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源 政子(24)の場合 その4

息苦しくも、しかし平穏な暮らしは

ある日 外部圧力によってもろくも崩れ去った。

その知らせは例の ひよこストアでの

鶏ガラ御婦人情報網によってもたらされた。


美麗の懐妊

つまり獅子舞の孫が生まれるのである。


美麗はあたしより半年早く、平家へ嫁に来た。

平の息子がどんなヤツかは知らないが、

この女を妊娠させるとはまことにあっぱれ。

あたしが男だったら〇ンコ勃たない自信ある。


さあ大変。

負けず嫌いの義母は猛烈なプレッシャーをかけてきた。


「私も孫の顏を見たいわあ」

「源家の跡取りを早く生んで頂戴」

「スッポンドリンク買って来たわ、息子に飲ませて」

「一度ふたりでちゃんと検査受けてきたらいいんじゃない?」

「政子ちゃん、きょうからこれ着けてね」

って、おい!腹巻だと?

今8月ですが。

このクソ暑い季節に純毛の腹巻なんてしてたら

発酵しちまうべさ。

茨城出身なだけに、水戸納豆は如何ってか?


仕方がない・・・そろそろピルは止めるか。

あたしはもともと生理がキツく、

医者から勧められてピルを飲んでいた。

まだ若いし子供はもっと先でもいいかなって

夫とも話していたんだけど

こう連日責められるのはさすがに勘弁だ。

しゃーない、解禁すっか。


・・・夫は腕利きのスナイパーだった。

一発必中。

解禁した途端、月のモノはぴったりと来なくなった。

これにはあたしも夫もびっくり。

なかなかできなくて苦労するもんだと覚悟してたから。


義父と義母は、狂喜乱舞し、

まだ見ぬ孫の名前を決めたり

ベビー服やおもちゃを買い漁った。

ま、勝手に盛り上がってるんだから、好きにさせておこう。

あたしは心が広いのだ。


お腹が大きくなるにつれ、

出かけた先々で声を掛けられることが多くなった。

特に、スーパーの中では先輩女性から優しい言葉を貰い、

なんだか漸く地元に馴染めてきたような気分になった。


妊娠初期からつわりが酷く

食事の支度が苦痛になったあたしは、

ちょくちょくひよこストアのお惣菜に助けられていた。

そこでよく会う上品な感じのマダムがいる。

義母とは違い、ちょっとふっくらして柔和な顔は仏様みたい。

アルカイックスマイルって言うのかな。

あたしもあんな齢の取り方してみたい。

絶対無理ゲーだけどw


「あら、お腹、、、赤ちゃんできたのね。おめでとうございます。

楽しみねぇ。体だいじにね」


「いつも頑張って偉いわぁ。

あなたを見ていると私も元気になるのよ。ありがとう」


「キレイなお母さんだから、赤ちゃんきっと可愛いわ。

生まれたら私にもご挨拶させてね。きっとよ」


あたしを見つけるといつも穏やかに話かけてくれる。

名前も知らないこのマダムに会うのが、

だんだん楽しみになってきた。


その日は朝から雪がちらつく寒い日だった。

あたしはでかい腹を抱えながら、

運動代わりに歩いてひよこストアに行った。

安定期に入ってからは、つわりもだいぶ軽くなり

食事もちゃんと食べられるようになったので

腹は重いが体は楽になっていた。


一通りの買い物を済ませ、レジに向かうと、数歩先にマダム発見。

あれ?なんか足元がおぼつかない感じで

顔色もあまり良くない。

声をかけようとしたその時だ。

崩れ落ちるようにマダムが倒れた。

え?え!あたしはただただびっくりしてしまって、

自分がどう動けばいいのか判断がつかなかった。

倒れたマダムの足元にできた水溜りがだんだん大きくなってくる。


「失禁だわ!この人を動かさないで!そこの半額クン、

救急車呼んで!早く!店長!店長!AED持ってきて」


レジ打ちをしていたおばさん店員がすばやく回り込み、

指示を出す。

あたしは肩にかけていたショールをマダムの腰に掛けた。

たとえ意識がなくてもマダムに恥ずかしい思いをさせたくなかったから。


「そこの妊婦さん。危ないから離れて。

はい、いきます、1・2・3・4・5・6・7・8」


呼吸を確認し、心臓マッサージをしている。

なかなかマダムの心拍は再開しないようだ。

店長らしき男が転びそうになりながらAEDを持ってきた。


「半額クン!心マ代わって頂戴。除細の用意するから」


半額と呼ばれた青年はおばさん店員と交替した。

(なんで半額?)

AEDの現場をリアルで目撃したのは初めて。

テレビでは見た事あったけど、実際に目の前でみると

あまりの緊迫感に圧倒された。

お腹の子も興奮して、すごい勢いで蹴ってくるので

将来サッカー選手にしようと思った。

て こんな時にナニ考えてんだあたし。


何度目かのショックの時 

ふぅーとマダムが深い息を漏らした

と同時に、救急車が店の前に到着


「よし!心拍再開。あとは救急隊に任せましょ。

頑張ったね半額」


おばさん店員は救急隊員に的確に状況を説明し、

てきぱきと後始末をした。

やるな おぬし何者?


その晩、あたしは大興奮で夫にきょうの出来事を報告した。


「まーちゃんは、いろんな事拾ってくるんだね。

ほんと飽きさせない人だ」


いやいやそれ程でも。

もっと隠し玉いっぱいあるんだけど、

それはおいおい。むふふ。


それにしてもマダムはその後どうなったんだろう。

救命措置が早かったから命は助かったんだろうと思いたい。


店でマダムに会えなくなってもうだいぶ経つ。

その間あたしは無事に息子を産み、お母さんになった。

子供を持って初めて、

他人の子も大切に思えるようになった。

(今までは子供うぜーーー、こっちくんな と思ってました、反省)

年を取ったらマダムみたいに

年下の者みんなに優しくなれるものなのかもしれない。

愛ってほんと偉大。


今度ひよこストアに行ったら

マダムの事聞いてみようかな。

だって約束してたから。赤ちゃん見せるって。


源家 その後


出産はかなりの難産だったが

ヤンキー仕込みの気合で乗り切った。

4000グラムを超えるでかい息子。

源家の跡取りが生まれ、

義父と義母は舞い上がった。

ライバル平家の獅子舞の孫が女の子だったから

勝負に勝った気分らしい。


息子の綱(つな・夫の切望でこうなった。

酒呑童子の腕を切り落とした渡辺綱にあやかった)

は名前の通り、飛びぬけて活発な子だった。

ハイハイのスピードは、ゴキブリかと思う程の速さ。

10か月を過ぎると伝い歩きを始め、一歳前にはもう外で走っていた。

初めのうちは義両親も初孫を近所に見せびらかしたり、

公園へ連れて行ったりしてたけど

だんだん綱の運動量についていけなくなった。


「誰に似たのかしら、、、元気過ぎて年寄りには無理だわ」


はいはい。どうせ嫁のせいなんでしょうよ。

でも色白で目がぱっちりで可愛いのも

あたしのお陰だかんな。


その後も源家の人口は順調に増え続けた。

一年経たないうちに、綱に弟が生まれ、

女の子が欲しかったあたしはまた妊娠。

それが双子だった。

しかも男・男

流石に義両親も、もう勘弁してと言った。

あたしだって、正直たくさん。


四人全員が高レベルアクティブ童子

源頼光四天王かっつー勢い。

あっ!ひょっとして夫の策略だったのだろうか。


四天王は母屋の伊万里の壺でドングリを熟成させ虫を孵化させたり

爺の尺八をライトセーバーに見立て、婆のロングドレスを纏い

スターウォーズごっこをしたり、

庭を勝手にアスレチックフィールドにし四人で鍛え回るので、

婆の花壇も爺の盆栽も滅茶苦茶。

先日は、嫌がる爺を綱が無理やり馬に仕立て、

いきなりまたがったものだから

ひ弱な爺はギックリ腰になり、救急車騒ぎになった。


町内では上流気取りだった源家だったのに、

童子の喧嘩、あたしの怒鳴り声

婆の悲鳴が毎日のように響き渡り、まるで応仁の乱状態。

男の子を育てるのがこんなに大変だったとは。


日に日にあたしの化けの皮は剥がれ、

それと反比例するように

義両親との力関係が逆転していった。

母は強し×4のあたしは無双。

もう何も怖いものはない。


公園の砂場で、双子たちに頭から砂をかけられながら

薄ら笑いを浮かべるあたしを見て、

近所のママ友は誰も逆らわなくなった。

美麗もしっかりあたしのパシリに励んでいる。


源の天下は近い。



小夜子さんと政子さん

ふたりの約束はいつか叶うのでしょうか

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