緒にいてくれることになっていた。

 ノックをして入ると、今日は光輝も瑞輝の姿もそこにあった。

「こんにちは。桃をありがとうございます。」

 二人に頭を下げる檸檬に、当の桃が抱きつく。

「おにいちゃん!すごいんだよ!ユーレイ!ユーレイ!」

と言われても、檸檬には何のことだか判らない。

困り顔で大人二人を見ると、光輝が苦笑するように言った。

「要するに、今この学校は幽霊話で盛り上がっているんだ。

誰が言い出したのか知らないけど、ありふれた話だよ。

夜中にピアノが鳴るとか、入って四番目のトイレに幽霊が出るとか。」

そういう類の話は檸檬の中学校にもある。頷いて檸檬は桃を見下ろした。

「桃。夜、怖いって泣くんじゃないぞ。」

 桃は満面の笑顔で太鼓判を押した。

「だいじょうぶ!おにいちゃんとびとーとねるから!」

 びとーはともかく、寝相の悪い桃と今夜は寝るのかと、檸檬は少々脱力した。

そんな少年を大人二人が笑って見ている。

「でも、どうして今頃そんな噂が立ったんでしょうね?

これまでそんな話、聞いたことなかったんですけど。」

 檸檬は、桃が入学してからずっと、登下校だ、文化祭だ、運動会だと、

頻繁にこの学校に出入りしている。なのに、そんな噂は初耳だった。

「子供ってのは影響されやすいからな。恐怖映像の特番でも見たんじゃねぇのか?」

 確かに数日前にそんなテレビ番組があったような気がする。

「そうですね。……桃。びとー。帰ろう。」

頷いた檸檬は、また光輝にまとわりついている桃と、その頭上に浮くびとーを促した。

 だが、事態はそんな単純なものではなかった。

 数日後。迎えに行った檸檬に桃が半泣きで抱きついてきた。

「ねぇ、おにいちゃん!りぢちょーせんせーはいいひとだよね?」

「当たり前じゃないか。…どうしたんだ?」

 檸檬が尋ねると、瑞輝は苦虫を噛み潰したような表情になった。

「例の幽霊話だよ。初めはな、なんてことない噂だったんだ。

光輝が言っていたみたいな、な。それが段々妙な方向にエスカレートしつつあるのさ。」

「妙な、って?」

 檸檬が尋ね返すと、瑞輝はますます厳しい顔つきになった。

「檸檬も知ってるだろうが、前の理事長ってのは俺達の父親だ。

光輝がその親父を殺した上に後を継ぐ筈だった俺を追い出した為に、

恨みを持って化けて出てきている、ってな話になってきてる。」

「はぁ?!」

「だから、桃ちゃんも光輝が人殺しだって友達に言われたらしい。

殺されるから理事長室には行くなってな。」

「何ですか、それっ?!」

 思いもよらない話に檸檬は愕然とした。だが、光輝は他人事のように苦笑している。

「まぁ、兄貴である瑞輝を差し置いて

僕が理事長になったように見えてもおかしくないからね。

そこを脚色されてそうなったんだろう。」

「何、悠長なことを言っているんですか!

これって普通だったらあり得ない展開でしょう?!

相当な悪意を感じるじゃないですか!」

 思わず檸檬は怒鳴った。

前の理事長がどんな人だったのか檸檬は知らない。

桃が入学した年に光輝も理事長として就任しているのだから。

だが、これまで桃と接してくれる光輝の姿をずっと見てきたのだ。

光輝は逆立ちしてもそんなことができる人間である筈がない。

 光輝は少し戸惑ったような表情で尋ねた。

「あり得ない展開、なのか?」

 暢気にも思える光輝の様子に、檸檬は益々頭に血が上った。

大人びて見えてもまだ中学生なのだ。完全に感情をコントロールできる訳ではない。

それが大切な人達に関することであるなら尚更だ。

そして、桃を大事に扱ってくれる光輝や瑞輝は

間違いなく檸檬にとっても大切な存在なのだ。

「そうでしょう?!

毎日通っている俺でさえ、あの日、ここで瑞輝さんに会うまで、

理事長先生に双子のお兄さんがいるなんて知らなかったんですよ?!

それなのにそんな噂が立つなんて、普通じゃ考えられないです!

何かウラがあってもおかしくない!」

 激昂する檸檬の後押しをするようにびとーが頷いた。

「檸檬の言う通りだ。この噂は音楽室のピアノやトイレの幽霊とは明らかに違う。

理事長先生を陥れる為のものとしか思えない。誰かが悪意をもって、故意に流した噂だ。」

「だが、そんなことをして誰に何の得があるんだ?」

 瑞輝が問い返した時、荒々しく扉が開いた。

「理事長先生はいらっしゃるかしら?!」

 ノックもせずに入ってきたのは、児童の保護者数人だ。

光輝や瑞輝と同年代、もしくはそれ以上の年齢層の女性達である。

「妙な話を伺ったんですが。」

 子供達がいても全く構わずに女性の一人は話を続けようとする。

「噂のことでしたら、事実無根ですよ。」

 スパッと切り捨てるように瑞輝は否定した。が、女性達も負けてはいない。

「そりゃあそうでしょうとも!

ですが、事実かどうかなんて、そういうことを言っているんじゃありません!

理事長ともあるべき人間に、そんな不名誉な噂が流れるというのが問題なんです!」

「そうは言われましても……。」

と言葉を濁す光輝にオバサン軍団は畳み掛けた。

「子供達だって怖がってるんですよ!」

「こんな恐ろしい噂のある理事長のいる学校に、大事な子供を通わせられないわ!」

 そこに、普段はあまり表情を崩さないクールな檸檬が、

瞳を若干潤ませて、儚げな風情でオバサン達に進み寄った。

「……口を挟んですみません。

でも僕は、理事長先生はとても良い方だと思っているんです。

子供達にも優しくて、僕が妹を迎えに来てもいつも笑顔で温かく迎えてくれて…。

理事長先生は素晴らしい方だと思っています。

だから、理事長先生のことを酷く言われると、とっても辛くて……。」

 オバサンというのは、線が細く美形で可愛い若者に弱い。

詰め襟の学生服というのもポイントが高い。

結果、そんな檸檬のうるうるした瞳、心細気な様子に

「あら、まぁ。」

と頬を赤らめる。

 更に。

「美しい方は怒っていても美しいものだが。」

落ち着いた美声にオバサン達は目を瞠った。

焦げ茶の髪、焦げ茶の瞳の、超が付く程の美青年が佇んでいた。

シンプルな紺のスーツをさりげなく着崩す姿が魅惑的だ。

光輝も瑞輝にもその青年とは面識が無く、突然の出現に驚いたのだが、

それに構う様子もなく、その青年はオバサン達に静かに進み寄る。

「どうせなら、笑顔を見せて頂きたいものですね。美しさが更に映える。」

 背中に電気が走るような衝撃を受ける程の流し目を向けられ、

オバサン達は乙女のように恥じらう。

「あら。別に私達は怒っている訳では……。」

 ごまかしつつ、色仕掛けの二段攻撃を受けて戦意を喪失したオバサン達は

早々に退散する運びとなった。

女性なら誰しも、見目麗しい男性の前で、般若の如く暴れたりはしたくないものなのだ。

 扉が閉まると、檸檬がほくそ笑むような表情に変わる。親指を立てた。

「ナイス、びとー!」

「檸檬もな。」

「「びとー?」」

 驚く光輝と瑞輝の側でまた桃が

「ハッピーアイスクリーム!」

と言っている。

 視覚に訴える力というのは大きい。

色と身長が違うだけで、印象というのは別人のように変わるのだ。

 一瞬の後、びとーは色を戻した。

オレンジの髪、アイスブルーの瞳、深紅のスーツになると、

小さくならなくてもびとーだと判る。

また、人間サイズのびとーはかなりの長身だったりする。背が低い訳ではないのに

「こうして見るとちっちゃいな。」

と見下ろされた瑞輝はヘソを曲げた。

「何をぅ!色まで微糖になりやがって!」

 瑞輝の叫びは負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

「ありがとう。」

 ようやく光輝も笑顔になる。

「だけど、檸檬くんとびとー、息がピッタリだね。

まさか二人揃ってお母さん達を骨抜きにするなんて思わなかったよ。」

「……大切な人を守る為だったら、ナンパだろうが色仕掛けだろうが何でもやりますよ。」

 前髪をかき上げながら目を逸らした檸檬の顔は、赤くなっていた。

『中学校では檸檬くんに大切だなんて言われたら卒倒する女の子が山程いるだろうに。』

そう思いながら、光輝は微笑みを深くした。

大切な人だと言ってくれる檸檬の気持ちが嬉しかった。



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