第48話 万年筆と生霊
「生霊だって霊なんだから、おれの能力で紫呉さんを助けられるかもしれない。むしろ今こそ能力を活用する時だよな」
紫呉を助けるために、紫呉の祖父──尊の願いを叶えるために、湊はすぐに行動を開始しようと立ち上がる。
まだ寝込んだままの紫呉をちらりと見下ろし、きつく両の拳を握った。
(原因はわかったけど、紫呉さんはまだ眠ったままだし、もし起きてもこのことは話さない方がいいだろうな。紫呉さんのことだから絶対無茶しそうだし)
そもそも、紫呉がいつ起きるかもわからない。しばらくは目を覚まさない可能性の方が高いように思われる。
いつもならば、「自分にできるだろうか」と悩むところだが、今回の湊の決断は早かった。
(紫呉さんは常に口も態度も悪いけど、根本的な性格はすごくいいんだよ。おれはいつもそれに救われてた。そう、初めて会った時から)
だから、恩返しがしたい。助けたい。理由はそれだけで十分だった。
とにかく、今の状態の紫呉を放ってはおけない。もうしばらくは傍についていた方がいいだろう。
本当は病院に連れて行った方がいいのだろうが、原因はわかっているし、容態が急変したら救急車を呼ぶことにする。
それに、この家にいた方が色々と都合がいい。
湊はそこまで考えを巡らせた。
早速もう一晩泊まることにして、母親に連絡を入れておく。理由は話さなかったが、夏休みだったのが幸いして快諾してもらえた。
「えーと、とりあえず枕元に水とかは用意しておいた方がいいよな」
湊はそう独り言ちると、キッチンの方へと向かったのだった。
※※※
「さて、あとはツムギがここに入らないようにして……と」
コンタクトレンズをつけ直し、紫呉の枕元に飲み水やタオルなどを置いた湊が、そっと客間を出る。
廊下できちんと座っているツムギに向けて、湊は小声で「入っちゃダメだからね。あと今日は静かにしててね」と、人差し指を唇に当てた。
湊の言っていることがわかったのか、ツムギは返事をするように小さく鳴くと、すぐにリビングへと帰っていく。
それを追って湊もリビングに戻った。けれどリビングは素通りして、まっすぐに店の方へと向かう。
数週間前に店を訪れた紫呉の同級生──上田沙也から預かったモノを確認するためである。
沙也が持ち込んだのは万年筆だったが、それからは霊の気配を感じられなかった。
しかし、沙也は「まだ不安だから」と、持ってきた万年筆を紫呉に預けていったのだ。
紫呉に取り憑いているのが沙也の生霊なのかは、今の段階ではまだわからない。
それでも、万年筆を見れば何かわかるかもしれない、と湊は考えた。
「えっと、ここに……」
依頼ボックスを持ってきて、レジカウンターの上に置く。
霊絡みのモノを一時的に入れておくための、依頼ボックス。これは持ち運びのできるサイズで、普段はレジカウンターの傍に置いてある。
霊絡みのモノ専用ではあるが、霊を封じたりなどといった仕掛けはない。端的に言ってしまえば、ただの木箱だ。
一応、南京錠もついているが、これは湊も合鍵を持たされている。紫呉曰く「何かあった時のため」だそうだが、まさかここで使うことになるとは。
「まあ、それが今役に立ってるんだけど、っと」
湊が手早く南京錠を外し、箱の蓋を開ける。
中を覗くと、一本の万年筆とそのケースが別々に入っていた。大雑把な紫呉が万年筆をケースに戻さず、そのまま入れたのだろう。
「とりあえず、霊の気配を探ってみるか。あれから何か変わってるかもしれないし」
依頼ボックスからは出さず、そのまま覗き込むような姿勢で気配を探る。
だが、しばらくして湊は諦めた様子で溜息をつくと、近くの椅子に腰を下ろした。
「やっぱり気配はないか……」
相談に来た時も霊は宿ってなかったもんな、と腕を組んだ湊がもう一度大きく息を吐いて、天井を仰ぐ。
「うーん、沙也さんは関係ないってことかなぁ。だとしたら、あれは誰の生霊なんだろう?」
唸りながら、箱に蓋をしようとした時だ。
「あ、しまった!」
湊はうっかり箱に腕を引っかけて、そのまま倒してしまう。
当然ではあるが、大きな音を立てた箱の中から、万年筆とそのケースが飛び出してきた。
「いくら紫呉さんの方で処分していいって言われてても、さすがに壊したらまずいよなぁ」
慌てて、レジカウンターの上に転がった万年筆に手を伸ばす。その指先が触れた時だった。
「……え?」
湊が目を見開いたまま、硬直する。
ほんの一瞬だが、指先に電流のようなものが走った気がしたのである。
それと同時に、紫呉に憑いている生霊と似た気配も感じた。先ほど紫呉から感じた気配よりもずっと弱いものだったので、残滓とでも言ったらいいのか。
「やっぱり沙也さんが……? もしかして、これを経由して紫呉さんに取り憑いたのか?」
それなら色々と腑に落ちる。
「うん、きっとそうだ」
確信する湊だが、ここで問題があった。
沙也がこないだ来た時は相談だけだったため、霊絡みの依頼時に記載する書類を書いてもらっていなかったのである。
その書類には本来ならば、名前や住所、電話番号などの情報が記されているはずだった。
それがないとなれば、湊には沙也の住所や電話番号を知る術はない。
紫呉に聞けばわかるかもしれないが、今無理やりに起こすわけにもいかないだろう。また、起こしてみたところで目を覚ますかもわからない。
「紫呉さんが起きるのを待ってるわけにもいかないしなぁ」
せっかく手がかりを掴んだのに、このままでは対処ができない。どうしたものかと思い悩む。
それに、こうしてわずかに湊が目を離している間にも、紫呉の状態はだんだんと悪化しているかもしれないのだ。
「もし、その間にもっと悪いことが起こったら……?」
ふと最悪の事態を考えてしまった湊が、自身の身体を抱いて身震いをする。
(どうしよう、どうしよう……っ!)
途端に考えがまとまらなくなった。ただ、「どうしよう」だけが頭の中を支配する。
とにかく一旦、紫呉のところに戻ろう。そう思って椅子から立ち上がった時である。
不意にドアの方から聞こえてきた物音に、湊ははっとして、その顔を上げたのだった。




