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終わらぬ転落  作者: ありり
31/82

旦那様の嫉妬②

高層階のリビング。

大きな窓からは昼の光が差し込み、磨き上げられた大理石の床に街並みが淡く映り込んでいる。


その中央のソファに、夫は深く腰掛けていた。

脚を組み、背もたれに身体を預けながら、鋭い視線を妻へ向けている。


妻は、その前に立っていた。

豪華な赤いドレスの裾を両手で握りしめ、わずかに俯いている。


後方では、佐川が膝をつき、黙々と雑巾を滑らせていた。

だが耳は、完全に二人の会話へと向いている。


夫「……楽しそうだったな」


低く、静かな声。


妻の肩が微かに震える。


妻「申し訳ございません。ただ雑談を――」


夫「雑談?」


夫の唇が冷たく歪む。


夫「俺の運転手と、俺の車の横で、俺の妻が笑っていた」


沈黙。


夫「嫉妬させるな」


短い言葉だが、重い。


妻はすぐに膝を折った。

大理石にドレスが広がる。


妻「本当に軽率でした。どうかお許しください」


その姿を見た瞬間――


佐川の手が止まる。


......奥様が、懇願している。


......あの誇り高く、冷酷で、誰よりも上に立っていた奥様が。


妻「あの運転手は……悪くありません。どうか雇用はお続けください。私のせいです」


妻は床に手をつき、頭を下げる。


夫は立ち上がり、ゆっくりと近づく。


顎に指をかけ、無理やり顔を上げさせる。


夫「お前のせいだ」


視線が絡む。


夫「ならば、罰を受けろ」


妻の喉が上下する。


妻「……どのような罰でも」


夫「寝室に来い」


淡々と告げられる。


夫「俺を満足させるまで、出てくるな」


佐川の胸が締め付けられる。


妻は一瞬だけ目を閉じた。


妻「……はい」


その声はかすれていた。


夫は振り返る。


夫「佐川」


冷たい呼びかけ。


佐川は即座に頭を下げる。


佐川「は、はい」


夫「昼食と夕食は寝室へ運べ。ノックは一度だ。入室の許可は求めるな」


命令。


佐川「かしこまりました、旦那様」


妻が立ち上がる。


その横顔は、静かだが、どこか覚悟を決めた色を帯びている。


佐川は視線を落としながら、胸の奥でざわめきを感じていた。


――あの方が、懇願する。


――あの方が、罰を受ける。


自分には命令しか下されない。

だが妻は、愛されるからこそ罰を受ける。


その違いが、残酷だった。


寝室の扉が閉まる音が、重く響く。


リビングには、再び静寂。


佐川は雑巾を握り直す。


大理石に映る自分の姿は、小さく、薄い。


「私は……ただの使用人」


床を磨き続けながら、耳は閉ざされた寝室の方向を意識していた。


昼の光は変わらず差し込んでいる。


だが、この部屋の空気だけが、ひどく冷たかった。

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