一話 十常侍
時は後漢の霊帝の時代。十常侍という宦官達の悪政により、世の中は乱れていた。
十二代皇帝である霊帝は、世の中が乱れている事すら知っていない暗愚な皇帝だ。
十常侍共の口から出てきている言葉をそのまま信じているのだ。
「陛下の世の中は、まさに天下泰平の世です」
こんな馬鹿馬鹿しい十常侍の言葉を霊帝は真に受け、酒色にふけり、政治を怠っている。
十常侍に騙され続けた愚かな霊帝は、後に真実を知る事なく死んでしまう事となる。
十常侍は、徒党を組んで専権している10人の宦官の総称である。
(張譲、趙忠、封ショ、段珪、曹節、侯覧、蹇碩、程曠、夏ウン、郭勝らの10人)
十常侍は皇帝の威を借り、威勢を存分に張っている。彼らには、虎の威を借る狐という故事が最も似合う存在だろう。
十常侍に逆らうと、死は免れない。彼らが無理やり法に照らし合わせて処罰するのである。
霊帝から十常時は寵愛され、彼らは絶大な権力を振るっていた。
己の私欲のために人民を貧窮へと追いやり、人民を苦しませ、悪政を行っている。
この悪政に歯止めをかけようと、十常侍を誅殺しようとする者も現れたが、ことごとく失敗した。
この誅殺失敗が、彼らの威厳を余計に高めてしまった。
そのため人々は、十常時の威勢を恐れ、逆らう者はいなくなった。
汝南の許劭に
「治世の能臣、乱世の奸雄」
と評された人物は例外である。
この人物こそ本当の三国志の主人公、沛国ショウ(言焦)郡の人、曹操(字は孟徳)である。
曹操は二十歳の時に考廉に推挙され、洛陽の北都尉(現在の警察署長の様な職)の職に就いた。
ある夜、絶大な権力を張っている十常侍の蹇碩の叔父が、夜間外出の禁令を破った。
蹇碩の叔父は、夜間外出の禁令を破った事など意になかった。
自分は天下に逆らえる者の居ない十常侍蹇碩の叔父なのだから、自分を罰する事のできる奴は居ないという考えを持っていた。
その考えのため、蹇碩の叔父は傲慢だった。
蹇碩の叔父は脂肪でできている立派な丸い体を築いていた。
醜い体をした蹇碩の叔父の前に、一人の若者が道を遮った。
胸板は筋肉で塗り固められていて、誠に雄雄しい若者だ。
「道をあけい、邪魔だ。どけい」
「お前は夜間帯刀の禁令を破った。この俺が処罰する」
蹇碩の叔父は、大笑いした。
「わしは十常侍蹇碩の叔父じゃぞ? 態度を改めい。己の身のためじゃぞ?」
蹇碩の叔父がその言葉をいい終わらぬ内に、鈍い音が虚空を裂いた。
若者の手には血が付いた木刀が握り締められていた。
蹇碩の叔父は大地に横たわり、息絶えそうな声で若者に言った。
「己……。わしは天下の十常侍蹇碩の叔父じゃぞ……。ふざけた真似をしよって……。後で死刑じゃ!!!」
「それがどうした。俺には貴様が誰だろうと関係ない。俺に逆らう奴は許さん」
自尊の塊とでもいうべきこの若者は、顔色一つ変えない。
「馬鹿な……。貴様何奴……? この下郎め! 後で死刑にしてくれる……!」
鈍い音が響いた。蹇碩の叔父の呼吸が止まった。
「俺の名は曹操、字は孟徳」
人民の税と怨念で作られた、脂肪の塊とでも言うべき体が冷たい大地に転がっていた……。
この行動が曹操の名を高め、曹操の出世へと繋がっていく事となった。