源 政子(24)の場合 その2
あたしは頭の低い位置で髪を一つに縛る。
勿論黒ゴム。シュシュなんかはご法度だ。
服はUNIQLOで買ったグレーのトレーナーと黒のロングスカート。
アイメイクなんてとんでもない。
もともと派手な顔つきだし、
背も高いので嫌でも目立っちゃうのだ。
唇にはリップクリームだけ。
さあ いざ出陣!
・・・と玄関を出たら、やっぱり待ち伏せをかけられてた。
出たな!鶏ガラばばあ。
じゃなかった
「お義母さん、おはようございます」
「おはよう、政子ちゃん。きょうは早いのねえ」
あったりめーじゃん。
あんたに会わないように、こちとら超特急で家事終わらせたんだ。
なのに負けるなんて。
おめーは日の出とともに起きてんのか?
本当にニワトリか?
あたしは一気にテンションが下がった。
「何してるの?行くわよ政子ちゃん」
最悪なマーケットツーリングの開幕である。
週に3回はこの絶対に断れない修行の旅に誘われる。
ぶぼぼぼ・・・ブスブス・・・
型落ちのほぼクラシックカーのようなベンツのエンジン音。
助手席に座らされ、あたしは引きつった笑顔で
鶏ガラの面白くもない話に適当に相槌を打つ。
この車は義父の愛車で、もう15年乗っているそうだ。
型は古いが、義父が我が子のように手入れをしているので、
見た目はピカピカ。
毎週末、2時間もかけて磨き込んでいる。
ナンバープレートをガーゼで撫でているのを見た時には
驚きを通り越し、コワイと思った。
義父にとってベンツが何よりのステータスなのだろう。
実家で税金対策の為に買ったランボルギーニとポルシェが、
堆肥まみれになって物置に放置されてるなんて口が裂けても言えない・・・
「政子ちゃん、きょうはひよこストアに行きましょ。チラシ入ってたものね」
「あ、そうなんですね。チラシ気づきませんでした。流石お母様!」
っちっ!
あーービンボーくせー。
だいたい150円のものを130円で買って
その20円でどんだけ生活助かるんだよ。
てか、あんたが安いからっていっぱい買って、
腐らせて捨ててんのあたし知ってんだかんな。
義母は店に入ると必ず真っ先に見切り品コーナーへ行く。
実家の母は、見切り品を買うようになったら人として終わり。
みっともないから絶対そんなの買っちゃダメ、という方針だった。
これもどうかとは思うが、この見切り品が毎回悩みの種になる。
「政子ちゃん、バナナが半額になってるわ!10本で200円だって。
食べるでしょ。
ほらこの30%引きのヨーグルトと一緒に、買ってあげるからどう?」
はあ?二人暮らしなのにバナナ10本って、
あたしらゴリラの化身ですか?
だいたいそんな全身打撲に遭ったみたいな黒バナナ
不気味なんですけど。
「あ、たしかバナナもヨーグルトも買い置きがあった筈なので、
きょうは大丈夫です」
「あらそう・・・」
義母は心底残念そうな顔をした。
「あっ!」
ひぃー!またなんか見つけたのかよー 泣
「政子ちゃん、このケーキ100円引きだって!チャンスよ」
「すみません、最近少し太っちゃって・・・
ダイエットしなきゃなーって(ニッコリ)」
なんでこの政子さまが、腐る寸前のケーキを食わなくちゃなんねーんだよ。
だいたいスーパーで売ってるケーキなんて、駄菓子みたいな地位だかんな。
「あらそう。そうね。政子ちゃん太りやすいタイプだものね」
ぐっそー!痩せてりゃいいってもんじゃねーだろ。
本人はスタイル抜群だと思ってるらしいが
あんたみたいに60過ぎてからガリガリだと、
鶏ガラにしか見えねーから。
なんならケンタッキー食い終わった後の残骸だから。
はあー ムカつく。
「あらぁ、源さんじゃありませんの。お久しぶりですわねえ。
まあ、そちらお嫁さん?初めまして。
ワタクシ婦人会会長の平と申します。
これからお若い方にも活躍して戴きたいから
是非ともお見知りおきくださいね」
敵襲! 敵襲!
この手のニ・ン・ゲ・ン には気をつけろ。
「あら、会長さんこんにちは。
そう言えばご挨拶が遅れてしまいましたわね。ごめんなさい。
嫁の政子です。気の利かない子ですけど、宜しくお願いします。」
ご心配なく。
気は利かないかもしれないけど、気の強さは一流ですので!
婦人会長の平というオバハンはむしろオジサンだった。
身の丈6尺(約180㎝あえて六尺と言わせてw)
はあろうかと思うほどの大女で骨太
浅黒くえらの張った顏に太い眉、
眼光は鋭くまるで狛犬のような顔つき。
よし、きょうから君を「獅子舞」と呼ばせてもらおう。
「初めまして、政子と申します。嫁いだばかりで何もわかりませんが
皆さんのご迷惑にならないよう頑張りますので、お勉強させてください」
あたしはそう言って深々と頭を下げた。
ヤンキー時代は抑え込まれても頭なんて絶対に下げなかったけど
源政子になってからは、平気でなんでもできちゃうから不思議。
これが愛の力?
「あら、よくできたお嫁さんで源さんもお幸せねえ。
農家のご出身だと聞いていたけど、色白でお綺麗でいらっしゃるし。」
はあ?なにかい。農家の者は皆ゴボウのように色黒とでも?
でもって、ドブスだとでも?
これには鶏ガラもカチンときたらしく、
「平さんのお嫁さんと違って、国立大出ではないんですけれど
ミッションスクールの学生だった頃には
テレビからちょくちょく声がかかっていたらしいんですのよ」
いいぞ!もっとやれ。
ちょくちょくではないけど、JRの茨城キャンペーンや
ミス干し芋とかには選ばれましたです。はい。
「まあ!見た目と違って派手好きなんですのねぇ。
研究所に居たうちの嫁とは正反対ですわ」
といわれて初めて、
獅子舞の陰にカートにしがみつく
奥眼の小柄な女が居たのに気づいた。
見るからにコミュ障っぽいその女は
上目遣いでぴょこんと頭を下げた。
「政子さん、解らない事があったら美麗に聞いてね。
若い人同士のほうが気が合うでしょうし」
ミレイ!?
また何とすんばらしい名前。
あーあこの人の親もやっちゃったな。
あたしと同様、名前できっと苦労しただろうなー。
わかるよー。
獅子舞と別れたあと、義母はめっちゃ機嫌がよくなって
ひよこストアのリブロースとんかつを買ってくれた。
あたしは心の中でガッツポーズをした。
この店の総菜は近隣スーパーの中では群を抜いて旨い。
特価シールや割引シールの無い商品を買ってくれるなんてめったにない。
あたしの振る舞いと容姿が、獅子舞の嫁に勝ったのが
そーとー嬉しかったらしい。
よくやった、政子!
今夜の夕食は夫の大好物、リブカツ丼で決まりだっぺよ。