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源 政子(24)の場合

昭和な名前だけど、あたしはまだ24歳。


れっきとした人妻。

しかも夫はエリート官僚。

都内へは電車で30分で行けるので、

この地方都市の住み心地には満足してる。

結婚と同時に義親に家も建てて貰った。

小さいけど。

何不自由ない専業主婦の生活をさせてくれてる夫には感謝してる。

一点だけ除けば。

そう、よくある話・・・近すぎだっぺよ!親との距離!

そもそも義親と同じ敷地内にあたし達の新居を建てたのが大間違いだったのだ。

家を建てる話が出た時に、私の両親は

「金ならいくらでも出す」

って言ってくれたけど

夫のメンツがあるって断った。

結果、東武ワールドスクウェアかって感じの新居が完成。

義両親はもんのすごく恩にきせるので、

あたしは目に涙を浮かべ嬉しさと感謝を表現した。

自分でもなかなかの女優っぷりだと思っている。

そう、結婚してからこっち、

あたしはずーーーっといい嫁を演じている。


夫と出会ったのは3年前。

あたしの地元 茨城県の農業祭だった。

農協職員代表としてイベントガールをしていたあたしに

農水省の視察団として来た夫が一目ぼれ。


勿論あたしだって夫を愛してる。

それまでのあたしの周りでは見た事無いようなスマートな仕草。

知的な話題。

美術館や博物館でのデート。

都内のお洒落なホテルでのディナー。

そのひとつひとつが どストライクでびゅんびゅん刺さったわけで。

それは今でも変わらない。

お雛様のような綺麗な肌をした夫の顔を見る度

今でもドキドキする。


地元でつるんでいたタバコくさい仲間との会話なんて

ゲームガチャがどうだとか、

食い放題はどこが一番得だとか、

どこそこのコンビニが深夜集会に向いてるとか、

ドンキの服が安くてイケてるとかそんなんばっかり。

食事だって、がきんちょが走り回る居酒屋で

飲み放題とせいぜい焼き鳥のサービスセット。

同じ日本かと思っちゃう。


とにかく何としてもモノにしたかったので、

映画が趣味な夫に話を合わせる為に

Vシネマしか見た事がなかったあたしは

所謂 名画と言われるものを借りまくったり、

大好きな永ちゃんのシャウトは封印し、

ショパンやシューベルトを聞いたりした。

ケツがすんげーもぞもぞしたけど。

勿論、化粧もファッションも夫好みのものに変えた。

なぜそんなに焦ってたかって?

まあ、正直言うと早く結婚して苗字を変えたかったってこともある。

なぜならあたしの旧姓は北条。

坂東武者の末裔だと信じて疑わない父が、

周囲の反対を押し切って

勝手に「政子」と役所に届けてしまった。

小さい頃は何とも思わなかったが、

学校で日本史を学ぶようになってから

あたしはこの大それた名前がだんだん負担になってきた。

北条政子って・・・そんでグレてやった 笑

父を恨んだ時期もあったが、

暴走族になってからはかえってにらみが効いた。


そんなこんなで必死なあたしは短期決戦にみごと勝利し

結婚にこぎつけた。


結婚式は都内の某超有名式場、〇山荘。

源家の出席者は役人とか義父の関係で銀行員とか

お堅い方々ばっかだったけど

あたしのほうは、かなりヤバめ。

まさにカオス!

父の職業はメロン農家なので、

近所の農家のおっさん達やら

専門農協の組合員やら

青果市場のセリ人

どう見ても普通の素人ではないし

母は踊りのお師匠さんをしているので、

ちょっとした芸能人や花柳界のお姉さん達で

とっても華やか。

あとは私のダチ。

出席者を厳選したつもりだったけど、

全員想定をはるかに超えた人物達だった。


東京での豪華結婚式と聞き、

農協のおっさん達は三つ揃いのスーツを着用したまでは良かったが、

全員が真っ黒スーツに色とりどりのど派手なネクタイ+フェルトハット

まるでヤーさんの集団だ。

サングラスくらいは外せってーの。

麻生太郎じゃあるまいし。

東京駅ではモーゼの十戒ばりに人混みが割れたそうだ。

まあ当然だろう。


セリ人もこんな場所での出席は初体験だったらしく、

貸衣装屋で借りたという気合の入った衣装はまるで演歌歌手、

というか、ほとんどマツケン。

余興か?踊るつもりなのか?

それとも夢グループ?


母方のほうも負けず劣らず、超派手。

盛装した梅沢富美男がいっぱいいる感じ、

とでも言えば解って貰えるかな。


あたしのダチは、、、

流石にネットで調べてきたらしく、

キンシコウばりの金髪も黒めの色に染め直し

服装もまあまあ無難なものだった。

私のしつけの賜物だ。

と思ったら、奴ら愛車で来たらしく

式場の駐車場でイタ車やデコトラ、ハーレーがかなり悪目立ちし、

都内のお上品な方達の度肝を抜いていた。


料理に関しては、私が事前に式場側に箸を用意してもらえるよう頼んでおいた。

初めのうちこそおっさん達も緊張して

順番に運ばれてくる料理をおとなしく食べていたが

アルコールがまわってくるにつれ、


「皿ばっかでけえのな」


「ちょびっとずつで食った気しねえ」


「なんだべ この‘し’とか‘ん’て皿さ書いてあんのは。

アートってか。がははは」


「パンは食い放題なんだど。

ナイロン袋持ってきたから孫の土産に貰ってってもええべか」


「メロンさ しょっぺぇハムのっけるなんて

東京の人らはハイカラなごど考えるもんだな」


挙句の果ては、食べ終わったフォアグラの皿を持っていって

ボーイにお代わりをせがむおやじまで出る始末。

テーブルの上はバッタが通過した後のようだ。

よっぽど旨かったんだろう。


あたしは気が気じゃなかったけど、

どうせ両家、お互い一生出会う事のないメンバーだと思ったら

途中からどうでもよくなった。

かえって話のタネになるかもね。

でも組合長が酔ってステテコ一枚になり、

踊りながらステージに立った時には

さすがに会場係が別室に連行していった。

小柄な男が正装したスタッフに両脇を支えられ、退場する姿は

ロズウェル事件の宇宙人そっくりで笑いをこらえるのに苦労した。


それでも式は滞りなく進み、私達がお色直しをする度に

会場はため息と祝福に包まれ、

※自分で言うのもなんだが 母似のあたしはかなりイケてるほうです

そしてメインの親への花束贈呈の時が遂にやってきた。

あたしはこれが結婚式最大のハードルだと思っていた。

情に脆い父の事だ。

絶対に号泣する。

平家蟹みたいな顔をした父の無様な泣き顔など見たくない。

会場のライトが落とされ、四人の両親にスポットライトが当てられた。

ヤバい、父の目はもうすでにウルウルしている。

やだなぁ・・・と思った刹那、

おぉーんおんおんの声と共に

義父が大量の涙と鼻水をまき散らしながら

泣き出してしまった。

え?!こっち?!

花嫁が泣くのは普通。

花嫁の親が泣くのも普通。

花婿の母が泣くのも、まあまあ解る。

だが義父、おまえが大泣きするのはだめだろう。

あまりの泣きっぷりに、私の父も呆気に取られ

出かかった涙も引っ込んでしまったようだ。

夫もびっくりして、花束を両親に叩き付けるように渡すと

さっさと一礼し、無かった事にってのが態度に出てた。

(後から聞いたが、義父は異様に涙もろいらしく、

ドラマを見ては泣き、本を読んでは泣き

挙句はお頭のついた魚まで、目が合う、可哀そうだと食べられないんだそう)

もの凄く白けた花束贈呈だったが、

会場の司会者が上手くフォローしてくれたし

平家蟹の号泣が避けられたのは何よりラッキーだった。


そして楽しい新婚旅行。

となる筈だったが、残念なことに農水省大臣の連続不祥事のせいで

省内はめちゃくちゃ。

ハネムーンはお預けとなった。

取り敢えず二人で箱根温泉で一泊してきたが、

私的にはもうこれでいいかなって思ってる。

だって、源家には内緒だけど家族旅行で海外の殆どの国に行ってるから

ちょっと飽きてるし。

箱根で満足してる私を義母は、

質素で控えめな良いお嫁さんが来たと

近所で自慢しているらしいし。


そんな感じで、滑り出しは絶好調。

愛する夫を朝のチューで送り出した後は全て私の時間。

家事は得意なので苦にならない。

ささっと済ませ、買い物にでも行こうかな。


でも実はこれが一番の難しいミッションな訳で・・・

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