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つきしろ骨董店へようこそ!~霊の願いは当店におまかせください~  作者: 市瀬瑛理
第五章 丘に現れるもの

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第40話 紫呉の違和感

 悪霊がシュウによって無事に(はら)われたあと。


「じゃあ、俺は野田(のだ)さんと先に車に戻ってるから。(みなと)、そこの扇子(せんす)持ってきてくれ」


 紫呉(しぐれ)は地面に落ちた扇子を指差してそう告げると、野田を支えながら一緒に車へと戻っていった。


 野田は目の前で起こったことに少々腰を抜かしたのか、その足取りはおぼつかない。


 さすがに悪霊は見えていなかっただろうが、シュウの術ははっきりと見えていたはずだ。こんな体験をして平気な人間はあまりいない。

 湊もまだ少し、夢を見ているような心地である。


 多少霊などに慣れてきている湊ですらこうなのだから、野田を一人で帰すのは心配だ。

 紫呉はそう考えたらしく、野田を家まで送っていくことにした。


 そんな紫呉と野田の背中を見送ってから、湊は地面に落ちたままになっている扇子と桐箱を拾おうとしゃがみ込む。


 きちんと扇子を桐箱に収めると、(そば)に立っているシュウを見上げた。


「これって、もう安全なんですよね?」


 念のために確認しようと声をかけるが、シュウは腕を組んで何かを考えているようで、返事はない。


 いや、考えているというよりも、どちらかと言えば、釈然(しゃくぜん)としない様子といった方が正しいかもしれない。


 シュウが今、何を思っているかは当然わからない。


 聞きたいけれど、湊にはそれを聞くことができなかった。下手な質問をしてシュウに嫌われたくないのだ。


(無事に祓ったのに、そのことに納得いってないのかな? 祓い方があまりかっこよくなかったとか? おれから見たらめちゃくちゃかっこよかったんだけどなぁ)


 しゃがみ込んだままの湊は顔を戻し、頭の中で様々な想像を(ふく)らませる。


 祓い屋として、悪霊を祓うシュウの姿は本当にかっこよかった。悪霊にはもう会いたくないが、あれだけかっこよく祓えるのはちょっといいな、などと思う。


 そこであることに気づいた。


(え、もしかしてまだこの扇子に悪霊が()いてたり!?)


 思わず扇子の入った桐箱を手放しそうになった時である。

 頭上からようやくシュウの声が降ってきた。


「湊くん。最近お店で何か変わったことってあった?」

「え?」


 だが予想もしていなかった言葉に、湊はこれまで桐箱に向けていた目を見開く。そのまま顔を上げた。


「どんなことでもいいんだけど、湊くんの知ってる範囲で何かある?」

「最近変わったこと、ですか……?」


 そんなことあっただろうか、と湊が顎に手をやりながら、空を見上げる。視線の先には抜けるような青空が広がっていた。それはとても平和な色である。


 空を見やったままの湊に、シュウはさらに続けた。


「うん。霊絡みの依頼とか」

「……そうですね、変わってるかどうかはわかりませんけど、今回の依頼以外だと紫呉さんの高校時代の同級生がさっき相談に来たくらいですかね」


 湊が桐箱を手に立ち上がりながら、午前中に来た沙也(さや)のことを振り返る。


 守秘義務があるので、詳しい内容は話せないが、この程度なら大丈夫だろう。それに、沙也が持ってきたモノは霊に関係がなかったのだから。


「そうなんだ」


 シュウも守秘義務のことはわかっているようで、それ以上詳しく聞かれることはなかった。

 しかし、紫呉の消えていった方へと顔を向けて、またも何かを考えているようである。


「シュウさん、どうかしたんですか?」

「……しばらく紫呉の様子を見ていてもらえるかな?」


 声をひそめたシュウの視線は、まだ紫呉を追っているようだった。


「それはもちろんいいですけど、紫呉さんに何かあるんですか?」

「ちょっと違和感があって、気になるんだよね」

「違和感、ですか?」


 湊がシュウの言葉を繰り返す。


 それから先ほどまでの紫呉の姿を思い返すが、特に変わったところはなかったように見えた。


 ()いてあげれば、今日もきちんと敬語を使っていたことくらいか。これを紫呉本人に言うと、怒られるのは目に見えているので、今は思うだけにしておく。


「まだ僕にも詳しくはわからないんだけどね。さっき、ほんの少し感じただけだから」

「霊に関係してることなんですか?」

「それもまだはっきりしてないんだ」

「でも、紫呉さんに違和感はあったってことですよね」


 湊が「うーん」と(うな)るような声を漏らした。


 いまいち意味がよくわからないが、シュウは紫呉から微細(びさい)な何かを感じ取っているのかもしれない。


 それは霊に関わることなのか、そうでないのか。


 だが、シュウが言うのだから、きっと何かしらの意味はあるのだろう。


 いつになく真剣な表情のシュウを前に、そう信じることにする。


「もしこれから紫呉に何か変わったことがあったら、前に渡した名刺の電話番号に連絡して」

「わかりました。とにかく、紫呉さんを見張っておけばいいんですよね」


 そう答えて、湊はしっかりと(うなず)いたのだった。



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