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神の吹かせる風  作者: わた
18/92

お出かけ

無事エルミタージュに外出許可を得たワープだが、ひとつだけ条件を出された。


「なかなか可愛いよ。元の色にはかなわないけど」


それが、瞳の色をこの国では一般的な藍に変えることだった。エルミタージュの魔法によって変化したこの色を、三人は口々に評価した。


「あの紅色以上の色は、この国の瞳にはないだろうな」

「巫女の瞳は特別だからな。ま、あんな目をしてたんじゃ、神落としの連中に狙ってくれって言ってるようなもんだ」


エルミタージュは泣き腫れたワープの目を見ても何も言わず、ただ瞳の色を変えるのと一緒に腫れた瞼も元通りにしてくれた。

ワープはぎこちなく微笑み、三人を見つめる。


(泣いたことは、内緒です)


正直に言うと彼らが本当に自分のことを友だちと思ってくれているのか自信を持てない。けれど明るく接してくれる三人を疑うことなどしたくない。


複雑な心境で学園を出たワープだが、街に着いた途端不安事は吹き飛んでしまった。


道を挟むように連なる店、店、店。洋服店や飲食店や装飾品店など、目移りするような興味深いものばかり。どこも人でいっぱいで、馬車や燃料車も走っている。


「す、すごい……」


きらきらと瞳を輝かせ、今にも駆け出そうとするワープの手を、アナががっしりと掴んだ。


「だーめだよ。ワープは意地でも僕らと一緒にいてね」

「あ……すみません」


向こう見ずでした、と頭を垂れる。アナはにっこり笑うと、ワープの左手をセイルに、右手をケットに握らせる。


「はいっ。これで安心でしょ?」

「……なんの真似だアナ」


ふたりが同時に尋ねる。


「だってワープを守るのが僕らの役目だもの。こうしていれば絶対大丈夫!!」


嬉しそうに言うアナ。ふたりは顔を見合わせ、それからワープの手をぎゅっと握り直した。


「じゃ、そういうことらしいから、我慢しろよ」

「これなら迷子になることもあるまい?」


どこか楽しそうなふたりに、ワープは顔を赤くして答える。


「あの、とても恥ずかしいです」


背の高いふたりに挟まれると、幼い子どもになったような気分になる。それに彼らといるととても目立つということがわかったため、恥ずかしさも倍増だ。


そんなことはおかまいなしに、ワープは引きずられるようにして街を歩かせられた。


「まず服を買わなくちゃ。街を見て歩くのはそれからだよ」


どうやらなにがなんでもワープの私服は買うらしい。


「あの、やはり申し訳ないといいますか……それに、私あんまりお金を持っていないのです」


がま口の中をつつきながら断ろうとするワープに、一枚のカードが突きつけられた。

キラリと光る銀色のカード。


「これ……学生証ですか?」


生徒ひとりにつき一枚もらえる学生証。もちろんワープも持っている。


「フィリエット学園の生徒は、ここらの店を無料で利用できるんだよ」


これさえ見せれば、と学生証をふりふりするセイル。

ワープは大いに驚き、学園の持つ力の大きさに感心もした。いくら名門と言っても、人々の信頼がなければそんなこと出来ないだろう。


「すごいのですねぇ……」

「だろ?だから資金のことは心配いらない。さあ行くぞ」

「えっ」


ずんずん歩いて行くセイルとケットに、ワープは拒否することも出来ずに衣料品店へ引きずられていった。


同じ年頃の少女たちが楽しそうはしゃぎながら服を選んでいる。流行のスカートを当てて鏡に映したり、髪飾りを見比べたり。


そんな中、ワープはじっと値札とにらめっこしていた。

いくら無料だからって高いものを選んではお店としてはいい迷惑だろう。できるだけ安い服を選ばなければ。


「お前なあ、値段なんか気にするなって言ったろ?」


呆れたように声をかけたセイルに、そうはいきませんと返す。

「ワープがひとりくらい好きなもの買ったって、大丈夫だよ」


アナも笑顔で言うが、ワープは譲らない。元々服装に頓着する方ではないので、何ら問題はない。

値札を睨み付けて悩み続けるワープだが、やがて頭を叩かれてそれを中止した。


「いたいっ」

「それじゃ連れてきた意味がないだろ」


苛立った目を向けてくる三人。


「ワープ。校長先生は日頃の礼に、街に多額の寄付を行っている。この繁華街で買い物をするのに遠慮は必要ない」


ケットが静かに言う。

そこに、アナが紙袋を差し出した。


「はい、これ。ワープは悩みすぎだから、僕が買ってきちゃった」


ワープは言葉を失い、無邪気な笑顔を向けるアナを呆然と見つめた。


(私の努力は一体……)


落胆しながらも、どこかほっとしてしまう自分が居た。

心の奥の奥では、ワープだって可愛らしい服が来たいのだ。


「アナが選んだのならセンスは保証できる。よかったな、ワープ」


ワープはお礼を言って、紙袋を受け取った。

その中身を確かめる間もなく、セイルとケットに挟まれたワープは店の外へ連れ出された。


「じゃ、次はお前の行きたいところへ行ってやる」

「どこでも興味を引く店へ寄るといい」

「え……」


笑いかけるふたり。

ワープは顔を輝かせ、大きく頷いた。



ワープが見てみたいと主張したのは、香や人形の店だった。小さな香り袋と愛らしい着せ替え人形に感激した後、一行はカフェで休憩することにした。


「買わなくてよかったの?気に入っていたじゃない、あの人形」


ティーカップをかき回しながら、アナが尋ねる。

金色の巻き毛をリボンで飾り、豪奢なドレスを身につけた人形を、ワープは長いことうっとり眺めていたのだ。


「いいのです。私は、これだけで充分です。ありがとうございました」


そう言って、ワープは服の入った紙袋を撫でる。


「どんな服なんだ?見せてみろよ」


そこでワープは紙袋を覗き、中から服を取り出した。


入っていたのは上品な白いブラウスと黒地のフレアスカート。どちらも清楚でありながら洒落たつくりをしている。


「ワープは値段を気にしてたから、あんまり高価な物じゃないけど。そういう服の方がいいと思って」


微笑みながらそう言うアナに、ワープは心からの笑顔を向けた。


「とっても素敵です。ありがとうございます」


街の少女たちが着るような可愛らしい服など初めてだ。自分で選ぶときは遠慮していたくせに、嬉しくてたまらない。


「早速着替えてきたらどうだ?制服のままでは窮屈だろう」


コーヒーを飲んでいたケットが勧める。ワープは瞳を輝かせ、服を抱き締めた。


「では、少し失礼します」


そう言うと、ワープは嬉々した表情で化粧室へ向かう。

嬉しそうに駆けていくワープに、三人は顔を見合わせて笑った。


しばらくして戻ってきたワープは、恥ずかしそうにスカートの裾を引っ張っていた。


「あの、私足を出すスカートってあまり履いたことがなくて……おかしくないですか?」


ぶかぶかの制服ではなく、体にぴったり合った洒落た服に身を包んだワープは、只の世間知らずの娘ではなくなっていた。細い手足は白く、見事な金髪は人目を引きさえするだろう。


文句ない変身を遂げたワープに、三人は満足そうな笑みを浮かべた。


「うん!!とっても可愛いよ」

「なかなかじゃねえか?これを機に少しは洒落っ気を付けるんだな」

「……ふかふかねこさん、だ」


アナは素直に、セイルはややひねくれて、ケットもどうやら褒めてくれているらしいので、ワープはもう一度お礼を言った。


「ワープ。綺麗になったところで、案内したいところがあるんだ」


テーブルに戻ったワープが飲みかけのハーブティーに手を伸ばしたとき、アナが言った。


「案内したいところですか?」

「うん」


意味ありげに視線を交わす三人。その表情は真剣で、ワープは思わず口をつぐんだ。


「君に見せておきたい場所があるんだ。休憩を終えたら付き合ってほしい」


ケットの口調は穏やかだったが、緊張を誘うものだった。一体どのような場所に連れていかれるのだろうか。見当もつかないので、ワープは不安を誤魔化すためにハーブティーを飲み干した。



カフェを出た一行が向かった先は、繁華街を外れた路地だった。人気は嘘のように失せ、薄暗く汚れた狭い道が続く。


肌寒く不気味な雰囲気に怯えたワープの手を、セイルとケットが強く握りしめる。その温もりに慰められながら、ワープは導かれるままに歩いていく。


辺りにはみすぼらしい家が建ち並び始めた。壁や屋根はほとんど剥がれ、中がまる見えだ。ゴミや排泄物が道端に捨てられ、臭いも酷い。その光景に、ワープは心打たれ立ち尽くした。


崩れた土壁から覗くひとつの部屋では、老婆が孫らしき少女の髪に熱湯をかけていた。


「ああして毛についた虱を殺してるんだ」


セイルが静かに言う。

ワープはたまらなくなり、ひどく傷ついた目で彼を見上げた。


「なんて悲しいところでしょう」

「繁栄してる街でも、少し外れるとこういうスラムがある。これがこの国の実情だ。次期祈りの巫女であるお前には、見せておきたかったんだ。……悪かったな、嫌なもの見せちまって」


気遣うように眉をひそめるセイルに、ワープは首を振った。


「いいえ、いいえ。私は何も知らない駄目な次期巫女でした。ああ、私、ここの人たちのために何が出来るでしょう?」


あまりの衝撃に震えが止まらない。そんなワープの肩を、ケットが優しくさすってくれた。


「君はこの光景を忘れず、立派な巫女になるよう努力すればいい。今俺たちに出来ることは何もないんだ。さあもう行こう。辛い思いをさせてしまったな」


ワープは俯き、支えられるようにしてスラム街を出た。清潔な道が現れてくるまで物を言うことが出来ず、ただ震えて、その都度セイルたちは頭を撫でて慰めてくれた。


街道のベンチに座らされ、やっと落ち着いたワープは三人を順々に見つめ、


「すみませんでした。取り乱したりして……」

「いや、こちらこそすまない。楽しい休日が台無しになってしまったな」


ばつが悪そうに謝るケット。


「いいえ。私、絶対に立派な巫女になろうって、強く思いました。あの人たちを救うためにも、絶対。案内してくださったこと、感謝します」


そう言ったワープの目には、強い決意が浮かんでいた。


この出来事は、世間のことについて全くの無知であったワープを大きく変えた。国の美しい面と醜い面を目の当たりにしたワープは、巫女のあり方について大いに考えさせられた。


祈りの巫女は、国の全てを背負う。


人々の心の支えとなれるよう。自分に出来るのは精一杯の精進と、不幸な国民が常に悲しんでいる事実を忘れないこと。


そこでワープは、ラインの言葉を思い出した。


祈りの巫女は、泣いてはならない。


そうしよう。私は強くあろう。決して泣かないくらいに。そう心に決めたワープは、ひとり大きく頷いた。


「気分が暗くなっちゃっただろうし、クレープでも買って帰ろうか?」


アナが明るく提案する。くれーぷってなんだろう、と首をひねるワープを除いて、全員が喜んで賛成した。



苺と「ちょこれーと」の入ったくれーぷを選んでもらったワープは、心踊らせてそれをかじった。

甘い苺にとろけたちょこれーとがからまって、とても美味しい。


「あまい、です」


疲れた体に嬉しい味だ。ワープはぎこちなくにっこりした。


「スラム街の人はクレープなんか食べられないのに、とか思わなくていいんだよ。僕らには僕らの務めがあって、それが結局彼らのためになるんだから」


図星をつかれたワープは、冷や汗を流す。アナには何もかもお見通しらしい。


「ワープが祈りの巫女になって、僕らが巫女の騎士になる未来が、この国を救ったら素晴らしいよね」


やわらかく微笑んだアナが言った言葉は、心をあたためる素敵なものだった。


巫女の騎士候補生といえど、実際に騎士になると決まったわけではない。実力を認められた上、本人が騎士となることを望んでいなければ、巫女の騎士とはなれないのだ。


そう、騎士候補生には巫女の騎士になる以外の道もある。


ワープは学園の生徒たちの言葉を思い出し、おそるおそる声をかけた。


「セイル、アナ、ケット」


各々くれーぷを食べていた三人が振り向く。


「皆さんは、私が次期祈りの巫女でなくなっても、友だちでいてくださいますか?」


真剣なまなざしで三人を見つめるワープ。

今は藍色の瞳の奥には、本来持つ紅色の輝きがあった。


最初に口を開いたのはセイルだった。


「お前……馬鹿か?」


心底呆れたような目を向けられ、ワープは怯む。

ケットはため息をつき、とどめはアナがさした。


「ワープって、僕が思ってた以上にお馬鹿だね」


怒っている、と言うよりは悲しそうな顔を向けられる。


「俺たちは友人を身分で選んだりしない」


ワープの気持ちを汲んだように、ケットが優しく言う。


「祈りの巫女であろうとただの娘であろうと、例え世界一の貧乏人であろうと、君は俺たちの友人だよ」


ワープはケットを見つめる。それからこちらに笑いかけてくれるセイルとアナに目を移し、彼らに向かって微笑んだ。


「ありがとう、ございます」


なんて自分は浅はかだったのだろう。彼らはこんなに優しく、あたたかいひとたちなのに。


不安に駆られ、信じていなかったのは自分の方だ。


羞恥心に顔を赤らめるワープに、セイルが明るく言った。


「おれはお前の限りなくドジなところが気に入ってんだ。周りの奴らに何を言われようが、気にすんな」


彼らは知っていたのだ。ワープに対する周囲の反応を。その上で、付き合ってくれていたのだ。たまらず、胸がいっぱいになる。


「私、皆さんに恥ずかしくないような巫女になります」


どうにかしてこの感謝の気持ちを伝えたい。ただありがとうと言うだけでは足りないのだ。


三人は満足そうに頷いた。


「では俺たちは最高の騎士になろう。君の為に」


ケットが穏やかに、でも強い意志を込めて言う。それに、セイルも同調した。


「おれたちに見合う巫女になるのは容易じゃねえぞ。覚悟しとけ」

「は、はいっ!!」


ワープは返事をしながら、なんとも言えない興奮が体を駆け巡るのを感じた。


このひとたちと共に、国を支える巫女となる。それはどんなに幸福なことだろう。その為に、しなければならないことがたくさんある。


「まずは勉強と、料理の稽古だね?」


アナがにっこりしながらワープを覗きこむ。


「う……はい」

「だーいじょうぶ。僕らを頼って」


優しく頭を撫でられる。天使のような笑顔と目が合い、ワープは顔を赤くした。


「はい……よろしくお願いいたしますっ」


そろそろ日が暮れてきた。夕焼けの光が四人を赤く縁取る。


「では学園に戻ろう。ナイゼル先生は門限にうるさい」


ケットのこの台詞により、一行は大急ぎで帰路についた。


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