Line1「恋の下書き」
恋と戦争においてはあらゆる戦術が許される
フレッチャー
ジリリリリリリリリ………
麗らかな春の朝に響く、やかましい金属音。
ボクの一日は、ごく普通に、うるさい目覚まし時計の音で始まる。
「うるさいな…もう…」
ぺちっと時計を叩いて黙らせる。
するとすぐさま、ダダダダっと階段を勢い良く駆け上がる音が聞こえてくる。
バタン!と勢いよく開くボクの部屋の扉。
それと同時に響く、目覚まし時計よりも大きな声。
「おらー、藍ー!早く起きないと遅刻するよー!」
そんな、近所迷惑無視の大声に、ボクは顔をしかめながらも控えめに返す。
「…もう起きてるよ、お姉ちゃん…」
「あ、なんだ起きてたの?じゃあ、アタシは先に行くからね。遅れないようにしなさいよ?」
「はーい…」
ボクの名前は、姉小路藍。
名前と見た目がちょっと男らしくない以外は、ごく普通の高校生。
平凡な日常に飽き始めているような、至ってありがちで健全な男子。
ちなみに、今日から2年生になる。
さっきのうるさいのは、ボクの姉である、姉小路美月。
高校に進学するに当たって、一人暮らしをするはずだったボクを、高校から近い所に住んでいるからと一緒に住まわせてくれている。
ちなみにボクの通っている学校の音楽教師でもある。弟のボクが言うのもなんだけど、結構美人だし若いので男女問わず人気があるらしい。
「さて…早く準備しないとね。進級早々遅れるわけにもいかないし」
ボクはさっさと制服に着替えて、洗顔を済ませると、一階のダイニングに向かう。
テーブルの上には、お姉ちゃんが作ったであろう朝食が置いてある。トーストにハムエッグ、味噌汁に鮭と言った洋風なのか和風なのかよく分からない組み合わせである。
「いただきます」
いつもなら、お姉ちゃんがつけっぱなしにしていったテレビを眺めながらのんびり食べるのだけれど、今日はあまりゆっくりもしていられない時間なので少し急いで食べる。
「ふぅ、ごちそうさま」
結局、結構時間がかかってしまった。ボクは口が小さいのかな?
食器は…洗ってる時間はないな。いつもなら、洗ってから行くんだけど…
「まあ、仕方ないか…たまにはやらなくても良いよね」と、自分に言い聞かせて、外へ出た。
今日は、新学年の始まりの日だ。恒例行事のクラス替えもある。
ワンパターンな日常にクラス替えと言うスパイスが加えられるのは、実に喜ばしい。
自然と、足取りも軽くなる。
「…おい」
どんな子と一緒のクラスになるのかな、とか、またアイツと一緒になれるかな、とか考えると、否応なしにワクワクする。
「……おいったら」
さあ、早く学校へ行かないと!いつもなら面倒くさいこの坂道もちょっと駆け足で…
「おいこら!呼んでんのが分かんねぇのかこのノロマ野郎!」
「ひぃ!ごめんなさい!ボクお金なんて持ってないよぉ!」
いきなり後ろからドスの利いた大声が聞こえたので、反射的に身を屈めて頭を抱える。
くそ!楽しい1日が始まると思ってルンルンしてたらこれだ畜生!やっぱり人生ろくなことがない!
うう…やっぱりこういう時は財布を素直に差し出した方が楽なんだろうか…うん、もうそうしてしまおう、痛いのは嫌だし。
財布を差し出す決心をして振り向くとそこには…
どこか貴族のお嬢様のような雰囲気を漂わせる、栗色の髪の女の子が立っていた。
そしてボクは、この女の子にとても見覚えがあった。
そう、幾日か前にも会っている、この女の子は…
「…悠ちゃん?」
「おう、オレだよ。おはよう。お前…呼んだらちゃんと返事しろよな」
睨まれた。
「あ、うん、おはよう。…いやいや、あんなに大きな声で怒鳴られたら返事より先に悲鳴が出るでしょ!?」「その前にも何回も呼んでんだよ馬鹿が!」
「ごめんなさい!!」
この…なんだか怖い人は、月見里悠ちゃん。
こんな言葉遣いだけど、れっきとした女の子だ。しかも、見た目だけはすごく可愛い。お嬢様って感じ…いやまあ実際、お金持ちのお嬢様なんだけど。
ボクと同じく、今日から高校2年生。
「ったく…朝から何ボーっとしてんだよ。…まあ、お前がボーっとしてるのはいつもの事か」
「ひどいなあ…ちょっと浮かれてただけなのに」
「浮かれてた?」
「うん!だって今日はクラス替え!ボクにとってはいつもと違うってだけでワクワクするんだよ」
「そ、そうか。へぇー…」
「ふふふ。今年は一緒のクラスになれたらいいね!」
「ああ…へっ!?」
「んっ?」
なんだろう、悠ちゃんがいきなり奇声をあげて固まってしまった。ボクはまた何か気に障る事をしてしまったのだろうか…
「………っこの」
「え?なに?」
悠ちゃんが、下を見つめてぷるぷると震えている。何か怖い物でも見てしまったのだろうか?
「……この、変態がぁぁー!!」バッチーン!!
「超痛い!?」
一瞬、視界が暗転する。そして、ビンタの威力に流されるまま倒れて行くボク。
景色はスローモーションで流れていく。
ああ…ボクは、女の子のビンタで死んでしまうのか…無念…!
ぼすっ
おお…もう天国に着いたのかな…?それにしては天使の迎えとかが無かった気が…
「おっと…大丈夫か?藍」
「…あれ?…天使が隆兄ちゃん…?」
「何言ってんだお前は…しっかりしろ」
ああ、幸いボクは生きていたらしい。ありがたや。
「お、おおおおま、お前…隆邦!」
「ん?一体なんだ月見里?」
「あ、ああ藍に…だだ抱き付いて…おまっ!」
「よし分かった。とりあえず落ち着け月見里」
颯爽と現れてボクの命を救ったこのイケメンは、前城隆邦。ボクと同じ高校に通う一つ上の先輩で、ボクの家の近所に住んでいる幼なじみ。
顔とか、身長とか、声とか成績とか…とにかく完璧超人で、女の子にモテモテ。
でもどういうわけか、彼女らしき人を連れているのを一度も見かけたことがない。
少し歩いてから、隆兄ちゃんが口を開いた。
「さて、落ち着いたか二人とも?」
「うん」
「別にオレは最初から冷静だ」
「はいはい。とにかく、月見里は何故藍をひっぱたいたのか説明しなさい」
「別にひっぱいてねぇよ」
くっ…無罪を主張してきたか。現行犯のくせに。
「月見里、俺には確かに君が藍をひっぱたいたように見えたんだけど?」
「あー…あれは…そう、風圧だよ風圧!手を振った風圧でコイツが勝手に倒れたんだ!」
「どこの北○の拳!?」
「はぁ…月見里、とにかく藍に謝りなさい」
隆兄ちゃんは…年上の威厳振りまき作戦に出たのかな。
「やだ」
「やだじゃない。そんなんじゃあ、ろくな大人になれないぞ?」
「…チッ」
そろそろ悠ちゃんが折れる頃かな?
ボクは、ちょっとふんぞり返って謝られる用意をする。謝られる用意ってなんだ、とか思ったけど気にしない事にした。
隆兄ちゃんが、悠ちゃんに接近して耳元で何かを囁く。
(藍に嫌われるぞ?)
「う、うう…うるせーんだよ!バーカ!!」
「あ、こら!月見里!」
悠ちゃんは、学校に向かって脱兎の如く駆けていってしまった。
「隆兄ちゃん、悠ちゃんに何を言ったの?」
「いや、特に何も?」
なんだか怪しいな。
「それにしても…月見里のあの傍若無人さには困ったもんだな、藍?」
「え?ああ、うん…でもまあ、あれが悠ちゃんのいい所だから。そしてさり気なくお尻を触らないでね隆兄ちゃん」
「ははは、何のことやら」
ボクのお尻を撫でている手をべしっ!と払う。
隆兄ちゃんは最近、スキンシップが激しい…と言うよりセクハラが激しい。昔はそんなこと無かったんだけど…
「それにしても、藍は心が広いな」
「へ?なんで?」
「月見里のアレをいい所って言えるのはすごいと思うぞ?」
「うーん…だって、うちの学校の女の子たちってみんな、なんかすごく…気取ってるって言うか…個性が無いって言うか…」
ボク達の通う私立頼盟学園は、そこそこ良い所の子達が集まってくる。そのせいか、なんだかみんな似通った風に気取ったりしているのだ。
それが悪いとは思わないけど、正直魅力を感じない。
「そんな中で、あんなに飾らない態度でいられるんだもの。意志がしっかりしてる証拠じゃない?」
実際、悠ちゃんは特別輝いて見える。まあ、すぐ手が出るのが玉に瑕だけど。
「…俺にはそうは見えないなあー、なんて」
「えー、隆兄ちゃん節穴ー」
「はいはい、悪かったな」
そうこうしているうちに、学校に到着した。
校門では、生徒会長と先生方がみんなに挨拶をしている。
あの生徒会長はちょっと苦手なので、隆兄ちゃんの影に隠れて気付かれないように校門を通る。
「おはよう、前城君!」「ああ、おはよう山岸」
「姉小路君も、おはよう!」
ボクは一瞬、ビクッとする。バレてるよ…
「…おはようございます」
「元気がないな、おはよう姉小路君!!」
「お、おはようございますぅ!」
「ぷっ」
「あっはっは!なんだその気の抜けた声は!」
そう言って、ボクの背中をバシバシと叩く生徒会長。
ボクの微妙な大声を聞いて、周囲の人の視線も集まり始めてしまった…
…ともかく、この非常に暑苦しい人は、頼盟学園生徒会長の山岸夏美さん。剣道部の部長でもある。
まあなんて言うか、本当に暑苦しい女性だ。きりっとしていてとても美人ではあるけれど。 悠ちゃんと並んで人気が凄い。
「さあ、早くクラス名簿を確認して教室に向かえ。遅れないようにな!」
「はーい…」
言われて、ボク達は少し足早に玄関へ向かう。
玄関には、クラス名簿が張り出してあった。
人だかりをかき分け、クラス名簿を見に行くボク達。
ボクの名前は…あった。2年3組だ。
「わ、わわっ!」
自分の名前を確認出来た所で、隆兄ちゃんと共に、人の波に流されて後ろへ放り出されてしまった。同じクラスに仲の良い友達がいないか確認したかったんだけどな…
でも、今更また戻って確認していると時間が無くなってしまうし、どの道教室に行けば分かるだろうと言うことで、ボクは教室へ向かう事にした。
「そういえば、隆兄ちゃんは何組だったの?」
「ん?1組だよ。3年1組」
「そっか、今度遊びに行こうかな」
「おう、いつでもおいで」
隆兄ちゃんと話しながら、玄関で靴を履き替える。別学年の隆兄ちゃんとはここで別れる。
「じゃあ、何かあったらすぐ俺に言うんだぞ?」
「大丈夫だよ、心配しないで?」
「そうか、分かった。じゃあ、また放課後にな」
「うん、またね」
ボクは2年3組の教室へ向かう。教室棟の2階に、2年の教室が並んでいるので分かりやすい。
3組の教室に入ると、何人か見知った顔が伺えた。
「おー、藍!お前もここやったんか!」
「あ、健!良かったー…仲の良い子がいなかったらどうしようかと思ってたんだ」
「なんや、寂しがりなんやなぁ藍ちゃん!心配せんでも、俺がいまっせ!」
「うるさいよバカ健!お前だってボクがいなかったら1人ぼっちのクセにー!」
「あっはっは!バレとったかぁー!」
なんて言い合って、お互い肩を組み合う。
このうるさいバカは杉山健。中学からのボクの悪友だ。何故かエセ関西弁で話すけど、生まれも育ちも関東のはず。ちなみに剣道部に所属している。
「いやぁしかし、お前さんとも長いなあ。去年も同じクラスやったし」
「いわゆる腐れ縁だよね」
「はっはっは!そうやなあ、この分だと、俺の嫁さんは藍になり(ボコッ!)そぶぁ!!」
「!?」
いきなり健が奇声を上げて倒れた。と言うか、鈍くて重い音が…
「すまん杉山、すごく目障りだから殴ってもいいよな?グーで」
「もう殴っとりますがな月見里はん!?」
「あれ?悠ちゃん?なんでここに…?」
どうやら、健を殴ったのはいつの間にか後ろにいた悠ちゃんらしかった。
「なんでって…オレもこのクラスだからだろうが」
「そうだったの!?わあ、一緒になれて良かったね!これからよろしくね!」
握手を求めて、手を差し出す。
「なっ…お、おう…よろ、よろしくな、あ、藍!」ぎゅううう!
「いたたたたたた!?痛い!ゆ、悠ちゃん強く握りすぎ!いたぁぁあ!!」
「わ、わりぃ!」
なんでこんなに力が強いんだ。あんなに細い腕なのに…
「あのー、俺を忘れてませんかね?お二方ー…」
「はいはい、痛かったね健ちゃん」
痛む手を押さえつつ、健にフォローを入れる。
「適当すぎやしませんか姉小路はん?」
「バカにはこの位がちょうどいいでしょ」
「キッツいなあ…」
ガラッ
ぐだぐだと話していると、教室の扉が開いた。
「おらー、お前らさっさと席に着けー。5秒以内なー」
ついに新担任のお出ましだ。なんだかやる気の無さそうな…
…いやちょっと待て。なんだか、とても聞き覚えのある声だった気がする。
そして、男子女子から湧き上がる歓喜の声。
もう半分は誰だか予想がついたようなものだが、恐る恐る、教壇へ目を向ける。
するとやはりそこには…
「…お姉…ちゃん…」
「おー、藍。なんか担任になっちゃったー」
「なっちゃった…って…」
普通、姉が弟のクラスの担任になるとかあり得るのか?いや…あり得るのか…この学校なら…
「はい、よく聞けお前らー」
その言葉に、皆一斉に口を閉じる。
「アタシは2年3組の担任になった、姉小路美月だ。みんな知ってると思うが、そこにいる可愛い藍の姉でもある」
可愛いは余分だ。と言うツッコミを抑える。
「これから1年…まあ正確にはもうちょっと短いが…お前らと共に学ぶことになる。嫌とは言わせないから、そこんとこよろしく」
ワァー!っと、歓声と共に拍手が巻き起こる。なんでこんなに人気なんだろう…
「さて、これから始業式だ。きちんと服装を整えて臨むようになー」
さて、始業式、朝礼、卒業式、その他諸々の集まりと言えば、だいたいの学校は体育館や校庭でやるものだと思う。
しかし、ここ頼盟学園には様々な科があり、生徒総数が1500名を越す超マンモス校のため、体育館に一度に集まったりすることは出来ない。 校庭に集まるにしても、天候に左右されてしまうのでそれも良案とは言えない。
各教室にモニターがあるのだが、それを放送室と繋いで放送朝礼するにしても、大規模な工事が必要になるので、勉学に差し支えるとかなんとか。
そのため、「頼盟会館」という集会専用の馬鹿デカい建物が設けられている。これも、大富豪だった初代学園長だからこそ出来た事なんだろう。
その会館に、ぞろぞろと全校生徒が集まってくる。
普通、始業式と言えば、皆面倒くさがるものだが、ここ頼盟学園の生徒達は違った。始業式が始まるのを、今か今かと待ちわびている。
何故かと言われれば第1に、学園長が、よくいる寂れたおじさんではなく…とても可愛らしくて、なおかつ明るく親しみやすい女性だという事だ。
第2に、この学校の始業式は、非常に短い。
学園長と生徒会長がそれぞれ2、3分話すだけなのだ。
しかも、両人とも人気なものだから、式典や朝礼を楽しみにする生徒が大勢いる。
と、始業式らしからぬ浮かれた雰囲気ではあるが、ろくに話も聞かない他の学校の始業式より状況は良いと思う。
「…相変わらずユルいな、ここの連中は」
ボクの隣にいる悠ちゃんが、しかめっ面でボソッと吐き捨てる。
「ま、まあ…話聞かなくてぐだぐだになるよりは良いんじゃないかな?」
「どうだか…どうせコイツらは学園長と生徒会長目当てだろ?」
「そうなんだろうけど…」
『…皆さん、静粛に』
館内に生徒会長の山岸さんの声が響き、さっきまでざわついていた生徒達が一瞬にして静かになる。
普段の豪快で暑苦しい感じとは違う、厳かな雰囲気の会長は、また別の魅力がある。
『…ではこれより、始業式を開式します。一同、礼』
皆一斉に礼をする。
『まず始めに、学園長から挨拶を頂きます』
と言うと、台の上のマイクスタンドを一番下まで下げてから、壇の隅にスッと消えてしまった。
コツ、コツ、コツ…とハイヒール特有の足音を響かせ、壇上に学園長が現れた。
そのままマイクの前まで来ると、ぺこっと一礼した。生徒達も、それに合わせて礼をする。
そして、マイクの位置を確認すると、満足げな笑みを浮かべて話し始めた。
『おはようございまーすみなさん!学園長の龍宮静代ですよー!』
「…チッ」
学園長の甲高い大声に、横で悠ちゃんが心底うるさそうな顔をして舌打ちした。
彼女は、この頼盟学園の学園長である龍宮静代先生。
見ての通り規格外な学園長で、体の小ささも規格外。
そしてとても親しみやすく、生徒と教師両方に大変人気がある。一部例外を除いて。
『えーと、みんなはどんな春休みを過ごしましたかー?私はずーっとお家でゴロゴロとゲームしてましたぁー!』
どっと笑いが起こる。
「チッ!」
…隣の一名を除いて。
『あ、そうだ!今日はみんなに嬉しいお知らせがあるのでしたー!』
そう言うと、学園長は後ろを向いて何かに手招きをする。
すると幕の中から、学園長と同じか少し大きいくらいの…金髪の女の子が出てきた。
『留学生のぉー…仙崎ミスティークちゃんでーす!さあ、みんなに挨拶をお願いします!』
歓声と共に拍手が巻き起こる。
ただ、やっぱりそんな中で一人だけ、悠ちゃんだけはみんなと違ったリアクションを見せていた。
目はまん丸に見開かれ、口はぽかんと開いている。金髪の子がそんなに珍しいのかな。
なんて思っていると、悠ちゃんの口がゆっくりと動いた。
「み…ミスティー……ク……!?」
「え?もしかして知り合い?」
「知り合い…?アイツはオレの幼なじみだ!オレが海外にいた頃のな…」
「へえー…そうなんだ」
「ああ…思い出すぞ…アイツはとんでもない女だ」
悠ちゃんが、ぷるぷると細かく震えている。それが恐怖から来るものだというのは、悠ちゃんの青ざめた表情を見ればすぐに分かる。
と、チワワな悠ちゃんを見ている間に、転校生さんの挨拶が始まった。
『皆さん、初めまして…私は仙崎ミスティークと申す者ですわ。1年1組に転入しますので、どうぞよろしく』
歓声とどよめき(主に男子の)が起こる。
それは、転校生に対する好奇心と、彼女自身の外見によるものだろう。
小さな体、白い肌。ポニーテールにした綺麗な金髪、少し気の強そうな青い瞳。
モデルか何かと見紛うばかりの綺麗さだ。
『ああ、それと…最初に申し上げておきますわね』
館内の誰もが、彼女の言葉に耳を傾ける。
『私、こう見えて高貴な身分ですの。ですから、下品な方々はなるべく近寄らないで下さいね…汚らわしいので』
一瞬にして凍り付く館内の空気。彼女がこれから孤立していくであろうことは目に見えていた。
「ほらな…?アイツは恐ろしい奴だろう…?」
悠ちゃんがぷるぷる震えながら問いかけてくる。
「う、うん…色んな意味でね…」
ボクは、彼女の母国の教育環境がとても気になった。
微妙な雰囲気のまま始業式が終わり、みんなそれぞれの教室に帰って行く。
「いやぁ、とんでもない奴が現れよったなあ」
「うん…あの子絶対孤立するタイプの子だよ…」
「ありゃあ仕様がないやろ…えらいべっぴんさんやったけどなあ」
「1年1組だっけ?新入生も可哀想に…」
「ああ、そういやお前さんの後輩も入ってくるんやろ?なんやったっけ…えーと…」
「真男のこと?」
「ああそれや!あのカワイコちゃん!」
「カワイコちゃんって…真男は男の子だよ」
「せやから、男の娘やろ?間違うてないやんけ!」
「え…うん、あれ?」
なんだか、微妙に会話がかみ合ってない気がする。
「まあ、あんさんも十分可愛いんやけどなあ」
「だっ…黙れ眼鏡坊主!ボクは男だ!」
「あっはっは!まあ照れんなや嫁は(ごきっ)んんんんんん!?」
あ、なんだかデジャヴなタイミング。
「藍、ミスティークには気を付けろ」
肩を押さえて崩れ落ちる健を無視して悠ちゃんが言う。
「俺も、なんだかあの子には気を付けた方がいい気がするな」
後ろから隆兄ちゃんも来た。
「なんでそんなに…?確かに、ちょっとアレな雰囲気ではあったけど…」
「アイツを良く知ってるオレが言うんだ、間違いない」
「なんだ、月見里…あの子と知り合いなのかい?」
「幼なじみだ。海外にいた頃のな」
「悠ちゃんを追いかけて来たのかな?」
言った瞬間、悠ちゃん側の空気の温度が下がった。
「や、やめろ…そんなことあるわけがない…」
また震え始めてしまった。
「悠姉さま!!」
後ろから、悠ちゃんを呼ぶ女の子の声が聞こえた。
「あ、仙崎さんだ」
「なっ!?」
10cmくらい跳ね上がる悠ちゃん。
そして小走りで寄ってくる仙崎さん。
「ああ、悠姉さま!お久しぶりですわ!」
「く、来るな!来るなあぁ!!」
若干涙目になりながら、ボクと隆兄ちゃんを盾にする悠ちゃん。何がそんなに恐いんだろうか。
「来るな…?悠姉さま、ちょっと会わないうちに私を忘れてしまいましたか…?」
仙崎さんの纏う雰囲気が変わる。
なんだろう…ボクまで逃げたくなってきた。
「ひっ!」
「さあ、こちらへいらっしゃい、姉さま…たっぷりと躾直して差し上げますわ!」
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」
脱兎の如く逃げ出す悠ちゃん。出来ることならボクも逃げたい。
「あっ、お待ちなさい!」
仙崎さんは、ボク達などには目もくれず、悠ちゃんを追っていってしまった。
「…なあ、藍…」
「なに?隆兄ちゃん…」
「なんだか、この1年を無事に過ごす自信が無くなってきた…」
「奇遇だね、ボクもだよ…」
ボクの担任となってしまったお姉ちゃん。あの悠ちゃんを圧倒するチビ留学生。そして、これから入学してくるであろう真男。
…これは、日常に飽きたボクの、色んな方向に変化していく日常を描いた物語…
最後までお読み頂きありがとうございます。これから読む人も、興味を持って下さるとありがたいです。
さて、実はこの作品、私の初めてのオリジナル作品となります。
今まで色々なサイト、色々なHNで二次創作を書いてきました。
その中で得た経験や知識を、全てこの作品に注ぎ込む所存です。
…まあ、大したものを得てはいませんが(笑)
さて、作品を読んで、なんだかモヤモヤしている人がいるかも知れません。
そしてそれは、恐らく月見里悠ちゃん絡みでしょう。
はい。悠ちゃんは「女の子」です。あんな言葉遣いですけども。打ち間違いではないです。
個人的に一番気に入ってるキャラでもあります。
第一話は、ちょっと男性陣の影が薄かったですが…
そこはまあ、この回は自己紹介的な話だと言うことで←
では、次話をお楽しみに!