出会い9
正面棟に入ったワープを出迎えたのは、ふりふりドレスの少女、ルルだった。
「お待ちしていました」
ルルはあどけない声で言って完璧な角度でお辞儀する。その不釣り合いさにどぎまぎしながら、ワープも丁寧にお辞儀を返した。
「こんにちは。あの、校長室はどちらでしょう?」
「はい。ではご案内します」
ルルはくるりと方向転換すると、とことこと歩き出す。綺麗にツインテールにされた巻毛が歩く度に揺れて愛らしい。
ぴかぴかに磨かれた長い廊下を突き当たると、ルルはなにやら壁を叩いた。すると上から小さなステージのような台が降りてくる。
「わたしだけが呼べる秘密のエレベーターなのです」
少し得意げに言うと、ルルはその上に乗った。ワープもどきどきしながら足を乗せる。
「風の精霊の力で動くのです」
ルルがまたトントンと壁を叩くと、エレベーターは上昇した。天井がエレベーターの為に開いて、ふたりは上の階へと昇っていく。
エレベーターはぐんぐん昇って、やがて静かに止まった。おそらく最上階に着いたのだろう。
そこは、小さな空間だった。目の前に扉がひとつある他は、何もない。
「ここが校長室です」
ルルが言う。
ワープはそっと扉に手をかけ、ゆっくりとノックした。小さく古い扉だが、まるで王様の部屋の扉のように感じる。
「お入りなさい」
優しい声が返ってきた。
ワープは扉を開き、部屋の中に入る。そしてうわあ……と息をのんだ。
珍しい骨董品や異国の道具が部屋中に並べられている。棚の上には宝石や小さな木製の人形が飾られ、さりげなくその存在を知らせようとしている。
物珍しく辺りを見回すワープに、エルミタージュが声をかける。
「珍しいですか?」
「ひぇあっ」
ここが校長室であることを忘れかけていたワープは飛び上がる。それを見てエルミタージュは面白そうに微笑んだ。
「お座りなさい」
革張りのソファにワープを座らせ、エルミタージュ本人も今まで座っていた書き机からそちらに移る。
秘密基地のような校長室をきょろきょろ見ていると、いつの間にやらルルが紅茶を淹れてきてくれた。
「どうぞ」
ルルはガラスのテーブルにカップを置き、お盆を抱えて一礼する。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうルル。さてワープさん。学園はどうでしたか?」
ワープはエルミタージュを見つめた。今まで起こった出来事を全て見ていたような、賢さを称えた目を見て、ワープはぎくりとする。
「はい。とても興味深い場所ですね」
そう言ってから、ワープは意を決して切り出した。
「実は、校長先生に報告しなければならないことがあるのです」
そしてワープは神落としの一件と、ライン、他の騎士候補生たちと出会ったことを話した。
エルミタージュは静かに目を閉じて聞いていたが、やがて開かれたその目には驚きと、どこか優しい光が宿されていた。
「それは、大変なことです。神落としが学園内に入り込むとは。それで君はライン・クロラット君に助けられたのですね?」
「は、はい。そうです」
エルミタージュの顔がほころぶ。
「そうですか。彼が……」
その嬉しそうな顔に、ワープは尋ねる。
「あの、ラインさまはどのような方なのですか?」
エルミタージュは含むような表情でワープを見つめ、穏やかに言った。
「彼のことについてはいずれ知れますよ」
「……???」
納得できない、という表情のワープに笑いかけ、エルミタージュは紅茶を口に含む。
「それよりも君はもう騎士候補生たちと出会えたのですね。とても良いことです」
「は、はいっ。あの、すごく個性的ですけれど、とてもよい人たちですね」
ワープは笑顔で言った。その表情は騎士候補生たちによい印象を受けたことを何よりも雄弁に語っていた。それを見たエルミタージュは益々嬉しそうに皺を深める。
「これからが楽しみですね。候補生の皆さんが付いていれば神落としの襲撃などそう簡単には起こらないでしょうし」
どこか呑気に紅茶を煽るエルミタージュ。
そこに、ルルが口を挟んだ。
「そう楽観視しては危険ではないでしょうか。神落としの一団は最近力を強めてきていると噂で聞きます。仮にも次期祈りの巫女を預かる学園なのですし、対策は考えた方がよいと思います」
可愛らしい口調で恐ろしく真っ当なことを言うルルを、ワープは驚いて見た。どうやらこの小さなお嬢さんも、只者ではないらしい。
エルミタージュは優しくルルを見やる。
「その通りです、ルル。ワープさん、貴女はひとりでは校外に出ないこと。校内でも、人気のないところには付き添いをつけること。いいですね?」
「は、はいっ」
「こちらとしても、充分に警戒はしていますので。まあ、まずは騎士候補生たちに護衛を頼みましょうかね」
にっこりと楽しそうに笑うエルミタージュ。
「貴女と騎士候補生の絆を深める上で、これは一石二鳥ですね。共に居ることで貴女の護衛も出来るでしょうし」
ワープは恐縮して身を縮こませる。
「申し訳ありません……私の為に」
「この先国の象徴となる大切な命です。申し訳ないなどと思っていてはいけませんよ」
あくまで穏やかに言うと、エルミタージュはルルに、
「ワープさんを自室に案内してあげてください」
と言いつけた。
ルルは丁寧にお辞儀すると、
「ではご案内致します」
くるりと振り替えってまたとことこと歩き出した。
「あ、ありがとうございました。失礼しますっ」
ワープはあわてて挨拶をし、わき目も振らず歩いていくルルの後を追った。