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つきしろ骨董店へようこそ!~霊の願いは当店におまかせください~  作者: 市瀬瑛理
第六章 湊の選択

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第42話 紫呉の容態

 病院の前に着くと、すでに桜花(おうか)が待っていた。


 それから連れ立って、紫呉(しぐれ)の入院している病室へとまっすぐに向かう。土曜日のせいか、それともたまたまなのか、病棟にはあまり人の姿はない。


 紫呉の病室は三階の個室だった。


「ここだよね」

「うん」


 (みなと)と桜花が緊張した面持ちで、病室のドアの前に立つ。

 互いに顔を見合わせて(うなず)くと、湊が思い切ってノックした。それから静かにドアを開ける。


「……失礼します」


 恐る恐る声をかけながら、病室の中へと足を踏み入れる。


 もし紫呉が眠っていたら、起こすのは申し訳ない。

 そう思ったのだが、


「よお!」


 二人を迎えたのは、紫呉の明るい声だった。


「……紫呉さん」


 湊は力が抜けたように、それだけを紡ぐ。思わずしゃがみ込みそうになるのを懸命に(こら)えた。


 思っていた以上に元気な紫呉の姿に、湊が胸を()で下ろす。だが、桜花はまだ不安げに、室内をきょろきょろと見回した。


「紫呉くん、個室ってそんなに具合悪いの? 伯母(おば)さんはもう来た?」

「いや具合はもういいんだけど、今は大部屋が空いてないらしくてな。母さんはさっき帰ったとこだ」


 そんな桜花に紫呉が笑みをみせると、ようやく桜花も少しだけ安心したように小さな息を吐く。


 湊はその様子を眺めながら、(そば)にあった丸椅子を二つ持ってきた。一つを桜花に勧めて、自身ももう一つに腰を下ろす。


「それにしても、倒れたってどういうことですか?」


 率直に、けれど怪訝(けげん)な顔で湊が問う。

 すると紫呉はベッドに横になったままで、小さく頬を()いた。


「いや、その辺りは俺にもよくわかんねーんだけど、いきなりめまい起こしてさ」

「やっぱり熱中症ですか? 今の時期はまだ危険ですし」

「今日は早朝で涼しい方だったけどな。それに医者の話ではどうやら違うらしいし、原因もわからんてさ」


 お手上げだ、と紫呉は天井を見上げながら、肩を(すく)める。


「じゃあ何なんですかね? 珍しく早朝にランニングなんてしたからですかね。ルーティンが崩れたから、とか?」


 いつもは夕方とか夜に走ってますよね、と湊が首を捻る。桜花も一緒になって小さく首を横に倒した。


 普段は店の開店時間が十一時と遅いため、紫呉が起きるのもゆっくりだ。だいたい八時か九時くらいに起きているらしい。

 そのせいで、自然とランニングの時間も夕方や夜になっていることを、湊だけでなく桜花もよく知っていた。


 そのことを指摘すると、


「それがわかったら苦労しねーよ」


 紫呉は珍しくふてくされたように、口を(とが)らせる。原因がわからないことが大いに不満なのだろう。


「で、今はもう大丈夫なんですか? もともと体調が悪かったとかではないんですよね?」


 紫呉のことだから、わざと明るく振舞っているのではないか。ほんの少しではあるが、その可能性を疑った湊が、心配そうに紫呉の顔を(のぞ)き込んだ。


「ああ、朝の体調は万全だったし、今ももう大丈夫だ。倒れた時に腕とか足に()り傷なんかはできてるけどな」


 それはまだちょっと痛い、と紫呉は冗談めかして(ほが)らかに笑う。


 紫呉の言う通り、今は顔色も良く、普段とほとんど変わらない。どうやら嘘はついていないようで、湊は改めてほっとした。


 隣で椅子に座っている桜花も、いつものように口数が少なくなったが、それも多少は安心したからだろう。


「それならいいんですけど」

「明日には退院できるし、きっと大したことないんだろ」

「そうなんですね。じゃあ明日迎えに来ますよ。あ、そうだ。ツムギは今夜どうするんですか?」


 今は紫呉の家でツムギが留守番中のはず。湊がそれを思い出して口にすると、


「そういやそうだったな。湊、今晩だけツムギのこと頼んでいいか? 家に泊まってくれてもいいし、鍵渡しとくから自由に使ってくれ」


 紫呉は言いながら、ロッカーを指差した。そこに家の鍵が入っているらしい。


「わかりました。ちょうど夏休みだし、今日は紫呉さんの家に泊まってツムギの面倒見ますね」


 ちょっとした旅行気分にもなれますし、と湊はあえて笑顔で快諾する。


「ああ、頼んだ」


 湊の返事に、紫呉は満足そうな笑みを浮かべたのだった。



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