その1
世界は虚構だ。
虚飾のエデン。The world of the imaginary
◆◆
少年が一人言った。
「狂ってるものは自分が狂ってるか否かなんて、認識できないさ」
異様だった。
白いその少年には少し大きいようなトレーナーとジーンズを着て、ピアノの前、椅子に座っている。
埃かぶりのピアノの上、鼠が踊り狂っていた。よだれを垂らし、関節を不規則にありえない方向に曲げて。その瞳は…その様子は、いわゆるゾンビを連想させた。まるで、糸で操られる人形のようだった。
そのまま鼠は風船ガムのように膨らむと、やがてボスっという音とともに破裂し、肋骨やら内臓やらがあらわになる。
少年はただ、「お疲れ様」とだけ呟いた。
◆◆
「144 is with the most favorite number.
It may be an irrelevant story for you who are an imaginary number.
There is paradise of the lies.
The world of the idol who does not exist.
They with fate of the tragedy will live how.
It is what poor children.
As for you, it is played by me.
I don’t think them that I feel sorry.
Because they are not toys.
Their death doesn’t have the meaning.
I do one prediction.
They cry and die.以下割愛」
ハット帽をかぶるスーツの男がそこにいた。左手はポケットにいれている。
おかっぱ頭だった。顔はやけに白い。
でも、日本人であることはわかる。
猿が猿を見分けられるように、日本人は日本人がわかる。
ハット帽の男は振り返る。
あまり大きな声ではなく、
ハット帽の男はこう言った。
「やあ、私は森崎…と呼んで欲しい者です。今回はちょっとややこしい雰囲気がありますから、こちらの世界にも僅かに影響があるかもしれません。ああ、何を言ってるか分からないか。無理してわからせる必要のある内容でもないんですよ。価値のない話ですから」
森崎は憎たらしく言うと、向きを逆にして、二本程度進む。
「よく人はこんな事を言います。"神様は残酷だ"。しかし、本当にそうでしょうか?たとえば人間が…神様にとってとんでもなく無価値なものならどうでしょう?それはたとえば、世界は神様の妄想であったり。妄想の人物がどんな思いをしていようと、神様はそんなことは踏んづけた石ころと同じくらい、いや、それ以下にどうでもいいことです」森崎はにやけた。
「そう、たとえば本の中の人物…とかね」
満足気に言い終わる森崎。少し息が荒い。
…気のせいだろうか。
森崎は振り返るとき。舌打ちをして顔をしかめていた。話すのが、心底めんどくさくてしかたがないように。
◆◆
梅雨の湿気残るある日。二日前に雨がふったある日。四日前に今年初のセミの鳴き声を聞いたある日だった。
彼女らの日常はそこにあった。
「私、今でも学園の制作は微妙だと思うわ」
彼女が話すと奥から足音が近づいてくる。いや、彼女はその足音へと話した。
足音の持ち主、彼女の母にあたる人物は静かに口を開いた。
「あんた、何年前からタイムスリップしたのよ。それに、ないよりはましでしょうに」
家の縁に彼女らは居た。母は静かに結露を装飾する氷の入った麦茶を手元におく。
「ああ、ありがと。
ん、いや、いろいろとね…」
彼女はお茶で口を潤した。
「どうせ小さなスケールの話でしょう?目の前の小さな出来事の話でしょう?天楽園の文化水準のためにも、人々のためにも」
母はそういいながら、縁側に腰かける。スリッパだった。
もしこの光景を文書でなく、写真や動画にして観たなら中学生などの年齢ではない娘に対する母の若さに驚くだろう。が、まずここにおいて前提がおかしいのだ。二つほど。
まず母は人間ではない。人外のモノだからだ。天楽園においては「人外の人」という意味が若干矛盾している言葉でいうのが流行りだが。悪魔とか妖怪とかそう言われる生き物だからだ。しかしながら娘は人間であるが。次に…いや、次は伏せておこう。説明するタイミングというのはまたやってくる。
「転落園ね…。でもタイミング悪いと思わない?人外の人がこっちのに通じる都市よ?あっちの世でいうところのヨコハマとかそれレベルの都市に学制が始まったのがつい45年前なんて」
庭からは蝉が求愛するのがうるさいように聞こえる。違う。"ように"じゃない。これはうるさい。
「…それにしても蝉はうるさくて迷惑婚活ね」
さっきの話は消したようであった。
「婚活?」人外の母は不思議そうは顔で聞いた。
「結婚活動とかそんな言葉の略だったわ」
人外の娘はまたお茶を一口すする。
「へぇ~」
人外の母もまたお茶を一口すする。
人外の母は内ポケットから本をとりだした。一瞬、婚活を手帖にメモでもするのではと思ったがそうではないらしい。いや、そんなわけないか。
「幸運の魔法印」という占い本のような本をとりだした。人外ではあれど元人間である彼女は多少、乙女さがあるのかもしれない。
蝉が三度くらい息つぎをした頃、今度は人間の足音がやってきた。
◆◆
身長は165とかそれぐらいだろうか。リュックを背負ったすこしレトロな学生服の少年がいた。
左手には買い物袋をさげている。
「こんにちは」
少年は大人しく言った。顔や髪の質には若干子どもさが残っていると表現できるかもしれない。女々しいイメージを持つ、大人しい印象を与える、そんな雰囲気だった。
「炭酸とアイスです」
少年は袋を縁にそっとおく。
「スプライトかよ…」
彼女は嫌そうにした。
「スプライトって砂糖水に炭酸足しただけじゃん。何が美味しいのさ?」
少年はムッとしたようであったが、靴を脱いでいたので彼女に視線を向けなかった。
「炭酸水よりは美味しいですよ」
彼女はスプライトのキャップをあけながら、
「炭酸水は人間の飲み物じゃないし論外でーすよっと」
と言う。
「そういいながらも飲んでるじゃないですか、文句言わないでください」
「暑いからしかたなく飲んでやってるの」
横から人外な母が本のページをめくりながら呟いた。
「…これがいわゆるツンデレってやつかしら…」
そろそろ彼らの紹介をしよう。
ここは天楽園。しかし皆は皮肉って転落園と呼ぶ。簡単に言うとあの世とこの世を繋ぐ入り口出口の周りに作られた大都市。人口は横浜の二倍くらい。面積は横浜の3倍程度で天楽園の中心地、桃源郷だけに人口の半分以上が偏っている。政治の仕組みや街のつくりなど整っているようで脆い構造である。人間と化け物の共存は難しいということだ。やめてしまえばいいと思うかもしれないが、実際、共存に嫌な顔をしているのはほとんどが妖怪であるし、しかもそれは少数派である。人は環境に慣れやすい。
さて、この桃源郷の東にある和風のちょっと広い屋敷に住む彼女ら。
彼女は滲井一羽という。
捨て子であった為正確な年齢はわからないが16あたりであろう。
一羽は人間が人外に対抗する戦力の一つとして数えられている。
天楽園にて、人間に人外のような技がなせるのは普通である。
一羽の母…一羽が人であるのに対してこちらは人外ではあるが…一羽の母は滲井神代という。
神代はこの天楽園において政治のトップの勢力、天老院の一人である。
そして少年、少年の名を泉詩音という。桃源郷にある第三幻冬学園の高等部二年生である。しかし、年齢は15歳。彼は家柄が裕福な為子供の頃からきちんと教育されていた。その為飛び級ができた。が、年齢の差からか、あまり友人関係は良くなかった。
◆◆
泉詩音は言った。
「その際は大変でしたね、一羽さん」
詩音はビニール袋からパルムを取り出して、そいつをかじった。
「この母親のせいでね」と一羽は横目で神代を見る。
一羽は続けて何か言おうとしたが、詩音にパルムを渡されたので、少し間をおいた。
「神代さんは食べますか?」
「ああ、私はいいわ」と神代は本を閉じる。
「それに一羽、別に私が悪いんじゃないって。ヘリルが悪いのよ」
いかにも、つーんという文字を額のあたりに置きたくなる風に、神代は言った。
この転落園には、異端と呼ばれる化け物の人外が4人…いる。
転落園には、人間と人外の共存という特殊な状態であるため、比較的警備状態など治安維持に勢力は注いでいるが、異端の4人はどうしても捕まえられないため、異端4人…と言われている。
転落園において揉め事を起こせば必ず捕らえられ、必ず罰せられるものである。それだけ警備状態に優れているのだ。その例外…それが異端である。
先日、異端の一人、ヘリルと一羽は正面衝突した。が、結果は惨敗。
一羽は右腕を肩から失う。
すぐに駆けつけた、強力な人間により退くことに成功した。
その後、迅速な回復により、右腕は完全回復する。そして、この戦いは神代によって無理矢理発生したものであるので、神代と一羽は対立したが、すぐに和解。一羽は死にそうになったことをあまり怒っていなかった。
ちなみに、一羽を救出しにいった2人のうち、一人は一羽の弟、一葉である。
◆◆
…追いかけられている。
暗い。何も見えない。
ただ、たくさんの足音が近づいてくる。
転んだ。何も見えない。
痛い。でも、走らないと殺される気がする。
違う、気がするんじゃない。
私は知っている。
彼らは私を殺す気だ。
怖い。
暗い。
暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い。
…行き詰まった。
お終いだ。
一筋の黒い光が見えた。
ナイフだ。
神はこれで自害しろと言うのか。
なんと優しい神様だ。
使うものか。
この刃は私の首にたてるものではなく、神の首を断つものだ。
使うものか。
使うものか。使うものか使うものか使うものか使うものか。
足音がすぐそこまできている。
終わりだ。
…音が聞こえる。
鈍い音だ。
私の
切られた首が、
地面に落ちる音だ。
◆◆
「さて…」
神代は言う。
「ちょっとそれらしい話がしたいから、席を離れてほしいのだけれど…」
「大丈夫かしら?詩音くん?」
詩音は反論しようとした。
「僕も大事な話があって着たつもりですが…」
「企業秘密なの。一葉がもうすぐ帰ってくるわ。一葉の相手をしていて」
神代は「あっちの部屋」…と指を指す。この屋敷の奥か。
「はあ…」
詩音は素直に、いや、少しでも口答えした時点で素直ではないか。
すぐに断念して言われた通りに縁側から腰を滑らせ、靴を履き、屋敷を回った。
詩音はため息をつく。
深いそれではない。軽くため息をつく。
そして、「ため息をつくって、ため息を吐くの誤読からきてるんじゃないかな」などと考える。
「そもそも他人の家で勝手に過ごすなんて無理だよ。神代さんじゃないんだから」などと思う。
詩音は危惧というのか胸騒ぎというのか、この事を考えると、何か悪夢を見た後のような感覚が絶えないのであった。脳が嫌な風に痒い。背筋が冷える。
もちろん、話だけなら大事ではない。
また何か血迷った人外の仕業だろうと誰もが思う。誰もが思っている。
…
小言。大事。
…それは
…詩音が恐れるそれは
今回の異変であった。
◆◆
といっても詩音は生まれてから異変には何度も立ち会っている。
詩音の父、泉 神祓は元老院である。
に滲井一家に政家(転落園では政府を政家とも呼ぶ)の情報を渡しているのは詩音である。異変なんてものは血迷った人外の仕業か、悪戯をする力をもった人外の仕業。詩音は一羽が人外を倒して、異変を解決するところも見たことがある。そういえば、詩音が始めて見たのは電気を操る人外であった。そしてこれは、一羽と詩音との接点でもある。
◆◆
僕が始めて見た人外。
否、人外はそこら中にいて、目立つようにはしてないが、人の姿をしていたり、人っぽい姿をしていたり、人のカタチなんてとどめて無いものもいる。そんな物はごく稀だが。
だから僕と一羽の接点だった人外は、いかにも人外らしく暴走していた。
…その人外にとってはそれが普通なのかもしれないが、傍目は暴走以外なんでもないものだ。
彼女は「退屈だった」という理由で街中の電気を吸い取り、自分の力の糧とした。
そして、路頭で好戦的な人外たちの挑戦を受けていた。
もっとも挑戦を挑む人外なんて、周りより少し強い力を見せびらかしたいものか、力はとても強いが頭は弱い人外くらいである。
首都にいる詩音は人外が暴れる姿なんて見たこともなく、人外が暴走する姿を一目見たいと立ち寄ったところ、彼女…電気の人外が放った流れ弾がこちらに…きてしまった。
僕は、驚きのあまり、逃げるよりも防御…ないに等しい防御だが…両腕を電撃に向けた。
…その時、鎮静にきた一羽に僕が助けられたということだ。本当に僕は感謝している。が、一羽さんにこの話をふると、非常にうざくからんでくるので、あまり一羽さんの前ではしないのだ。
◆◆
詩音の胸騒ぎ…。
今回の異変について語っているのは、一羽と神代。
今回の異変の概要を言うと、「狂気が感染する」というものであった。
力のある者は非常に攻撃的になり、弱い者は廃人となり、並の者はただ狂うだけである。
「狂気が感染する。こんなことができるのは人外的な者だけだ」
神代が珍しく神妙な顔で言う。
…本当はこういった生真面目な人なのかもしれないが、それを隠すために普段はちゃらけているのかもしれない。
「異変が始まってもう半年もたつのに一切手がかりなし。感染者の狂気を分析しても、全く情報が出てこない。まるで…感染など関係がなく、自然に発狂したかのよう」
「こんなこと、絶対的な神か、神以上の人外…異端共にしかできないのだけれど…そう。疑いが深いのは謎に満ちた異端どもね」
◆◆
神はおっしゃった。
人は愚かだ。私が目を話した隙に堕落してしまった。またやり直そう。
と。
それに対して何よりも愚かなヒト、地相馬礼次郎はこう言った。
人間は愚かかも知れませんが、僕は愚かじゃないので、防衛反応としてカミサマを殺します。
神は怒った。
それを愚かと呼ぶのだ。
と。
◆◆
横引きの戸が開く。
木の格子にガラス張りであるそれは、摩擦の揺れで音を抑えられなく、ガラガラと言った。
硝子障子から顔を出したのは帰宅した滲井一葉であった。
特にすることがなく、できることもなく台所で呆然としていた泉詩音にとって気まずさがいくらか晴れる。…深まったのかもしれないが。
「お邪魔しています」
と詩音は会釈をする。いくらか丁寧に。部屋はそこまで広くない台所で、昭和くらいの新しさイメージさせた。
小汚い天井。スポンジや洗剤や鍋のある台所。一つだけテーブルがあり、四つばかり椅子がある。あとは冷蔵庫がひとつあり、冷蔵庫に貼ってあったりテーブルの隅などに書類がある程度。
…どう考えても客室ではない。
滲井一家はお金には困っていないはずだし、部屋を新しくするのを怠っている滲井家の部屋だ。客をまねく部屋ではない。どうかんがえても。
それだけ親しく
「詩音くんか」
帰ってきた一葉はそう素っ気なく言うと、隣の洗面所で手を洗い、汗を拭いた。
陽がくれかかり、地面が橙になやつつある夕方であろうが、季節は蝉が鳴く初夏。帰ってきた時一葉の額には軽い汗があった。
冷蔵庫から出した牛乳を一杯のんだ一葉が詩音の目を見ないで言う。
「どうしたんだい?」
…これで口に白い跡がついていれば格好が悪かったのに。