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つきしろ骨董店へようこそ!~霊の願いは当店におまかせください~  作者: 市瀬瑛理
第五章 丘に現れるもの

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第39話 祓い屋の仕事

「まずは、その扇子(せんす)を見せてもらってもいいですか?」

「あ、はい。今出しますね」


 紫呉(しぐれ)に聞かれた野田(のだ)は、慌てた様子で手にぶら下げていた紙袋の中身を取り出した。


 出てきたのは、桐箱である。中には黒地のシンプルな扇子が収められていた。見るからに高そうである。


(こういう扇子って、いくらくらいするのかな?)


 それを何気なく見つめた(みなと)だったが、ふと何か黒いもやのようなものが見えて、目を見張った。

 思わず両目を手で(こす)る。それからまた見直してみるが、やはり変わらなかった。


 どうやら扇子の色が黒いから、というわけではないらしい。


 湊はつい首を傾げそうになる。だが次の瞬間、背筋に冷たいものが走って、反射的に自身の身体を抱き締めた。


「……っ!」


 そんな湊の様子に気づき、顔を(のぞ)き込んできたのは紫呉である。


「何か感じるのか?」

「……これ、何だかすごく嫌な感じがします。気配はまだ探ってないんですけど」


 顔を青ざめさせた湊は、小さな声でそれだけを答えた。


 湊がもう一度、改めて確認するようにちらりと扇子を見やる。やはりそれは黒いもやに包まれていた。


 周りの空気が一気に冷えたような、そんな錯覚に(おちい)る。実際にはそんなことはないのだろうが、少なくとも湊にはそう感じられた。


 自身をかき(いだ)く手のひらには嫌な汗が(にじ)み始めている。全身が小さく震えているのが、自分でもはっきりとわかった。


 その場に座り込んでしまいそうになるのを、必死に(こら)える。それが湊に今できる精一杯だった。


「うん、これは悪霊の気配だね」


 シュウが声を低めた時である。


「うわっ」


 突然吹いた一陣の風に全身が(あお)られて、湊はとっさにキャップを押さえながら目を閉じた。

 ほぼ同時に、何かが落ちるような音が聞こえてくる。予想もしていなかったその音に、両肩がびくりと大きく跳ねた。


 湊がゆっくり(まぶた)を開けて、音のした方へと顔を向ける。


 風が吹いた時に野田が取り落としたのだろう、桐箱が地面に落ちて、中に収まっていた扇子が飛び出していた。


 しかし、音の正体を知ってほっとしたのも(つか)の間、落ちている扇子の上に見えたものに、湊は思わず息を呑んだ。


 双眸(そうぼう)に映っているのは、真っ黒な塊だった。


 中型犬くらいの大きさだが、それは明らかに禍々(まがまが)しいものである。その姿に、湊は漠然とこれが悪霊なのだと悟った。


「野田さんはこっちに!」


 紫呉がすぐさま野田の腕を引く。


「は、はい!」


 野田は言われた通りに後ろに下がり、紫呉の背中に隠れた。


 どうやら、今は紫呉にもこの黒い塊が見えているようだった。

 紫呉の目にも見えているということは、やはり霊なのだろう。しかも善ではなく、悪だ。


 ということは、当然シュウにも見えているはずである。


「シュウさん……っ!」


 湊が(そば)にいるシュウの方に目をやると、シュウはすでにバッグから数珠(じゅず)のようなものを取り出していた。



  ※※※



 シュウがバッグから取り出したのは、青い石でできた数珠のようなものだ。青い石は、ぱっと見ではあるが、ラピスラズリのように見える。


「シュウ、頼んだ!」


 野田を背後にかばっている紫呉が、シュウに向けて声を上げた。


 扇子に()いている悪霊に対抗できるのは、悪霊専門の(はら)い屋であるシュウだけだろう。


「任せて」


 シュウは静かに(うなず)くと、数珠のようなものを左手で掲げる。


 悪霊を祓おうとしているその姿に、湊の目が釘付(くぎづ)けになった。


「──我、今こそ(じゃ)を断ち、祓い清めん──」


 決して大きくはないが、シュウの(りん)とした声が響く。


 すると次には、小さな雷雲が悪霊の頭上に現れた。


「──天雷(てんらい)!」


 シュウが声と同時に掲げていた手を勢いよく振り下ろすと、雷雲から発生した細い稲光が、悪霊に向かってまっすぐに落ちる。


 途端に、辺りは白に覆われた。


 湊はその(まぶ)しさに、きつく目を閉じることしかできない。


 少ししてからそっと瞼を上げると、そこにはもう悪霊の姿はなかった。


「シュウ、やったか?」

「表の方には他の観光客がいるから、あまり見えないように少し控えめにしたけど、悪霊はちゃんと祓ったよ」


 紫呉の確認に、シュウはそう答えて笑みを浮かべる。

 その姿を見て、全員が安心したように息を吐いた。


「やっぱり悪霊だったか。シュウを呼んで正解だったな」

「悪霊ってあんなに禍々しいものなんですか……?」

 

 湊が思わず(ひと)()ちるように零すと、シュウは湊の方に顔を向ける。


「湊くんは初めて見るんだっけ」

「あ、はい……」

「今回のはそこまで大きくなかったけど、悪霊であることには変わりないからね。やっぱり怖かった?」


 シュウの優しい言葉に、湊は無言で、けれど正直に頷いたのだった。



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