私の日記5
5/27 (月) 雨
美波さん、美波さん。槻山くんは私をそう呼ぶ。私は、美波じゃない。美波じゃない。
「美波じゃない」
思わず口を滑らせたら、槻山くんはきょとんとした顔で言った。
「じゃあ、なんて呼べばいいの」
私は、誰だろう。
5/28 (火)
あの子の話、覚えてる?
たずねると、槻山くんは、「あの子って、前に言ってた?」と首をかしげた。
私は、このごろ自分の身に起こっている事を細かく話した。真面目な顔で聞いていた槻山くんは、とりあえず様子をみてみよう、と言って、沈黙のあとで「そういえば」と切り出した。
「美波さんは、美波さん?」
なにを聞いてるのかわからないから聞き返したら、
「昨日、美波じゃないって、言ってたから」
と言われた。昨日? 私は昨日、そんな話をしただろうか。
5/30 (木) 晴れ
美波が困っている。私は、美波を困らせたかった訳じゃない。けど、もっと槻山くんと話がしたい。私の話を、したい。
5/31 (金)
「日曜日の約束は、覚えてる?」
不安そうな槻山くんにこう聞かれた。私の記憶がごちゃごちゃだから、こんな顔をさせてしまっている。
日曜日の約束は、覚えていなかった。
槻山くんによると、今週の日曜、夕方五時に公園で会うって約束をしたんだそうだ。私と、槻山くんが。そんな大事な約束、私が忘れるわけない。休みの日に会うなんて、今まで一度もないんだから、そんな約束をしたらずっとそわそわするはずだもん。
もったいないから約束はそのままにしてもらった。
このままじゃ、私が私じゃなくなっていくような胸騒ぎがする。どうしたらいいんだろう。何も出来ない。
6/2 (日)
槻山くんだけは、私の話を聞いてくれると思った。なのに、ちがうんだ。
絶対に覚えていようと決めたのに、午後四時から、三時間分くらい記憶がない。家のベッドで意識が戻って、槻山くんに電話すると確かにさっきまで一緒にいたと言う。
電話口で、槻山くんはこう言った。
「美波さんはもしかして、二重人格なんじゃないかな。一度、病院にいってみたら」
ひどい。私は二重人格じゃない。あの子は、あの子だ。私の一部だけど、私の人格じゃない。
6/3 (月)
槻山くんを避けた。何度か謝ってくれたのに、無視した。人を無視したのは、小学生の時にした下らない喧嘩以来だった。
6/4 (火) 晴れ
「放課後、残っててほしい」
槻山くんはそう美波に言って、美波は同意した。放課後の教室に、二人きりになってから、槻山くんは意を決した表情で口を開いた。
「美波さん、あの子と話がしたいんだ」
意外な発言だったのか、美波は目を丸くしていたけど、黙って首を縦に振った。
それから、槻山くんは「私」の方を見た。
「少し、話をしよう」
聞いて私は、終わりと始まりが同時に来たような感覚がした。
彼の話は長いようで短かった。一字一句間違いなく、覚えた。
「おれは、美波さんの話を信じてなかった訳じゃないんだ。ただ、二重人格だったらいいなって思った。美波さんとキミが、同一人物だったら、おれは自信を持てたから。いつの間にか、二人共好きになってたんだ。美波さんも、キミも。でもそんなの、二人に失礼だ。……だから、沢山考えてちゃんと決めた。
これから美波さんに告白しようと思う。振られても、後悔しない」
槻山くんの真剣な眼差しに、私も覚悟を決めた。
私も、後悔しない。
「私は槻山くんが好き。美波を通して見てたときから」
きっと私がこうして美波の体を借りれるようになったのは、このためだった。人を好きになって、神様が私にご褒美をくれたのだ。
「でも私、それ以上に美波も好き。押し付けだけど、美波が幸せならそれが一番なの。美波のこと、お願いね。あの子、ドジだし、単純だし、大雑把で料理も苦手だし日記で天気すら書かないけど、いい子だから」
そう言うと槻山くんは「わかってる」と頷いた。
不思議とすんなり、理解できた。もう私は必要ない。美波はもう大丈夫。まなみも、マキちゃんも、よーこちゃんも、槻山くんもいる。
「美波に、ばいばいって伝えといてね」
最後に見た槻山くんの顔はぼやけていた。