少女ふたり
夕食でも料理選びに苦戦したが、「すぱげってぃ」というそれひとつでおかずのいらない素敵な料理を発見したワープは、なんとか乗り切ることができた。
すぱげってぃは便利な上とても美味しかったため、ワープは得意になる。
(私はこれからすぱげってぃを食べて生きていきましょう)
そう決意したのも、すぱげってぃには「みーとそーす」をはじめいろんな味があるらしいので、毎日飽きずに食べられるのだ。これでおかずに悩むこともない。
嬉しくて頬を緩めるワープを、ケットが気味悪そうに見る。
「何をにやついているんだ」
夕食を終えたワープは、アナとセイルに押しやられたケットに女子寮まで送ってもらっていた。
「いっ、いいえ。何でもありませんよ」
慌てて取り繕う。ケットは変なやつだ、と笑った。彼は笑うときには普通に笑えるらしい。
「セイルも言っていたが、君は本当に次期巫女らしくないな」
「う……」
また落ち込みかけるワープを、ケットは素早く制止した。
「違う。普通の女学生のようだと言ったんだ。巫女といっても近寄りがたい存在ではないんだな。安心した」
「そ、そうですか……?」
それにしてはケットたち以外に声をかけてくれる生徒がいなかった。
そんな内心に気づいたのか、ケットがため息混じりに言う。
「俺たちに近寄る生徒がいないのは、君のせいではない」
「え?」
「まあ、気にするな。この先いくらでも仲を深められる」
ケットは微笑んだが、なんとなく気になる。どう尋ねたものかわからないでいると、結局女子寮に着いてしまった。
「わざわざありがとうございました」
「気にするな。ではまた明日。……おやすみねこさん、だ」
ぎこちなくもねこさんことばを使ってくれるケットに、ワープはにっこりした。
「はい。おやすみねこさんです」
ケットは照れたように頷くと、くるりと振り向いて去っていく。そこでワープは扉を開き、寮の中に入った。
途端に黄色い悲鳴が耳に突き刺さり、数十人の女子生徒が凄い勢いでこちらに駆けてくる。とっさに飛び退いて入り口を開けなかったら、ワープははね飛ばされていただろう。
「な、何事ですか!?火事、強盗!?」
パニックに陥るワープが慌てて外を覗くと、女生徒たちは輪になって固まっていた。
「ケットさま、ケーキはいかがですか?」
「わからない問題があるんですけど、教えてくれませんか?」
「セイルさまやアナさまはご一緒じゃないんですか?」
どうやらケットを取り囲んでいるらしい。そこで、色恋沙汰には全く縁のないワープも気がついた。
今日ずっと感じていた視線は、ケットやセイル、アナに向けられた女子生徒のものだったのだ。思えば彼らはワープの目から見ても美しいと言える容姿をしている。きっと世間一般からすれば輝かんばかりの美形なのだろう。
女子生徒に囲まれたケットの困った声が聞こえるが、どうすることもできない。
(こ、これが恋する乙女の力……)
初めて目にする女性のパワーに、ワープは感動さえ覚える。
そこに、愛らしい声がかかった。
「ワープさん。早く部屋に入らないと目をつけられますよ」
振り向くと、髪を解いて寝間着に身を包み、体と同じくらいの大きさのクマのぬいぐるみを抱いたルルがこちらを見上げていた。
すっかりリラックスした格好のルルに目を丸くしていると、彼女は胸を張って、
「わたしの今日の職務は終わりなのです」
と報告した。
「それより早く部屋に戻った方がいいですよ。もうじき消灯時間です。外に出ているとナイゼル先生が怒鳴ります」
「え……それは嫌です。けど……」
外で繰り広げられる女子生徒のケットへのアピールを見やる。
ルルはこほんと咳払いして、
「こういった場合の対処はナイゼル先生に任せた方が良いのです。放っておきましょう」
「で、でも、ケットが」
「放っておきましょう」
有無を言わせずすっぱりと切り捨てるルル。ワープは腕を引かれ、外を気にしながらも彼女に従って自室に戻る。
部屋に着いて鞄を机に置くと、ルルが
「お風呂は地下にありますよ。入ってきたらどうですか?」
と勧める。そこでワープは入浴の支度をし、お言葉に甘えることにした。
「水の精霊の力を借りた、学園自慢のお風呂です」
えっへん、と胸を張るルル。いつもは桶に汲んだ水で体を流す程度しか出来ないワープは、期待に胸を膨らませてお風呂へ向かった。
濡れた髪の毛をタオルでふきふき、白い夜着に身を包んだワープは上機嫌で部屋に戻る。
湯船は泳げそうな程大きく、足を伸ばして浸かることができたし、シャンプーは花のようないい香り。おまけに他の女生徒はケットの元へ集っているため、浴場は貸し切り状態だった。
(お風呂って、素晴らしいです)
ほかほかと熱を放つ体がまた嬉しくて、ワープはベッドに倒れて枕を抱きしめた。
(ああ私は今までこんなに素敵なものを知らずにいたんですね)
感動を噛み締めているところへ、ドアをノックする音が聞こえた。あわてて体を起こす。
「ワープさん」
ルルの声だ。
「はい。どうぞ」
静かにドアが開き、少しはにかんだ表情のルルが入ってくる。
「少しお話ししませんか?」
その嬉しい提案に、ワープはにっこりした。
「はい。ぜひお話しさせてください」
ルルはワープの隣にちょこんと腰かける。ほどいた巻き毛から、ふわりとシャンプーの香りがした。
「学園生活は順調ですか?」
「う……授業はとても難しいです」
ワープは今日の授業の経過を報告した。
「そうですか。まさかそこまでとは思いませんでした」
あくまで淡々と、厳しいことを言ってのけるルル。悪意があるわけではないようだが、それでもワープは落ち込んだ。
「すみません……」
「気を落とすことはないです。あなたの職務は授業ではありませんから。では、騎士候補生との人間関係はいかがです?」
ワープはセイルたち三人が親しくしてくれること、他の生徒には距離を置かれているように感じることを話した。
「そうですか……。セイル・アイン、ケット・ヘレンス、アナ・ハーベルの三人は、特に秀でた能力を持つ候補生です」
「そうなのですか?」
「男子生徒からは羨望の目で見られ、女子生徒からは先ほどの通りの反応を受けます。彼らと親しくするあなたと距離を置こうとするのは当然かもしれませんね。その上あなたの紅色の瞳は、人を怯ませる力があります」
「怯ませるって……そんな」
ワープは肩を落とした。
セイルたちが只者でないのはわかったが、他の生徒から距離を置かれるのは困る。
「けれど結局、人を惹き付ける魅力があれば同じことです。今は彼らしか気づいていませんが、そのうち皆があなたを認めるようになります。頑張ってください」
「わたしには……自信がないです」
いつもおどおどして、不器用で、こんな自分が候補生たちの認める祈りの巫女になれるのだろうか。
ルルはワープを見つめ、そっと手を伸ばした。小さな手が元気づけるように頬をさする。
「あなたには、できます。わたしはそう思います」
そう、あどけなく言い切ってくれる。
ワープは目を丸くしたあと、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
この摩訶不思議な小さな少女に言われると、なんだかとても安心できる。
明日も頑張ろう。
そう心に決めた途端、何ともいえない充実感が体を駆け巡った。 その時、空を切り裂くような怒声が響き渡った。
「君たち!!消灯時間はとっくに過ぎているんだ、さっさと部屋に戻れ!!」
またナイゼルの胃が荒れたのは言うまでもない。