旦那様の嫉妬⑥ 〜妻の胸の内〜
あのとき、運転手の話を聞きながら、胸が少しだけ痛んだ。
「娘が自転車に乗れまして」
ただの世間話。
誰にでもある、温かな日常。
私は笑って聞いた。
上手に、自然に。
でも――
ほんの一瞬だけ、喉の奥が締めつけられた。
私には、まだいない。
欲しくないわけではない。
考えていないわけでもない。
検査の帰り道、夫は何も言わなかった。
責めもしなかった。
ただ、私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
その沈黙が、かえって優しかった。
だからこそ、私は余計に気にしてしまう。
私のせいかもしれない、と。
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昨日、夫が怒ったとき。
最初は、嫉妬だと思った。
私が他の男性と笑っていたから。
でも、違う。
あの目は、ただの独占ではなかった。
「子供の話はするな」
あの言葉。
怒りの裏に、別の感情があった。
守ろうとするような、
触れられたくない場所を隠すような。
もしかしたら――
私が気にしていると思ったのかもしれない。
傷つくと思ったのかもしれない。
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私は強いふりが得意だ。
社交の場では完璧な妻でいられる。
微笑みも、言葉遣いも、視線の落とし方も。
でも寝室で、
夫に「俺以外を見るな」と言われたとき。
少しだけ、安心してしまった。
ああ、この人は、
私を“足りない女”としてではなく、
“自分の妻”として見ているのだと。
子供ができなくても。
まだ結果が出なくても。
私は隣にいる。
それを確認するような、怒りだった。
⸻
私は懇願した。
「雇用は続けてください」
あれは運転手のためでもあるけれど、
本当は、自分のためだった。
この出来事が、
私の“欠けている部分”のせいだと決めつけられるのが怖かった。
夫が怒ったのは、
私が弱いからではない。
気にかけてくれたからだと、信じたかった。
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夫は不器用だ、昔から。
優しさを、優しい形で見せない。
独占という形で示す。
命令という形で包む。
でも私は知っている。
あの人は、私が検査の紙を握りしめていたとき、
何も聞かずに手を握ってくれた。
あの温度は、本物だった。
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子供の話は、確かに少し重い。
けれど、それ以上に重いのは、
「もし私が原因だったら」という想像。
それを口に出さないでくれること。
それだけで、救われている。
昨日の怒りは、怖かった。
でもその奥に、
私を傷つけたくないという感情があったと、
私は思っている。
思いたいのかもしれない。
それでも。
私は、夫......旦那様の隣にいる。
まだ、未来は白紙だ。
けれど。
この人が私を気にかけてくれている限り、
私は立っていられる。




