表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

発覚

監査開始から6時間が経過していた。

時刻は午前6時。

SOCの窓の外は、まだ薄暗い。

天野は画面を見つめたまま、コーヒーを口に運ぶ。

冷めきった液体が、喉を通る。

Red-Σ の動きは、予想以上に静かだった。

ポートスキャン、認証試行、古いプロトコルの探索――

どれも、教科書通りの「攻撃者の初動」だ。

Blue-01は、その全てを「low trust」として処理している。

田所は休憩室で仮眠を取っている。


「どうせ何も起きない」

そう言い残して、向かったのは2時間前だった。

天野は一人、モニタの前に残った。

――些細なことでも報告を。

結衣の言葉が、頭の中で繰り返される。

だが、報告すべき「些細なこと」が、まだ見つからない。


いや――本当にそうだろうか?

天野は、昨夜見つけた「1秒のズレ」のログを、再び開いた。

タイムスタンプの非連続。

パッチが止まったままのサーバ。

それらは、まだそこにある。


そして今――。

画面の端に、新しいログが流れた。

「外部ホストからのアクセス試行」

天野は目を細める。

IPアドレスを確認する。

Red-Σ の管理下にあるホストではない。

「……Red-Σじゃない?」


心臓が、早鐘を打ち始める。

Blue-01 の判定は、「low trust」。

しかし――。

天野は、そのアクセス元を追った。

経路を遡る。

ログを比較する。

そして、気づいた。

このアクセスは、昨夜の「1秒のズレ」があったサーバと、同じ経路を通っている。

偶然――だろうか?

天野の指が、キーボードを叩く。

関連するログを全て抽出する。

そこには、規則的なパターンがあった。

5分おきに、同じ経路。

同じサーバ。

同じポート。

だが、そのたびに送信元が微妙に変わっている。

まるで――誰かが、足跡を消しながら歩いているようだ。

天野は立ち上がり、休憩室へ向かった。


「田所さん」

天野は、簡易ベッドで眠る田所を起こした。

「ん……どうした」

田所が目を開ける。

「これ、見てください」

天野は、自分の端末を見せた。

田所は画面を見て、眉をひそめた。

「……Red-Σのパターンじゃないな」

「はい。しかも、昨夜の1秒のズレと同じ経路です」

田所は起き上がり、SOCへ戻った。

二人は、並んでログを解析し始めた。

「5分おき……送信元が毎回変わってる」

田所が唸る。

「これは――」

「報告すべきですよね?」

天野が言うと、田所は腕を組んだ。

「……待て」

「え?」

「もし誤検知だったら、どうする?

 監査中に騒いだ、評価が下がる、と言われるぞ」

天野は言葉に詰まった。

田所の言うことも分かる。

現場の苦悩、減点主義、責任回避――。

だが。

「田所さん、でも……」

「証拠がもう少し欲しい。もう少し様子を見よう」

様子を見ている間に、攻撃が進むかもしれない。

田所は上司であり、現場のベテランだ。

だが、その判断は――本当に正しいのか?

天野は、画面を見つめた。

――些細なことでも報告を。

結衣の言葉が蘇る。

天野は、決断した。

「田所さん……僕、SI社に連絡します」

田所が顔を上げる。

「天野!」

「責任は、僕が取ります」

天野は、メッセージアプリ内のSI社のグループを開き、ログを添付した。

そして、送信ボタンを押した。

午前6時47分。

SI社のオフィスで、玲央がアラートを受け取った。

「……天野くんから?」

彼は画面を開き、添付されたログを確認する。

眉がわずかに動いた。

「結衣、これ」

結衣が隣に来る。

「……Red-Σのパターンじゃない」

「ああ。しかも、経路が不自然だ。まるで」

「意図的に、Blue-01のしきい値を下回るように調整されている」

二人は顔を見合わせた。

結衣が、すぐにSOC室へ電話をかける。

「天野さん、よく気づきました。

 今からそちらへ向かいます。

 それまで、このログを監視し続けてください」

電話を切ると、結衣は白石に指示を出した。

「ホワイトチームを待機させて。

 インシデント対応の可能性がある」

白石が頷く。

「了解しました。法務と広報にも連絡してからそっちに向かいます。」

結衣と玲央は、すぐに車へ向かった。

午前7時15分。

SOCに、結衣と玲央が到着した。

天野は立ち上がり、彼らを迎える。

田所も、複雑な表情で隣に立っていた。

「お疲れ様です。これが、気になったログです」

玲央が画面を覗き込む。

「……なるほど。これは巧妙だ」

結衣が、Red-Σの管理画面を開く。

「Red-Σの動きと、このアクセスを時系列で並べてみましょう」

四人は、ログを並べた。

そして――気づいた。

Red-Σが探索を始めると、必ずその直後に「外部からのアクセス」が混ざり込んでいる。

まるで、Red-Σの影に隠れるように。

「これは……」

天野が息を呑む。

「攻撃者が、監査を利用している」

結衣が頷いた。

「おそらく、事前にこの企業の監査スケジュールを把握していた。

 そして、Red-Σの動きに紛れて侵入しようとしている」

玲央が、さらにログを掘り下げる。

「問題は、どこまで入られているか、だ」

彼の指が、ある一点を指す。

「このサーバ。昨夜、パッチが止まっていたやつだ」

天野が画面を切り替える。

「はい。ここです」

玲央が、そのサーバのアクセスログを開く。

そして――凍りついた。

「……やられてる」

画面には、管理者権限での不正ログインの痕跡があった。

しかも、それは12時間前――監査開始の直前に行われていた。

結衣が即座に判断を下す。

「Red-Σを停止します。

 今は、攻撃の隠れ蓑になっている」

玲央が頷く。

「代わりに、Red-Σをログ比較ツールとして使おう。

 正常な探索パターンと、実際のアクセスログを照合すれば、

 攻撃者の足跡が浮き上がる」

天野は、二人のやり取りを見ながら、自分の役割を探した。

「僕は、何をすればいいですか?」

結衣が振り返る。

「このサーバから、どこへアクセスが広がっているか追ってください。

 攻撃者は、必ず横移動しているはずです」

天野は頷き、ログの解析を始めた。

午前8時。

会議室では、緊急ミーティングが開かれていた。

役員の黒川が、苛立った声を上げる。

「監査中に、本物の攻撃?

 それは、そちらの管理不足ではないのか?」

結衣は、冷静に答えた。

「攻撃者は、監査のタイミングを狙って侵入しています。

 これは、御社のセキュリティ体制そのものへの攻撃です」

黒川が腕を組む。

「それで、どうするつもりだ?

 業務を止めるのか?」

「外部通信の一部を遮断する必要があります」

黒川の顔色が、一瞬変わった。

「それは…困る」

その言い方には、業務への懸念以上の、

何か別の焦りが混じっていた。

結衣は、資料を開いた。

「攻撃者が狙っているのは、「sector-4」と言われているところです。

 ここには、基幹システムと顧客データが集中しているかと…」

黒川は焦ったように語った。

「だからといって、全てを止めるわけにはいかない。

 工場などとの通信が途絶えれば、生産ラインが止まる」

玲央が静かに口を開いた。

「攻撃者は、監査のタイミングを正確に把握していました」

結衣が続ける。

「監査スケジュールは、社内の限られた人間しか知らないはずです」

黒川が、わずかに目を逸らした。

「…わかったわかった…そんなことより、早く遮断してくれ」

結衣は、その様子を静かに観察していた。

その時、天野が会議室に駆け込んできた。

「すみません!

 攻撃者の経路、特定できました」

玲央が画面を受け取る。

「……これは」

天野が息を整えながら説明する。

「攻撃者は、古いVPN経路を使っています。

 これ、5年前に廃止されたはずの経路です」

玲央が画面を拡大する。

「なるほど。設定ファイルには残っていたが、

 誰も使っていないから気づかれなかった」

結衣が黒川を見る。

「この経路だけを遮断すれば、業務への影響は最小限です」

黒川が渋い顔をする。

「……本当に、それで止まるのか?」

「保証はできません。

 しかし、今動かなければ、sector-4が陥落します」

黒川は、しばらく沈黙した。

そして――。

「分かった。やれ」

結衣が頷く。

「天野さん、この経路を今すぐ遮断してください」

天野は、SOC室へ走った。

午前8時32分。

天野は、ネットワーク設定画面を開いた。

別のメンバーは確認用として連続疎通確認をしていた。

手が震える。

この操作を間違えれば、全てのシステムが止まるかもしれない。

不安がよぎった時天野は、結衣の言葉を思い出した。

「初動がすべて」

指が、流れるようにキーボードを叩く。

古いVPN経路のルールを削除。

指差し確認をし、田所のチェックを行った後、適用ボタンを押す。

画面が、一瞬フリーズした。


「天野さん、遮断を確認しました」

天野はそれを聞き、田所と玲央に報告した。

玲央が、Red-Σのログ比較結果を確認する。

「……止まった。横移動が停止している」

会議室にいた結衣はそれを聞き、深く息を吐いた。

「sector-4は守られました」

会議室に、静かな安堵が広がった。

だが――。

玲央が、厳しい表情で言った。

「これで終わりではありません。

 攻撃者は、すでに一部のデータにアクセスしている。

 ここから先は、証拠保全とインシデント対応になります。」

白石が立ち上がる。

「私が、法務と監督官庁への報告を準備します」

他の役員が協力を示している中、黒川だけは顔を伏せたまま。

「……こんなことになるとは」

役員の一人が呟く中、結衣が、静かに言った。

「これが、現代「戦争」の一つです。

厄介なのは、何も前触れもなく一気に攻撃が掛かることです。」

会議が終わり、SOC室前にある自販機前に立つ田所と天野。

田所は複雑な表情だった。

「……やってくれたよ、天野」

天野は、謝罪の言葉を探したが、田所が手を上げた。

「謝るな。お前の判断は正しかった。

 俺が、決断できなかっただけ。」

田所は、コーヒーを啜る。

「ただな――これから先、缶詰になるぞ。

 解決まで、家には帰れないと思え。

 フォローはできるだけするが……覚悟しとけよ」

天野は、頷いた。

その言葉通り、天野がSOCを出られたのは、

出社してから4日後のことだった。

午前9時。

48時間の攻防戦は、まだ半分も終わっていない。

だが、最初の危機は去った。

天野は、コーヒーを一口飲んだ。

今度は、温かかった。

そして、思った。

自分は、何かを守れたのだろうか?

それとも、ただ運が良かっただけなのか?

答えは、まだ分からない。

ただ一つ、確かなことがある。

この戦場に、音はない。

だが、確かに――戦いは、続いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ