第38話 お土産の扇子
今回の依頼人との待ち合わせは、午後三時である。
ジンギスカンを食べ終えたあと、シュウをどうにか宥めて、湊と紫呉はソフトクリームをしっかり堪能した。
それから三人で移動したのは、外にあるクラーク像の前である。ここが待ち合わせ場所だった。
待ち合わせの時間にはまだ少し早い。
ベースボールキャップをかぶった湊は、放牧されている羊たちを楽しそうに眺めながら、待ち合わせの相手を待っていた。
紫呉とシュウは何かを話しているようだったが、おそらくこれからの依頼についての相談だろう。
「あの、月城さんでしょうか?」
少しして、紫呉に声をかけてきたのは年配の男性だ。
「あ、はい。もしかして野田虎太郎さんですか?」
「そうです。野田です。もし間違えたらどうしようかと思いました」
紫呉がにこやかに答えれば、男性はほっとしたような表情で薄く笑みを浮かべた。
だが、あまりいいとは思えないその顔色に、湊は少々心配になる。
その理由は、紫呉から簡単に聞かされていた内容からだいたい推測できるが、やはり霊絡みなのだろう。
「直接お会いするのは初めてですね。つきしろ骨董店、店主の月城紫呉です」
「改めまして、野田です。今日はよろしくお願いします」
紫呉は自己紹介をしながら、名刺を差し出す。緊張した面持ちの野田も名刺を出して、それぞれ交換した。
湊が聞いていた話では、野田は紫呉の教員時代に教頭だった人物の知り合いらしい。
霊絡みの依頼は、こういう知り合いからのルートなどでも入ってくるそうだ。
今回は、依頼人の希望でここ──さっぽろ羊ヶ丘展望台を待ち合わせ場所にしたのだという。
「こちらが祓い屋のシュウと、うちのアルバイトの古賀です」
紫呉の紹介にシュウが頭を下げたので、湊も慌ててそれに倣った。
「じゃあ、ここは人が多いのでチャペルの方に移動しましょう」
「わかりました」
紫呉が促すと、野田は素直に頷く。
「湊くん、行こう」
「あ、はい!」
シュウに声をかけられ、湊は先に行く三人の背を慌てて追ったのだった。
※※※
やってきたのはチャペルの裏手である。さすがにこちらには人の姿はない。
そこで湊はコンタクトレンズを外し、かぶっていたキャップを深くかぶり直した。
「電話で依頼をお受けした時にも少し話は聞いてますが、改めてお聞きしてもいいでしょうか?」
「もちろんです」
紫呉が丁寧に、だが単刀直入に本題を切り出すと、野田は大きく首を縦に振った。
湊は紫呉の隣、半歩ほど下がったところに緊張した表情で立っている。
その肩をシュウが優しく叩いた。
「湊くん、そんなに緊張しなくても大丈夫だから」
「は、はい」
ぎこちなく湊が頷いたところで、野田がゆっくり話し始める。
「先日、友人から京都土産で扇子をもらったんですが、たまたまなのかそれから体調が悪くなりまして」
「お風呂に塩を入れたりとかはしました?」
紫呉が聞くと、野田はまたもしっかりと頷いた。
「はい、月城さんに言われた通りやってみました。でも効果はなかったように思います」
「なるほど、そうですか」
紫呉は何かを考えるように腕を組む。
そこにシュウが声をかけた。
「紫呉はどう考えてるの?」
腕を組んだままの紫呉はシュウを見やって、一つ溜息を落とす。
「体調にかかわってくるってことは、今回はシュウの出番かと思ったが当たりかもしれないな」
「そうだね」
シュウも同意して頷いた。
どことなく深刻そうな雰囲気に、湊はまだついていけないでいる。
「どういうことですか?」
これまで黙って話を聞いていたが、ようやく恐る恐るといった様子で声をかけた。
このあとは湊の能力が必要になるのだから、質問する権利くらいはあるだろう。
すぐさま返事をよこしたのはシュウである。
「僕の出番ってことは、悪霊が関わってるってこと。悪霊に取り憑かれたモノを持っていると、持っている人間にも悪影響を及ぼすからね」
続けて、紫呉も端的に補足してくれた。
「前に『悪霊は人間に危害を加える』って話したことあったろ」
「あ、なるほど」
湊が二人の話に納得して手を叩く。
どうやら、野田が土産にもらった扇子に悪霊が取り憑いている可能性があるようだ。
今日はどうしてシュウも呼んでいるのかと疑問に思っていたが、そのせいらしい。どうして今まで気づかなかったのか。観光気分で少々浮かれすぎていたのかもしれない。
今になって謎は解けたが、それはつまり、これから湊は普通の霊ではなく、悪霊の気配を探ることになるということだ。
いくら傍にシュウがいるとはいえ、悪霊の気配を感じたり、直接見たりするのはやはり怖いと思ってしまう。
先ほどの緊張がまたぶり返してきて、湊は下ろしている両手の拳をぎゅっと強く握り締めた。
そこで、紫呉が改めて口を開く。
「……やっぱまずは憑いてるかどうかをきちんと確認しないとな」
呟くような口調に、その場の全員が黙って頷いたのだった。




