第45話 紫呉のいないつきしろ骨董店・2
レジカウンターを挟んで向かい側に座った女性が、静かに話し始めた。
「娘のことなんですけど、ここ最近ずっと具合が悪いみたいなんです」
「具合、ってどんな感じなんですか?」
普段の紫呉と同じように、湊が話を促す。
女性はさらに続けた。
「昼間はほぼ一日中部屋で寝ていて、夜だけは何とか食事などに起きてくるんですけど、またすぐに部屋に戻ってしまうんです」
「引きこもりってわけでもないんですよね?」
「それとは少し違うと思います。とにかく顔色が悪いし、心ここにあらず、っていうんですかね、とにかく覇気がないんです。それがまるで死んでいるように見えて……」
ここで女性は持っていたハンドバッグからハンカチを取り出して、目尻に当てる。
「最近って、いつからなんですか?」
「そうですね、八月半ばくらいだと思います。それからずっと仕事も休んでいて」
とにかく心配で、と女性は大きく息を吐いた。
「病院には行ってないんですか?」
湊が不思議そうに首を傾げる。
具合が悪いのなら、まずは病院に行くべきではないかと考えたのだ。
しかし、女性はうつむきがちに、力なく首を横に振った。
「連れて行こうとは思ったんですが、本人が『大丈夫だから行かなくていい。絶対に嫌だ』って行きたがらないんです」
「なるほど……」
そこまで拒絶されては、連れて行くのはなかなか難しいだろう。湊は納得しながら相槌を打つ。
「それに、私には何かに取り憑かれてるようにも見えて」
「ああ、それでここまで相談に来られたんですね」
湊の言葉に、女性はしっかりと頷いた。
確かに悪霊の憑いたモノを持っていて、そのせいで今の状態になっている可能性はあるかもしれない。
少し前に会った依頼人の野田が、悪霊に憑かれた扇子のせいで体調を崩していたことを振り返った。
女性が膝の上に置いた両手を握り締める。すると、その手の中のハンカチがぎゅっと小さくなった。
「それで、前に娘からここの話を聞いていたんで、相談にと思って来てみたんですけど」
「今日はちょうど店長が不在だったんですよね。おれだと話を聞くことしかできなくて、すみません。もっとアドバイスとか色々できればよかったんですけど」
心底申し訳なさそうに湊が謝ると、女性はすぐさま両手を顔の前で振る。
「いえ、いいんです。こうやって話せただけでも、少し気持ちが楽になったような気がします」
「そうですか? それならいいんですけど。明日の午後以降なら多分店長もいるはずなんで、店長ならもっと詳しくわかると思いますよ」
「そうなんですね。じゃあ、また改めてここに来ることにします。ありがとうございました」
言いながら、女性がハンカチをバッグにしまう。深く一礼すると、次には静かに立ち上がった。どうやらこれで帰ることにしたらしい。
「いえ、お気をつけて」
湊も続いて腰を上げた。
結局、話を聞くことしかできなかったが、それでも少しは満足してくれたようで、安心する。
しかし女性を外まで見送った湊は、その背中を見つめ、無意識にぽつりと零した。
「おれももう少し、役に立てるようになれたらいいのにな」
※※※
その後、家に戻った湊は少しだけリビングの片づけをすることにした。
じゃれてくるツムギの相手をしながら、大雑把に片づける。ある程度片づけたところで時計を見ると、ちょうど夕食にいい時間だった。
だが、わざわざ一人分を作るのも面倒だったので、今日は近所のコンビニで適当に済ませることにする。
それから一息ついてシャワーを浴びたあとは、適当にテレビを見てくつろいでいた。もちろん時々ツムギと遊んでやりつつだ。
「紫呉さん、もう寝たかな」
不意に思い出し、独り言ちる。
紫呉はああ見えても、きちんとした大人である。消灯時間は守っているはず。眠れないでいる可能性もあるが、それは湊のあずかり知らぬところだ。
紫呉の具合のことも気になったが、退院が延びたという連絡は来ていないので、今のところは大丈夫だろう。
何気なく時計に視線を向けると、夜の十一時を回っていた。
「おれもそろそろ寝よう」
最初は客間で寝ることも考えたが、ツムギが入ってきては困るので、結局リビングのソファーでツムギと一緒に寝ることにする。
ソファーに横になってタオルケットをかけると、一気に眠気が押し寄せてきた。
(今日は色々あったな……)
思い返そうとするが、その前に眠気の方が勝る。湊はそれに抗うことなく、ゆっくり夢の世界へと落ちていったのだった。




