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第7話 置いていった紙袋の中身

「……紫呉(しぐれ)さんって、ちゃんと敬語使えたんですね」


 田中(たなか)を見送ったあと、(みなと)が店内に戻りながら、思わず(ひと)(ごと)のように零す。


 すると、それをすぐに聞きつけた紫呉は腕を組んで、湊を威嚇(いかく)するように(にら)んだ。


「ああ? 俺はこれでも一年前まで中学で国語の先生やってたんだぞ。あと、陸上部の副顧問。お前と違ってれっきとした社会人なんだからな」


 なぜか威張りながら、大きく胸を張る。

 まるで子供のような態度の紫呉だが、湊が注目したのはそこではない。話した内容だ。


「え、ちょ、紫呉さんが中学校の先生!? 今日ってエイプリルフールじゃないですよね!?」


 意外すぎる紫呉の過去に、湊は慌ててカレンダーを探し始めようとする。

 しかし、紫呉はそんな湊の腕をしっかりと(つか)んで引き留めた。


「お前、ずいぶんといい度胸してんなぁ」

「だから、そういうところが先生には見えないんですよ!」


 さらに(すご)んでくる紫呉に、湊は精一杯の訴えをぶつける。だが紫呉はそれに構うことなく、あっさりと話を切り替えた。


「まあ、今日は特別に許してやるからちょっとこっち来い」


 先にレジカウンターまで戻ってきた紫呉が椅子に腰を下ろし、まだドアの近くにいる湊を手招きする。

 その様子に何か不穏なものを感じつつも、湊は素直に寄っていく。もちろん恐る恐るではあるが。


 紫呉の隣、先ほどの椅子に座った途端、湊の肩が急に重たくなった。紫呉の腕が回されたのだ。そのままがっしりと肩をホールドされて、身動きが取れなくなる。


「わっ、いきなり何ですか!? 痛いです! 痛いから離してくださいよ! 学校の先生はこんなことしませんって!」


 突然肩にのしかかってきた重さと痛みに湊が驚き、反射的に腕を振りほどこうと暴れる。しかし体格で負けている湊の力では、紫呉に到底敵わない。


 紫呉はランニングを日課にしているだけあって、見た目以上に筋肉がある。いわゆる『着やせするタイプ』だ。

 それに比べ、湊は紫呉よりも十センチほど身長が低く、筋肉も人並み程度である。

 この二人を並べれば、どちらが勝つかは明白だろう。


 湊が懸命に暴れている間にも、だんだんと肩の重さは増してくる。もちろん、比例するように痛みも増す。

 それでもどうにかして逃げようと、湊が涙目になりながら頑張っていると、


「うっせーぞ、湊。俺はもう教員じゃねーからいいんだよ。とりあえずこれ見ろ」


 紫呉は低い声で告げて、ようやく湊の肩を解放した。


「……はい?」


 つい返事をした湊だが、その肩には今も紫呉の重さが乗っているような気がしないでもない。痛みもわずかに軽くなった程度だ。


 涙を浮かべたままの湊が肩をさすりながら、紫呉の指差したものに目をやる。

 示されていたのは、レジカウンターの上、先ほど田中が置いていった小さな紙袋だった。


 椅子に座り直した紫呉が長い足を組んで、湊の顔を見据える。


「さっきの俺らの会話、ちゃんと聞いてたか?」

「あ、すみません。紫呉さんの敬語に気を取られすぎて、あまり聞いてませんでした」

「お前なぁ……」


 湊の正直な告白に、紫呉は(あき)れた様子で大げさに溜息をついてみせた。


「……すみません」


 湊がもう一度、謝罪の言葉を口にすると、


「あとで覚えとけよ」


 などと、とても物騒な台詞が小さな声で返ってくる。


(あ、これやばいやつ……!)


 瞬時にさらなる身の危険を感じ取った湊は、慌てて話題を戻そうとした。ここ数日で身につけた、対紫呉用の護身術のようなものである。


 とにかく『危険を感じた時は話を変えておけ』、これに尽きる。こうすることで紫呉が忘れてくれるのを待つのだ。

 当然、必ず忘れるとは限らないし、先ほどのようにいきなりやってくるものには対応できないが。

 それでも何も対策しないよりはマシだろう、と湊は思っている。


「で、何を見ればいいんですか? さっきの話におれは関係ないと思うんですけど」

「ああ、そうだった。これだ、これ。話が逸れてたな」


 湊の護身術が功を奏したのか、本来の目的を思い出したらしい紫呉は、カウンターの上に置かれたままだった紙袋から中身を取り出した。


 出てきたのは、写真用のフレームに入れられた、小さな水彩画である。


「わあ、綺麗な花ですね。これって桜……いや、梅ですかね?」


 花にはあまり詳しくないですけど、と湊は素直な感想を述べた。


「ご名答。これは梅だ」

「あ、やっぱりそうなんですね」


 両手に収まる小さなサイズの絵画には、満開の梅の花が淡く、優しいタッチで描かれている。


 これを描いた人はきっととても優しい人なのだろう、と湊が目を細めながらじっくり眺めていると、横から紫呉の声が割り込んできた。


「そこでだ。これに宿ってるやつ、見えるか?」

「宿ってる?」


 突然飛んできた意味不明の言葉に、湊は思わず首を傾げたのだった。



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