出会い8
温室を後にした三人は、中庭をてくてくと歩いていく。日差しが暖かく、とても気持ちのいい日だ。
「あのぅ……」
ワープはおそるおそる声をかける。セイルが呆れたように苦笑した。
「お前、本当におどおどしてんのな。祈りの巫女って、もっと肝が座ってんのかと思ってたぜ」
「う……すみません」
「一応友だちになったんだし、気を使いあうのはやめようぜ」
そう言われ、ワープは困惑してしまう。今まで友だちと呼べる間柄の人物がいなかったので、どうしたらいいかまるきりわからないのだ。
「あの、どうしたらよいのでしょう?」
正直に尋ねると、セイルは肩をすくめる。
「とりあえずその堅苦しい態度をやめろ。あと名前は呼び捨てでいい」
「よ、よびすて……」
誰に対しても敬語と敬称を崩したことのないワープは、困惑のあまり目を回してしまう。そんな彼女を見て、セイルはあわてたように
「む、無理はすんなよ」
と補ってくれた。
「少しずつ慣れていけばいい」
ケットが口をはさむ。
「それより、何か訊こうとしてたのではないか?」
「あ、はい!!あの、ラインという方は、どういう方なのですか?」
先ほどラインの名を出したときの彼らの反応が気になったワープは、思いきって尋ねてみる。
セイルとケットは顔を見合わせた。
「気になるか?」
「えっと、はい」
セイルは悩むように唸る。
「うーん……。変わった奴だよ。授業はほとんどサボりだし。目付きも人付き合いも悪い。なぜか校長だけはあいつに甘いけど」
「まあ、騎士候補生になれるくらいだ。力量は認める。だが君が彼と絆を築こうとするのは、大変かもしれんな」
「はあ……」
どうやら気難しいひとらしい。けれどあの冷たい、けれど奥に光を秘めた黒の瞳を思い出すと、彼の本質は皆が感じるものと違う気がする。
「ま、悪い奴ではないんだろうな。お前を助けてくれたんだから、友人としては感謝だぜ」
にっと笑って見せるセイルにつられ、ワープも笑顔になる。それを見たケットが、ぼそりと
「君はセイルが笑うと自然に笑顔になるのに、なぜ俺が笑うと吹き出すのだ」
「えっ」
ワープは固まる。
「それは、その、えっと」
「いいんだよワープ。正直にケットの笑顔は気味が悪いって言っちまえ」
「えぇっ!!あの、そんなことはないですよ、ケットさまの笑顔もとても魅力的です」
「……涙目なのは無理をしているからか?」
「あああ、違いますっ」
大騒ぎのまま中庭を抜けた三人は、正面棟にたどり着いたところで別れることになった。
「あの、ご迷惑をおかけしました」
「気にすんな。それよりお前は早く呼び捨てをできるようにしろよ」
「う……」
笑顔の話題以降いつにも増してしかめっ面のひどいケットが、低い声で
「試しに呼んでみたらどうだ?」
と提案する。その抗い難さに負けたワープは、深呼吸をして心の準備をする。
「では……セイル、ケット、ありがとうございました」
言ってからとんでもなく気恥ずかしくなり、ワープは頬が赤くなるのがわかった。
セイルが上機嫌で親指を立ててみせる。
「上出来だ。その調子でいけよ」
「う……やはり慣れません」
火照った頬を両手で押さえながら少しだけ抗議してみるものの、まるっきり効果はなかった。
「だがこれで少し絆が深まったのではないか?」
機嫌が悪かったのではないのだろうか。ケットまで可笑しそうに言い出す。
ワープは泣きそうになりながら
(これで敬語まで禁止されては、私は死んでしまいます)
などと真剣に考えていた。