夫の胸の内
妻が使用人を雇うことを嫌がっていることは、分かっていた。
家の中に他人を入れたくない。
この空間を二人だけのものにしておきたい。
それは、彼女らしい。
だから何度か提案しては、引き下がった。
「雇おうか?」
「いらないわ」
それで終わらせてきた。
無理に押し通すほどのことではなかったからだ。
けれど、心の奥ではずっと思っていた。
もっと、二人の時間を増やしたい。
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夫婦の時間
俺は仕事で外に出る時間が長い。
家にいる時間は限られている。
その限られた時間を、
家事や雑務で削られてほしくなかった。
朝の準備。
夜の片付け。
細かな用事。
それらを誰かが担えば、
その分だけ妻と向き合える。
食事をゆっくり取れる。
ソファで並んで座れる。
何もせず、ただ同じ空間にいられる。
それが欲しかった。
贅沢ではなく、
必要な時間として。
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佐川という選択
佐川の話を聞いたとき、
正直に言えば迷った。
雇うべきか。
見捨てるべきか。
見捨てるのは簡単だ。
だがそれをしたら――
後で必ず残る。
「あのとき、何もせずに切り捨てた」
その記憶が、自分の中で澱のように残る。
俺はそれに耐えられない。
罪悪感は、後から静かに効いてくる。
だから雇う。
情ではない。
秩序を保ちつつ、生活を与える。
それが自分の選択だった。
妻が嫌がるのも知っている。
妻の中に何かが溜まることも避けたかった。
線を引けばいい。
立場を明確にすればいい。
夫婦の空間は守れる。
そう考えた。
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愛しているのは妻だけ
俺の中で、揺らぎはない。
愛しているのは妻のみ。
これからも変わらない。
佐川が美しいことは分かる。
強いことも分かる。
だが、それと感情は別だ。
心が動く場所は決まっている。
朝の「おはよう」。
帰宅時の「おかえり」。
並んで食卓につく時間。
そのすべてが、妻に結びついている。
彼女のためなら何もいとわない。
冷酷に見えようと、
誤解されようと、
彼女が安心するなら構わない。
家庭が揺らがないなら、それでいい。
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六歳差ということ
妻が時折、ぽつりと言う。
「私、あなたより六歳上だし」
俺は本気で思う、
どうでもいい。
六歳など、意味を持たない。
俺にとって大切なのは、
年齢ではなく“隣にいること”。
落ち着き。
視野の広さ。
感情に飲まれない強さ。
それは彼女の魅力だ。
若さではない。
数字でもない。
俺の人生を狭めている?
逆だ。
俺の世界を整えてくれている。
俺はそう思っている。
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本音
俺は単純だ。
守りたいものは一つ。
妻。
その笑顔。
その安心。
一緒にいる時間。
佐川は、そのための手段の一つ。
過去に縛られず、
未来に罪悪感を残さず、
今の家庭を守るための選択。
愛は揺らがない。
立場がどう変わろうと、
時間が流れようと、
俺の視線の先は、
これからも変わらない。
それだけは、確信している。




