支配者 〜夜〜
夜のタワーマンション最上階。
大きな窓の向こうに、都会の灯りが宝石のように瞬いている。
昼間、冷たい視線で佐川を跪かせ、命令を浴びせていた女王の居室とは思えないほど、静かな空気が流れていた。
寝室の中央。
妻は濃紺のシルクのナイトウェアに身を包み、背筋を伸ばして立っている。
だがその表情は、昼間のような威圧感ではない。
夫がゆっくりと近づく。
夫「……随分と強気だったな、今日は。」
妻は一瞬だけ目を伏せる。
妻「……佐川が怠慢でしたから。躾は当然です。」
夫は小さく笑う。
その笑みには、昼間の妻と同じ種類の冷たさがあった。
夫「そうか。お前は“躾”をする側か。」
夫の手が、ベッドサイドの黒い革の首輪を持ち上げる。
金具が小さく鳴る。
妻の呼吸が、わずかに乱れる。
妻「……旦那様。」
夫は妻の後ろに立ち、髪をかき上げる。
白い首筋が露わになる。
夫「昼間、あの女に言っていたな。
“お前は私の所有物だ”と。」
低く囁く声。
妻は何も言えない。
夫「ならば確認しよう。
今夜、お前は誰の所有物だ?」
沈黙。
夫の指先が、冷たい革を首に当てる。
金具がはまる音が、静寂の中でやけに大きく響いた。
カチリ。
妻の喉が小さく上下する。
妻「……旦那様の、所有物でございます。」
夫はリードを取り付ける。
夫「声が小さい。」
妻はゆっくりと床に膝をつく。
昼間、佐川に命じたのと同じ姿勢で。
妻「……私は旦那様の所有物です。」
夫はリードを軽く引く。
首輪が締まり、妻の身体がわずかに前へ傾く。
夫「昼間は女王の顔。
夜はどうだ?」
妻は俯いたまま答える。
妻「……従順な者でございます。」
夫「従順“な者”?
お前は何だ?」
妻は唇を噛む。
妻「……奴隷、でございます。」
その言葉が部屋に落ちる。
夫は満足げに頷く。
夫「よく言えたな。」
彼は妻の顎に指をかけ、顔を上げさせる。
昼間、妻が佐川にしたのと同じ仕草。
夫「今日、佐川に何と言った?」
妻は目を逸らせない。
妻「……“跪け”と。」
夫はリードを強く引く。
夫「ならば、跪いていろ。」
妻の膝が床に沈む。
冷たい大理石の感触。
昼間、佐川が感じていたものと同じ冷たさ。
夫「面白いな。
昼は支配者。夜は被支配者。」
妻は小さく息を吐く。
妻「……旦那様のためでございます。」
夫「本当にそうか?
それとも、お前はこうして従う方が楽か?」
妻の肩が震える。
妻「……楽、などでは……」
夫「だが、お前はここで否定しない。」
沈黙。
夫はリードを緩め、妻の髪を掴む。
夫「覚えておけ。
昼間どれほど残酷でも、お前は俺の手の中だ。」
妻の目に、かすかな光が揺れる。
妻「……はい、旦那様。」
夫は彼女の耳元で囁く。
夫「明日もまた、佐川を踏みつけるのだろう?」
妻は頷く。
妻「はい。」
夫「その時、思い出せ。
今の自分の姿を。」
リードが再び引かれる。
妻は完全に頭を垂れる。
昼間の冷酷な女王の面影は消え、
そこにいるのは、ただ一人の従順な存在。
夫は最後に低く言う。
夫「昼も夜も、支配は続く。
ただ立場が入れ替わるだけだ。」
......愛している......
都会の灯りが、静かに瞬いていた。




