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つきしろ骨董店へようこそ!~霊の願いは当店におまかせください~  作者: 市瀬瑛理
第六章 湊の選択

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第52話 『紫呉さんを助けたい』

 夜中になって、紫呉(しぐれ)はうなされるようになった。


 相変わらず目を覚まさない。熱はあまり高くないが、呼吸は荒く、ずっと苦しそうな様子である。やはり状態は悪化しているように思えた。


(全然、良くなる気配がない……)


 照明を少し落とした薄暗い客間の中、紫呉の姿を座って見守りながら、(みなと)は小さく溜息をついた。苦しんでいる紫呉を前にして、心を痛めないはずがない。


 湊も一度、リビングのソファーで横になった。ほんのわずかでも体力を回復させ、これまでの考えをまとめようとしたのだ。


 けれど、紫呉のことが心配で考えはまったくまとまらず、また目も()えてしまった。これなら紫呉の(そば)にいた方がいいと、早々に客間へと戻ってきたのである。


 湊の隣ではツムギが静かに丸くなっていた。

 本当は客間に入れるつもりはなかったのだが、湊がふすまを開けた拍子にするりと中に入り込んでしまったのだ。


 もちろん、湊はすぐに外に出そうとした。だが、ツムギがじっと紫呉の顔を見つめていることに気づいて、そのままにしておくことにしたのである。


 いつもは客間に入らないツムギだが、このタイミングでやってきたということは、さすがに今は飼い主を心配しているのだろう。


 そのあとも、ツムギはやはりおとなしくしていた。


(あれから何度か生霊(いきりょう)に話しかけてみたけど、まったく反応はなかったな……)


 湊は限界まで息を吐き切って、がっくりとうなだれる。


 反応がなければ、会話なんてもってのほかだ。これではいつになったら紫呉を助けられるのか、さっぱりわからない。


「話ができれば、願いを聞けるかもしれないのに……」


 タオルを水で()らしながら、ぽつりと(ひと)()ちた。


 思わず視界が(にじ)みそうになって、懸命に(こら)える。次には、何もできない悔しさを持て余し、強く奥歯を噛みしめた。



  ※※※



 翌朝早く。

 シュウは約束通りにやってきた。その手にはやはり緋桜(ひざくら)が握られている。


「湊くん、もしかしてずっと寝ないで紫呉についてたの?」


 客間に通されたシュウが湊の疲れた顔を心配そうに(のぞ)き込むと、湊は素直に肯定して(うなず)いた。


 ここでシュウに嘘をついても仕方ないだろう。それに、一晩徹夜するくらいは大したことではない。


「何だか全然眠れなくて……。あ、生霊に姿を現してもらう方法ってありましたか?」


 座った湊が早速本題を切り出すと、シュウは肩を落とし、静かに首を左右に振る。


「残念だけど、これといった方法はなかったよ。根気よく話しかけて、それに応じてくれるのを待つくらいしか……」

「そうですか。……おれ、夜中にずっと考えてたことがあるんですけど、聞いてもらえますか?」


 ほぼ予想通りの答えが返ってきて、湊は小さく苦笑を漏らす。それからシュウを見据えて、ゆっくり唇を動かした。


 紫呉の傍で一晩、懸命に考えを巡らせた。そしてようやく辿り着いた答えである。もしこの方法が使えれば、何とかなるかもしれない。湊はそう思っていた。


「うん、何?」


 シュウが優しい眼差しを湊に向ける。


(もしかしたら反対されるかもしれない)


 その視線を受けて湊はわずかに逡巡(しゅんじゅん)するが、覚悟を決めたように大きく息を吸い込むと、思い切って打ち明けた。


「紫呉さんの身体に憑いてる生霊を、他の人間の身体に憑依(ひょうい)させたりできないかなって。できると思います?」

「できるかできないかで言えば、できると思うよ。実際、今は紫呉の身体に憑依しているような状態だからね」


 シュウは一瞬だけ目を見張ったあと、冷静に答える。

 そこで一気に畳みかけるように、湊がさらに続けた。


「だったら、おれの身体に生霊を憑依させます。そうすれば、紫呉さんは一時的にでも目を覚ますだろうし、おれの身体を使えば生霊は紫呉さんと会話もできると思うんです。そういう条件なら生霊も応じてくれるかもしれません」

「それは危険すぎる! そんなことしたら湊くんがどうなるか……!」


 湊がしっかりとした口調でそう告げると、途端にシュウは声を荒げて、湊の両肩を強く(つか)む。懸命に止めようとしているのが、湊にも嫌でもわかった。


 やはり危険な方法らしい。おそらくシュウも考えついていたかもしれないが、それを却下した可能性が高い。


 けれど、今は「危険だ」などと言っていられない。このままだと紫呉はただ衰弱していくだけだろう。紫呉の命がかかっているのだ。


 ここぞとばかりに、湊が強気に言い放つ。


「おれの考えを尊重するっていいましたよね?」

「あれは昨日の話であって、今のことじゃない」


 シュウは湊の両肩を掴んだまま、離さない。


 さらに手に力を込めるシュウの瞳をまっすぐに見つめ、湊は説得するように言葉を紡いだ。


「きっと、生霊は紫呉さんに対して強い思いがあるんじゃないかと思うんです」

「僕もそれはそう思うよ」


 わずかにうつむいたシュウの手が、湊の両肩から滑り落ちる。

 だが、湊は言葉を止めなかった。


「だから、生霊の思ってることを直接紫呉さんに伝えられたら満足するんじゃないか、って」

「確かにそれが一番手っ取り早いのかもしれないけど、だからって湊くんがやらなくても……!」


 シュウは湊のことを思って、必死になって止めようとしている。それはありがたいと思うが、湊の決意は固かった。


 湊は膝の上に置いた拳を強く握り締めながら、精一杯の思いをはっきりと伝える。


「紫呉さんを助けたいんです。あと、(たける)さんの願いだけじゃなくて、生霊の願いも叶えてあげたい。紫呉さんならきっとそう望むだろうから。おれは大丈夫です」

「……大丈夫だなんて保証はどこにもないよ。湊くんの身に何かあったらどうするの? 他の方法を考えよう」


 湊の思いを聞いても、シュウは首を左右に振るだけだ。


 湊には、生霊を憑依させることがどれだけ危険なのかはわからない。失敗すれば、自分の命が消えるのかもしれない。それでも、唯一思いついたこの方法に賭けたかった。


「いえ、多分これが最善だと思うんです。他の方法がいつ見つかるかもわからないですし。紫呉さんを一刻も早く助けたいんです。もしおれに何かあってシュウさんや紫呉さんに危害を加えるようなことがあったら、その時は遠慮なくおれを生霊ごと緋桜で斬ってください」


 そう言い切って、湊はシュウの隣に置いてある緋桜に視線を向けた。

 シュウもつられるように、布袋に入ったままの緋桜を見やる。


「それはできない」


 しかしシュウは低い声で即答して、またもうつむきがちに大きく首を横に振った。その姿は痛々しくも見える。


 湊はそんなシュウを元気づけるかのように、あえて明るい笑顔を浮かべてみせた。


「じゃあ、おれのことを信じていてください」


 しばしの沈黙が流れる。


 少しして、シュウの口から大げさとも呼べるくらいの溜息が零れた。


「……わかったよ」

「ありがとうございます」


 湊の(かたく)なな態度にシュウがようやく折れると、湊は改めてにっこりと微笑んだのだった。



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