旦那様の嫉妬②
高層階のリビング。
大きな窓からは昼の光が差し込み、磨き上げられた大理石の床に街並みが淡く映り込んでいる。
その中央のソファに、夫は深く腰掛けていた。
脚を組み、背もたれに身体を預けながら、鋭い視線を妻へ向けている。
妻は、その前に立っていた。
豪華な赤いドレスの裾を両手で握りしめ、わずかに俯いている。
後方では、佐川が膝をつき、黙々と雑巾を滑らせていた。
だが耳は、完全に二人の会話へと向いている。
夫「……楽しそうだったな」
低く、静かな声。
妻の肩が微かに震える。
妻「申し訳ございません。ただ雑談を――」
夫「雑談?」
夫の唇が冷たく歪む。
夫「俺の運転手と、俺の車の横で、俺の妻が笑っていた」
沈黙。
夫「嫉妬させるな」
短い言葉だが、重い。
妻はすぐに膝を折った。
大理石にドレスが広がる。
妻「本当に軽率でした。どうかお許しください」
その姿を見た瞬間――
佐川の手が止まる。
......奥様が、懇願している。
......あの誇り高く、冷酷で、誰よりも上に立っていた奥様が。
妻「あの運転手は……悪くありません。どうか雇用はお続けください。私のせいです」
妻は床に手をつき、頭を下げる。
夫は立ち上がり、ゆっくりと近づく。
顎に指をかけ、無理やり顔を上げさせる。
夫「お前のせいだ」
視線が絡む。
夫「ならば、罰を受けろ」
妻の喉が上下する。
妻「……どのような罰でも」
夫「寝室に来い」
淡々と告げられる。
夫「俺を満足させるまで、出てくるな」
佐川の胸が締め付けられる。
妻は一瞬だけ目を閉じた。
妻「……はい」
その声はかすれていた。
夫は振り返る。
夫「佐川」
冷たい呼びかけ。
佐川は即座に頭を下げる。
佐川「は、はい」
夫「昼食と夕食は寝室へ運べ。ノックは一度だ。入室の許可は求めるな」
命令。
佐川「かしこまりました、旦那様」
妻が立ち上がる。
その横顔は、静かだが、どこか覚悟を決めた色を帯びている。
佐川は視線を落としながら、胸の奥でざわめきを感じていた。
――あの方が、懇願する。
――あの方が、罰を受ける。
自分には命令しか下されない。
だが妻は、愛されるからこそ罰を受ける。
その違いが、残酷だった。
寝室の扉が閉まる音が、重く響く。
リビングには、再び静寂。
佐川は雑巾を握り直す。
大理石に映る自分の姿は、小さく、薄い。
「私は……ただの使用人」
床を磨き続けながら、耳は閉ざされた寝室の方向を意識していた。
昼の光は変わらず差し込んでいる。
だが、この部屋の空気だけが、ひどく冷たかった。




