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終わらぬ転落  作者: ありり
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同じ六歳、違う結末①

妻の私室は、昼下がりのやわらかな光に包まれていた。

重たいカーテンの隙間から差し込む陽光が、淡い壁紙と白いソファを柔らかく照らす。だが、その空間に流れる空気は冷え切っていた。


妻「……入りなさい」


低く、静かな声。


ノックのあと、佐川は頭を下げて入室する。

茶色のカーディガンは今日も前のボタンがすべて留められている。毛玉が浮き、袖口はわずかにほつれている。黒いスカートの裾は控えめに揺れ、42歳の背筋はきっちりと伸びていた。


妻はソファに優雅に腰掛けている。36歳。深い赤のワンピースに、首元には上品なネックレス。視線は鋭く、まるで値踏みするように佐川を見上げた。


妻「佐川」


佐川「はい、奥様」


妻「そのカーディガン……何日洗っていないの」


佐川は一瞬だけ目を伏せた。


佐川「……十日でございます」


妻「十日」


妻の口元がわずかに歪む。


妻「洗いたいとは思わなかったの?」


佐川「許可を、いただいておりませんので」


妻「そう。自分では何も決められないのね」


その言葉は軽い調子だったが、刃のように薄く鋭い。


妻はゆっくりと立ち上がり、佐川の前まで歩み寄る。近づくと、カーディガンの毛玉がよりはっきり見える。


妻「本当に……よく似合っているわ。昔、お前に仕えていた使用人が置いていったものだったわね」


佐川「……はい」


妻「持ち主と服が、今ちょうどいい立場に収まったということかしら」


佐川の喉がわずかに動く。


妻は再びソファに腰を下ろした。


妻「ところで」


静かに脚を組む。


妻「お前の元夫の話を聞きたいの。何歳年下だったのかしら」


佐川の指先が、スカートの縫い目をぎゅっと掴んだ。


佐川「……六歳、年下でございます」


妻の目が、ゆっくりと細められる。


妻「六歳」


静かな笑み。


妻「私と旦那様と同じね。旦那様は私より六歳年下」


部屋の空気が一段と重くなる。


妻「あなたは42歳。私は36歳。……あなたの元夫は、今36歳だったということ?」


佐川「……はい」


妻「ふうん」


妻は指先でネックレスに触れながら続ける。


妻「私は30歳で、会社員だった頃の後輩――今の旦那様の使用人になったわ。33歳で妻になった」


淡々と、誇らしげに。


妻「立場を上げたの。自分の手で」


そして視線をまっすぐ佐川に向ける。


妻「お前は?」


沈黙。


妻「若い夫に捨てられ、今は……私の使用人」


声は柔らかい。だが残酷だった。


妻「同じ六歳差でも、こうも違うのね」


佐川は頭を下げたまま答える。


佐川「……申し訳ございません」


妻「何に対して?」


問いは優しい響きを帯びているが、逃げ場はない。


佐川「……不甲斐ない生き方をいたしました」


妻はゆっくりと立ち上がり、佐川の顎に指をかける。

ほんのわずかに持ち上げる。


妻「若い夫を選び、支配しているつもりだった?」


佐川の目に、一瞬だけ過去がよぎる。

豪奢な屋敷。若い夫の笑顔。自分が主人だった日々。


佐川「……はい」


奥様の指が離れる。


妻「でも支配されていたのは、あなたの方だったのね」


沈黙。


妻「私は違うわ」


その一言は、確信に満ちていた。


妻「旦那様は私を選び、私は旦那様を選んだ。上下はあっても、裏切りはない」


そして静かに付け加える。


妻「お前は、選ばれなかった」


佐川の喉が震える。


佐川「……失礼いたしました」


妻「まだ話は終わっていないわ、佐川」


足を止める。


妻「お前の元夫は、最後に何と言ったの?」


呼吸が詰まる。


佐川「……私の財産がなければ、何も魅力はない、と」


妻は微笑んだ。


妻「正直な男だったのね」


残酷な沈黙。


やがて、妻は手をひらひらと振る。


妻「もういいわ。下がりなさい」


佐川は深く頭を下げる。


ドアノブに手をかけた、その背中に――


妻「佐川」


止まる。


妻「その雑巾のようなカーディガン、本当に似合っているわ」


振り返らない。


妻「今のお前に、ぴったり」


わずかな間。


佐川「……ありがとうございます、奥様」


扉が閉まる。


静かな私室に、ティーカップの触れ合う音だけが残る。

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