第33話 『絶対に忘れない』
湊が通訳を終えると、裕太は黙って視線をランタンに向けた。
まだ姿を現したままの茜が、そんな裕太の顔を見上げる。裕太にはわからないだろうが、その姿は互いに見つめあっているようだった。
しばしの沈黙が流れる。
もちろん、湊と紫呉は無言で事の成り行きを見守っていた。
少しして、裕太がゆっくり言葉を紡ぎ始める。
「……僕も、茜のこと好きだったよ。いや、違うな。今も好きなんだよ。今日は会えてよかった」
とても優しい声音、そして微笑みだった。
それから静かにランタンに手を伸ばす。湊の視界にちらりと映った裕太の瞳は、かすかに潤んでいるように見えた。
湊は迷うことなく、裕太にランタンを差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう、ございます」
裕太がランタンを湊から受け取り、ゆっくり大事そうに抱き締めた。その指先は小さく震えている。
予想していなかった出来事だったのだろう。茜は裕太の腕の中で目を瞬かせていた。
「……茜さん、他に伝えたいことはありますか?」
湊がそっと茜に確認する。
涙を浮かべた茜は、一度空を見上げたあと、今にも泣き出しそうな声でこう言った。
『……同じ気持ちだったなんて、すごく嬉しい。もう私のことは忘れて、とは言わないけど、裕太にはこれからもっと幸せになって欲しいの』
茜の言葉をそのまま、裕太に伝える。
裕太は嗚咽を漏らしながら何度も頷いて、声を絞り出した。
「幸せに、ちゃんとなるから! それに僕は、絶対に茜のこと、忘れない……っ! だから、茜も僕のこと、ずっと忘れないで……っ」
裕太の頬を伝う涙が、幾筋もランタンへと降り注ぐ。まるで雨のように。
茜は満足げに裕太に向かって微笑んでみせると、静かにランタンから抜け出した。
これまでに見てきた霊たちと同じように、空へと高く昇っていく。
『……私も、絶対に忘れない』
最後に力強い口調でそれだけを告げて、茜は姿を消したのだった。
※※※
茜が最後に残した言葉を裕太に伝えたあと、裕太はしばらくその場で泣き続けた。
湊は紫呉と一緒になって、そんな裕太の姿をただ黙って見守っていた。
どれだけの間そうしていただろうか。
ようやく泣き止んだ裕太は顔を上げると、
「……今日はありがとうございました。直接は見えなかったけど、茜に会えてよかったです」
真っ赤に泣きはらした目でそう言って笑う。
「こちらも、茜さんの願いを叶えられてよかったです」
紫呉も同じように目を細めた。
湊は瞳が潤むのを我慢するのが精一杯で、今は言葉が出てこない。何かを話そうにも、その途端に涙も一緒に溢れてしまいそうで、ただ口を噤むことしかできなかった。
「僕はもう少しだけここに残ります。ランタンはあとで返しておきますから」
裕太の手にあるのは、つい先ほどまで茜が宿っていたランタンである。もう茜はいないが、きっと名残惜しいのだろう。
「わかりました」
裕太の言葉に、紫呉は真面目な表情でそれだけを答える。
自分たちにできることは、すべてやった。茜は無事に成仏できたし、これからは裕太が前を向いて進めればいい。
そう思いながら、湊と紫呉は揃って裕太に深く一礼する。
そして、静かにその場を後にしたのだった。




