その夜の会話
目を覚ましたワープが見たのは、穏やかな光の中で微笑むエルミタージュの姿だった。
「起きましたか」
そこが校長室のソファの上だとわかったワープは、あわてて飛び起きる。いつの間にか毛布が掛けられていたらしい。
「わっ私、ここで寝てしまったのでしょうか」
「はい。お疲れだったようですね」
「すみませんっ」
急いで身なりを正す。とんだ失態だ。校長室で熟睡してしまうなんて。
「いいんですよ。ところで夕食はまだでしょう?」
そう言って、エルミタージュは小さな小箱を差し出した。ぱかりと蓋を開けると、中からチョコレートやマカロンなどのお菓子が溢れ出る。
「どうぞ」
「あ、」
ぐうぅ〜っとワープの腹の虫が鳴る。
「あぅぅ……」
恥ずかしさに頬を染めるワープに笑いかけ、エルミタージュは自分もチョコレートをつまむ。
「ルルが、君が話し相手になってくれるのだと喜んでいましてね」
エルミタージュはピンク色のマカロンをワープに勧めながら言う。
「あの子は特別な子です。少し感情を内に秘める癖があるんですが、君には素直になれるようですね」
我が子を心配する親のような口調だった。
「校長先生とルルさまは、どういうご関係なのですか?」
「あの子は特別なんですよ」
エルミタージュは繰り返すように言い、それ以上は続けなかった。
しばらくお菓子と紅茶を楽しませてもらっていると、エルミタージュが不意に尋ねてきた。
「ラインに会って、君は彼をどういう人物だと思いました?」
「ラインさま……ですか?」
ワープはソファに沈み込み、カップを抱えて考えた。
彼の黒の瞳を思い出し、なんとも言えない気持ちになる。冷たく、悲しみさえ称えた深い色。けれどその奥に確かにある、優しい光。
「私は、彼のことをよく見極めたわけではありません。けれど……きっと、お優しいひとなのでしょうね」
そう言ったとき、エルミタージュの顔がこの上なく嬉しそうにほころんだ。それは妙に心に訴えかけるものがあり、ワープは息をのむ。
「そうですか。君は彼を、優しい人物だと思ったんですね」
エルミタージュは満足そうに頷く。
「それは結構です。彼は本当に、とても優しい心を持っているのですから」
「は、はい……」
ワープはしばらく考え、
「あの、ラインさまがどのような方なのか、教えてくださいませんか」
エルミタージュがラインを只の生徒と思っていないことは、すぐにわかる。一体どんな事情があるのか、気になって仕方がないのだ。
だがエルミタージュは、穏やかに微笑んで言った。
「それはまたいずれにしましょう。今はまだ彼のことを話す時ではありません」
ワープは肩透かしを食った気分で、ソファにもたれる。
「それよりも。明日から授業ですが、何か心配事はないですか?」
「う……」
実を言うと心配事だらけのワープは、ぎくっと硬直する。
勉強はリフィルが教えてくれることもあったが、運動や教養の教科などはからっきしだ。走れば転ぶし、裁縫や料理はどうにも上達しない。それが騎士候補生と同じ教室に入るとなると、気分が上がらないのも無理はない。
重たい表情のワープに、エルミタージュが新しい紅茶を淹れてくれた。
「大丈夫です。君にはお友だちが付いていますからね。いざとなったら彼らを頼ればいい」
「お友だち……ですか」
その言葉を噛みしめ、ワープは頬を染める。
(私に、お友だち……)
嬉しくて自然に頬が緩む。
友だちがいる、そう思っただけでこんなにも勇気が湧くものなのか。
瞳を輝かせるワープを見て、エルミタージュは静かに頷いた。
「頑張ってください。貴女と貴女の騎士の為。貴女ならきっと、うまくやっていけるでしょう」
ワープはまだ不安を捨てきれなかったが、それでも力強く頷いてみせた。