上杉謙介(23) の場合 デビュー1日目
朝8時。
出勤すると、室長からみんなに
正職員初日の挨拶をするように言われた。
すごく緊張したが僕のへったくそな喋りにも
先輩職員たちは温かい拍手をくれた。
その後すぐにミーティングに入り
僕の初めての担当患者が決まった。
「上杉君、頑張り過ぎないでね。
迷うことがあったらいつでも相談して。
患者さんはみんな違ってて、私だって今でも毎日が勉強なんだから」
僕を8か月間指導してくれた、190㎝の大男
優しくて仕事のできる、でもちょっとオカマっぽい
ベテラン介護士 前田さんにそう言われ
肩の重さが少しだけ楽になった。
緊張しながら担当する部屋のドアを静かに開ける。
「おはようございます。
きょうからお世話させていただく上杉と申します。
至らない事も多いと思いますが、
頑張りますのでよろしくお願いいたします。」
部屋に入りそう挨拶すると、
車いすに乗ってテレビを見ていた男性は振り返りもせず、
軽く頭を下げた。
気難しい人なのかな。
やだなあ。
ってなんで お母さんと一緒 見てんの?
そーとーいっちゃってるのか?
やだなー。
衣類の整理をしてる人は娘さんなのかな。
えらく派手なんですけど。
金色ショートカットの髪の毛が
キンシコウ(茶髪の猿)そっくり。
あーやだ。
「ちょっと上杉くんいいかしら?」
僕がどうしていいか分からずつっ立っていると
入り口で様子を見ていた前田さんが手招きした。
「あのね、嫌だなって今 思ってたでしょ。
顏は笑ってても、そういうの患者さんには
不思議と伝わっちゃうものなのよ。
上杉君おじいちゃんいるでしょ?
自分のおじいちゃんと思って話しかけてみて」
「そうなんですね。脳内変換やってみます」
とは言ったものの、僕には父方の祖父 一人しかいない。
しかも昔、学校の校長をしていたものだから
筋金入りの頑固ジジイだ。
たしか今年で80歳になるはずだが
僕はこのジジイに怒られた記憶しかない。
鬼の形相で丸めた新聞紙を持って追いかけてきた姿は
今でも脳裏に焼き付いている。
仕返ししてやりたいくらいだ。
あ、そーだ ばーちゃんに修正しよう。
ばーちゃんは穏やかでいつも内緒で小遣いくれたもんな。
「ご気分は如何ですか?
お疲れでなければ僕がお連れしますので、
施設のご案内いたしますよ。」
男性がやっと振り向いてくれた。
僕と「青木慶吉」さんとの初めての対面である。
青木さんは来月の誕生日がくると78歳になる、ビミョーなお年頃だ。
今夏、外で転び腰の骨を折り入院加療。
そののちリハビリの為 施設を転々とするも
捗々しい回復がみられず、
このエデンの園に2週間の期限付きで入院してきた。
高齢者を多く見ていてつくづく実感するのは、
年齢はただの数字に過ぎないってことだ。
特に80前後のお年寄り達は驚く程に個人差がある。
僕の知っているなかで一番元気なのは、
時々デイサービスに来る大久保和彦さんだろう。
80歳なのに週に2回テニスに通い、
ジムでは1時間たっぷりスイミング、
週末はダンス教室の講師をしていて、
しかも生徒さんにモテモテらしい。
生徒さんと言っても殆どがシニア、つまりババなので
ぜえーんぜん羨ましくはないけど。
確かに大久保さんは老人くさくなく、お洒落で男前だ。
僕もこんな風に年を取れたらいいなとは思う。
青木さんは丸顔の小柄な人で、頭髪は薄く、耳も遠いようだ。
カルテを見ると、だいたいの事は理解できるとある。
「お父さん、どうせ暇なんだから、連れてってもらったら?
私ここ片づけておくから」
娘さんにそういわれると青木さんは
「ほが」
と言い、僕をみてニタッと笑った。
車いすをゆっくり押しながら僕は院内を説明しながら巡った。
青木さんは見ているんだか、聞いてるんだか、解ってるんだか、
判明しないリアクションしか返してくれない。
僕の経験不足からだろうか、ほんとのところが読めない。
30分程 院内散歩をし病室に戻ると、
キンシコウがスマホを見ながらバナナを食べていた。
それを見た青木さんは
「けろけろ」(多分 頂戴という意味 カエルか 笑)
と手を出したが、娘さんは
「お父さんは、糖尿病なんだからダメに決まっとろうが!」
と けっこうマジで怒った。
しょぼんとした青木さんを見て
僕は少し可哀想になった。
バナナの匂いが充満した部屋で、
二人にこれからのプランを話す。
エデンの園は比較的自由度の高い施設で
担当制になっている。
わかりやすく言えば僕が2週間の間
青木さんのサーバントとなるわけだ。
娘さんは熱心に説明を聞いていたが、
当の本人はと見ると最新型のベットが気に入ったらしく、
盛んにリモコンをいじくりまわすものだから
ベットに横座りしているキンシコウが
上がったり下がったり倒れたり。
ヘタなお笑い芸人よりよっぽど面白かった。
そうして僕のデビュー一日目が終わった。
お待ちかね(ごく一部の方たち?笑)
青木老人の再登場です
大活躍を乞うご期待