出会い4
学園内を見て回るよう言われたワープは、まず広大な中庭に来ていた。
石畳の道を芝生が囲む綺麗な庭を進んでいくと、学園内で一番高いであろう時計塔が建っている。
「大きいなあ……」
目の上に手をかざして時計塔を見上げ、ワープは好奇心に誘われてそちらに近寄っていく。
どこか神殿に似た、かなり古い時計塔だ。頂上には鐘があり、きっと定時に鳴らされるのだろう。 のぼってもいいのかな、とわくわくしながら歩いていると、何やら遠くの方から騒がしい音が聞こえてきた。
何だろうと思う間もなく、目の前に刃が突き付けられた。
「へ……?」
ワープが呆気に取られていると、ふたりの青年が人だかりと共に躍り出てきた。そのまま見事な剣さばきで戦い続ける。野次馬も手伝って、辺りはすごい騒ぎだ。
(ど、どうしましょうどうしましょう!!)
どうやら決闘の中に巻き込まれてしまったらしい。
大パニックに陥るワープなどお構いなしに容赦なく剣を振り回すふたり。そこから逃げるように後ずさったワープは、あっという間に人だかりの中でもみくちゃにされてしまう。
「あのっちょっと……きゃあっ!!」
悲鳴をあげてなんとか抜け出そうともがくワープ。
すると、ひょいっと腕を引かれ、誰かに抱き止められた。
「大丈夫?そこは危ないから、僕と一緒にここに居ようね」
見上げると、にっこり笑う青年の顔があった。とろけたバターのような淡い色の髪がふんわりと風に揺れ、緑色の瞳が優しげにこちらを見ている。可愛らしい女性のような雰囲気のひとだ。けれどもワープを引っ張った腕は力強く、背もワープより遥かに高い。
「あ、ありがとうございます」
「君、ぼーっと歩いていると危ないよ?今日はセイルとケットの練習試合の日だから」
そういうと、青年は激しく戦うふたりの方を指さす。
「あのふたり、手合わせすると周りが見えなくなるから、気をつけて。単細胞なんだ」
「タンサイボウ?」
青年はにこにこしたまま頷く。
「うん。愛すべきお馬鹿さんだよ」
その瞬間、一瞬たりとも動きを緩めなかったふたりが、ぴたりと止まった。綺麗に、ふたり同時に。
すると人だかりは口々に「今日は引き分けか」「あーあ、つまんねーの」などと言いながら去って行ってしまう。中には女生徒の黄色い声などもあって、ワープは目をぱちくりさせた。
今の今まで凄い迫力で戦っていたふたりは剣を納めると、どっかりと座り込んだ。
「あー!!疲れたー」
「今日はなかなか手強かったぞ、セイル」
先程までの殺気はどこへやら、仲良さげに語り合うふたり。
「お疲れ様、ふたりとも」
ワープを連れだった青年が、にこにこと声をかける。
ふたりはこちらに顔を向け、居心地悪そうに身を縮ませるワープに気がついた。
「おう、アナ。なんだ、そのちっこいの」
金髪を首筋あたりで切り揃えた、青空のような色の瞳を持つ青年が問いかける。
ちっこいの、と言われたワープは、密かにショックを受けた。身長のことは大きな悩みなのだ。
「なんだじゃないでしょ。君たちの決闘に巻き込まれて大変だったんだから」
アナと呼ばれた青年が答える。少し怒ったような口調だが、それでも穏やかな表情は崩さない。
それに反応したのは、黒に近いダークブラウンの髪と瞳を持った、とても背の高い青年だった。
「それは悪いことをした。怪我はなかったか?」
心配してくれているのだろうが、その厳しい視線で見すくめられたワープは、ひっと身を固まらせる。
「ほら、怖がってるでしょう?ケットはもっと優しく心配できないの?」
「む……」
ケットという名らしい青年は咳払いをひとつすると、たどたどしく言い直した。
「あおむけネコさん……」
「……はい?」
一気に顔を赤らめ、ケットは苛立ったようにアナを睨み付ける。
「だから意味がわからんと言ったんだ!!何がネコさんだ、バカものが!!」
「あれ、かわいいと思うけどなあ。ねぇセイル?」
不意に意見を求められた金髪の青年は、真っ赤になったケットを指差して大笑いしている最中だった。
困惑して固まっていたワープに、セイルと呼ばれたその青年は楽しそうに説明をくれる。
「あおむけネコさんっていうのは、ケットが可愛く謝れるようにアナが三日前考えた文句なんだ」
「三日前……」
どうやら思いつきの行動らしい。
どう反応していいかわからずおどおどと佇むワープに、セイルが頭を下げた。
「悪かったな。巻き込んじまって」
丁寧にお辞儀され、ワープはあわてて首を振る。
「いっいいえ!!あの、ぼーっとしていた私が悪いんですから」
ごめんなさい、と逆に頭を下げるワープ。それを見た3人は、なにやら視線を交わす。
「そうだ、自己紹介がまだだったね」
にこやかに提案するアナに同調し、ふたりも立ち上がる。
「おれはセイル・アイン。ま、おれらのことなんてすぐ知れるだろうけど」
「え?」
それはどういう意味だろう、と思う間もなかった。
「俺はケット・ヘレンスという。先程の無礼は、どうか許してほしい。学園に籍を置く者としてあるまじきことであった。それに……」
「はーいそこまで。謝るのはいいけどね、あまりうるさいと嫌われるよケット。ただでさえあれなのに」
「あれ?あれとはなんだ……」
表情を強張らせるケットなど意に介さず、アナはワープの手を取って上下に振る。
「僕はアナ・ハーベル。よろしくね」
「は、はい!!えっと、よろしくお願いいたします」
緊張したまま挨拶を返し、ワープはにわかに気合いを入れる。
(第一印象は、大事です。きちんと自己紹介しなければ)
「えっと、私はワープ・セベリアと申します。あの、明日からこの学園に編入させていただきまして、その、」
その時、腹の底を震わせるような鐘の音が響いた。見ると、時計塔の鐘が重々しく揺れ動いている。
「あれ。もう授業時間か」
「そ、そんな……」
まだ自己紹介が終わっていないのに、とがっかりするワープ。一番大事な自分の身分を明かしていない。
そんなワープを見て、アナが穏やかに提案した。
「ねぇワープ。よかったら次に鐘が鳴ったとき、温室に来てくれないかな?」
「温室?」
「うん。中庭の隅にあるから、来ればわかるよ。お話の続きもしたいし、おいでよ」
にっこりと優しい笑顔で誘われ、ワープは思わず頷く。
それに満足したのか、3人はそれぞれ挨拶をしながら校舎の方へ歩き出した。
「じゃあ後でな」
「また後程会おう。気を付けて」
「またね」
彼らの行く方を眺めながら、ワープは呆然と立ち尽くす。なんだか強烈な人たちと出会ってしまった。
やがて3人の姿が見えなくなると、ワープははっとする。
(温室、探してみましょうか)