婚約者様は伝説の人になった
放課後の中庭にはまったり過ごしたい生徒たちが集まっている。私も友だちたちとお喋りを楽しんでいた。
が、嫌な声が聞こえてきて、そうっとそちらを確認してげんなりする。
「やっぱりイートンたちだわ。またアイジェイ様にはべっているのね」
「はべっているじゃなくて、聖女様にお仕えしていると言わないと。また機嫌を損ねてうるさいわよ」
「どう言おうと、一応は婚約者がいるのに女性にべたべたつきまとっている浮気者なのにね」
私がため息をこぼすとビーダとシーダも口々に辛辣なことを言い、ディーダも無言でうなずく。
私はエーダ、伯爵令嬢だ。侯爵家の次男のイートンとは彼の豊富な魔力量とつり合うからと婚約した。
ガチガチの政略婚約だけれど、彼とはそこそこうまくやっていたと思う。
しかし、最近の彼は聖女様ことアイジェイ様のお世話をすることに夢中で、私のことは完全に忘れている。
滅多に神殿の外に出ない聖女様に惹かれ、交流したいという気持ちはわかる。
はるか昔、初代聖女様は女神様から授かった力で初代国王陛下を助け、国に恵みをもたらした。以来、その力の一部を受け継いだ方を聖女様と呼んでいる。
彼女たちは皆心優しい方で、生涯国のために尽くす高潔な方だ。私も神殿で神官様が語る初代様の話を聞き、現聖女様たちが働く姿を見て尊敬している。
が、元は男爵家で大事に育てられていて最近聖女様になったアイジェイ様は、良くも悪くも普通の方だ。
人なつっこい彼女はあっという間に人気者になり、いつも人に囲まれている。
ちなみに、その中にはなぜかいつでも手助けすると声をかけていた親切な方を含めて女子生徒は1人もいないし、なぜかイケメンの男子生徒たちだけだ。しかも、婚約者持ちもいる。
だんだんと女子生徒と常識のある男子生徒たちに冷ややかな目を向けられるようになってきたアイジェイ様は、その中から4人の男子生徒たちをお世話係として選んだ。
彼らは皆喜んでアイジェイ様に媚びへつらい、もとい心から誠意をこめて仕え、聖女様の心の豊かさをそのまんま現したようなわがままボディとべたべた触れ合っている。
そして、見かねて注意した生徒たちに「これは聖女様と交流しているだけだ」と独自の信仰観を説き、理解できない生徒たちと王国一大きな川よりも深い溝を作っていっている。
非常に遺憾ながら、その学園中に知れ渡っている公然ハレンチ集団の男子生徒たちは私と友人たちの婚約者だ。
正直に言うとそんな迷惑集団と関わりたくないけれど、一応は婚約者という名の身内(予定)として黙っているわけにはいかず。
4人で打ち合わせをして、普通の異性同士なら問題しかない付き合い方をやんわりたしなめましたが。
他人より1ミリぐらい立ち位置が近いというだけで鬱憤を晴らすように何時間もマジギレ、もとい聖女様に心からお仕えせよと長いだけで何のためにもならないお説教をされまして。
その自分超かっこいいと酔いしれる気持ち悪い、いえ頭も中身もスカスカなくせに鳥よりも大声で騒いで人につきまとってくるセ〇並に自信に満ちあふれた姿に、私たち全員が話が通じる人間として接しようという気持ちが泡よりも儚く消え散り。
今は婚約者たちを見張って家に報告するための証拠を集めている。
今日もまた嫌々害虫を観察しようとすると、じっと彼らを見ていたディータが「わかったわ」と手を打った。
「どうしたの?」
「実はね、彼らは最近頻繁に神殿に来て、聖女伝説について熱心に学んでいるの。
きっと、ああしてアイジェイ様にいつもついてまわっているのも、初代様を支えた賢人様を目指しているのだと思うの」
「え~っ、あの伝説の方々を? でも、確かにそこまでしているなら本気なのかもね」
「確かに支えているわね。邪念にまみれているけれど」
「そうだとしたら私たちとの婚約はどうするつもりなのかしら」
神官様の娘で敬虔な信徒のディーダのまさかの説に驚くも、今までのことを思うと納得した。ビーダとシーダもうなずく。
賢人様は初代聖女様にお仕えした4人の男性だ。それぞれが優れた知識や技能、魔力に鋼の肉体を持ち、聖女様の伴侶として生涯彼女を支え、国の発展のために尽くしたと伝えられている。
伝説として美化されているところもあるのだろうけれど、彼らは皆心も見た目もイケメンだ。私も子どもの時には、彼らの活躍と聖女様とのロマンスに憧れていた。
俺様ナルシスト野郎、もとい自信家で野心溢れるイートンと他の3人のことだ。聖女アイジェイ様と過ごしているうちに、伝説の賢人様のようになりたいと真実の愛と使命感に目覚めたのかも。
「確かに、彼らは今はまだ未熟な身だけれど。アイジェイ様への愛と献身は本物だし、見方を変えればあの自分の信仰を貫く向上心は素晴らしいわ。
だから私、彼らが聖女様と結ばれて望みが叶うように応援しようと思うの。皆も協力してくれないかしら?」
ディーダはにっこり笑った。
私たちも彼女の言葉に含まれた意味を察してにっこり笑った。
「もちろんよ。まずは何から始めましょうか」
*****
ここのところ何もかもが順調だ。やっと本来の実力を発揮できて俺は満足した。
俺はイートン、侯爵家の次男だ。
生まれた時から素晴らしい才能と魔力があったが、ふさわしい活躍の場がなかった。
聖女アイジェイと出会い目が合った瞬間、俺は彼女のためにいるのだと運命を感じた。
アイジェイは「初代様みたいに皆に愛される聖女になる」といつもがんばっている。その一生懸命な姿に惹かれて俺と仲間たち4人でアイジェイを手助けしている。
しかし、悲しいかな。目立つ奴とは憎まれるものだ。
女性のアイジェイが俺たちのような男性とばかりいるのは不適切だと言いがかりをつけられるようになった。
俺たちは聖女を支えた賢人のようにアイジェイを支え、時々彼女なりの感謝の気持ちとしてスキンシップ……祝福を授かっているだけだ。
が、いくら丁寧に説明しても頭の悪い連中、特に俺たち4人の婚約者はちっとも理解せず。むしろ、身体も心もまさに女神の恵みを現したようなアイジェイに嫉妬をむき出しにするようになった。
俺たちはわからず屋どもの嫌がらせに屈せずアイジェイといつも一緒に過ごし、彼女の修行に付き合って神殿に通った。
さすが大神官様は聡明な方で、俺たちを喜んで迎え入れ、日々アイジェイの支えになっていることを感謝していた。
そして、ある日。密かに呼ばれた俺たちは賢人たちが使っていたという聖具に触れるように言われた。
聖具はたちまち俺たちを認め、感激した大神官殿は俺たちを密かにアイジェイの賢人に任命した。
喜んで受け入れた俺たちはより一層熱心にアイジェイを支え、共に神殿に通って修行に励んだ。
その善行が神の目に留まったのか。いつからか学園で俺たちは敬愛のまなざしを向けられるようになった。
そして、俺たちの輝かしい行いが無垢な生徒たちに良い影響を与え、初代聖女と賢人たちの話が授業に取り入れられ、あちこちで話されるようになった。
驚いたのが、生徒たちにせっせと聖女伝説を広めているのが俺たちの婚約者だということ。
あまりの態度の変わりぶりに怪しんで問いつめると「神官様のお話に感銘を受けましたの」と澄ました顔で答えた。
要は顔が良くて話上手な男性神官に夢中になっているのだろう。下心満々の不純な動機は軽蔑するが、うるさく言われないのはちょうど良い。卒業して結婚するまでは好きにさせてやろうと寛大な心で許してやることにした。
そして、俺の素晴らしい活躍ぶりは家族にも伝わった。
「イートン、おまえは自ら聖女様にお仕えしていると聞いたが、本当か?」
「もちろんです! 聖女アイジェイ様は素晴らしい方で、学園中の生徒たちに尊敬されています。そのような尊い御方に深く信頼されているのは私にとって何よりの誇りで喜びです」
「ふぅむ、そうか。実は、大神官様からおまえを生涯聖女様にお仕えする者にしたいとの声がかかっている。そして、おまえが望むならばすぐにでも修行を始めたいと……」
「もちろんです!! 私の心も愛も永遠に聖女アイジェイ様に捧げると誓いますとも!!」
俺たち4人は賢人に選ばれた時に、貴族の義務として政略結婚をさせられ子どもを作っても、唯一自由になる心は最愛のアイジェイに捧げ、義務を果たしたら生涯を彼女に尽くすと誓っている。
その覚悟が大神官様に認められているのならば、もしかしたら俺の輝かしい人生の邪魔でしかない婚約も解消できるかもしれない。
期待をこめて父上を見ると何か言いたげな顔をしたが、やがてうなずく。
「わかった、おまえの覚悟を祝福しよう。準備ができ次第神殿に向かえ。あとは大神官様から説明がある」
「……? わかりました。ありがとうございます、父上! さっそく取りかかります」
父上の歯切れの悪い言葉を不思議に思うも、これで愛しのアイジェイと過ごせると喜びが溢れる。
そして、俺は母上や兄弟たちに見送られて神殿に向かった。これからが新たな賢人こと、俺の輝かしい伝説を始めるのだと胸を高鳴らせて。
*****
「ご苦労だったな、ディーダ。おまえの名案のおかげで聖女は大人しくなり、新たな信徒も確保できた。これで神殿にもようやっと平和が戻る」
「お褒めの言葉ありがとうございます、お父様。私こそ、私と友人たちのために良き縁談を用意していただきありがとうございます」
上機嫌な父に褒められて私もにっこり笑った。厄介事が片付いた上に多大な利益も得られてまさに女神様の祝福に触れたようなすがすがしい気分でいっぱいだ。
3か月前、私は新たに聖女の力に目覚めたという男爵令嬢アイジェイの世話を任された。
最初は大人しく修行に励んでいたが、ある日転んで頭を打ったことをきっかけに「私は初代聖女の生まれ変わりで、歴代最高の聖女になるヒロインなのよっ!」と妄言を吐くようになり、修行を怠けて顔立ちが整っている男性神官にしつこくつきまとい、肉体でたぶらかそうとするようになった。
非常に迷惑なことに、怠けているにも関わらずアイジェイの力は強力なもので手放すことも惜しく。かといって、このまま神殿内の風紀を乱すのを放っておくわけにもいかない。
彼女の乱行に頭を痛めていると、ある時ふと天啓が降りた。
――なぜか熱心に貴族学園に行きたがっているアイジェイを使って、将来有望かつ彼女が気に入った男を捕まえさせればいい、と。
世間には秘しているが、神殿はかつて女神様が授けた神具を使って王都中に恩恵を与えている。そのため莫大な魔力を必要とする神具に魔力を注げる人材を常に欲している。
アイジェイは私の婚約者を含めた4人の高位貴族の令息たちの名前をあげて、たびたび彼らとハーレムエンドを達成するのだと意気込んでいる。
言葉の意味はわからないが、彼らならば十分な魔力を持っているし、貴族教育を受けた者として神殿の仕事に役立つだろう。一応、念を入れて調べると私も含めて婚約者とは別れても問題ない。
私はすぐにお父様に相談し、お父様も大神官様もすぐに協力してくれた。
そして、私はアイジェイを煽って4人をとりこにさせ、友だちになった彼らの婚約者たちに協力してもらって自信家の彼らが好きそうな初代聖女伝説を持ち出して彼らをその気にさせ、周りにも”彼らが自ら進んで聖女アイジェイに生涯仕えることを決めた”と広めてもらった。
仕上げに噂が充分に浸透した頃、彼らの家に十分な見返りと引き換えに、令息を聖女に仕える神官としてもらい受けたいと打診した。中には渋る家もあったが本人たちの「生涯聖女に仕えたい」という熱意に折れた。
今は聖女アイジェイと4人の令息たちは神殿の奥深くで、憧れの聖女と賢人になるための修行と称して、彼らだけの幸せな時間を楽しく過ごしている。
その蜜月がずっと続くかはこの先の彼らの努力と行いの結果次第だ。もし、失敗しても聖女が愛する国を支えるための魔力供給の贄になる。
ちなみに、学園内では彼らのことは”ただのドスケベ野郎かと思ったら、本当に伝説の賢人を目指していた信仰の人”だと語られている。彼らも彼らの家も汚名を返上できて本望だろう。
私は尊い恵みと知恵を授けてくださった女神様の像に心からの感謝の祈りを捧げた。




