第32話 ランタンの告白
裕太の家から帰ってきてから数日後。七月半ばのことである。
湊と紫呉はまた、札幌市定山渓自然の村にやってきていた。
今日はここの駐車場で裕太と待ち合わせをしている。
時間よりも少し早く着いた二人は、車から降りて裕太を待っていた。
「それにしても、よく信じてもらえましたよね」
腕時計に目を落とした湊が呟くように言うと、紫呉はすぐさま反応する。
「だからそれは俺の人徳ってやつだよ」
「紫呉さんにそんなものありましたっけ……?」
「どこからどう見ても人徳の塊だろーが」
湊の言葉に、紫呉はそう答えて両手を腰に当てた。いつも通りの紫呉である。
湊は「そうですね」と棒読みで返しつつ、仰々しく溜息をつく。それから先日のことを振り返った。
紫呉の話を聞いて快諾してくれた裕太は、意外にも湊と紫呉のことを怪しくは思っていなかったらしい。
裕太曰く、「何となくだけど嘘は言ってないと思った」とのことだ。
あまり疑われなかったこと、そして断られなかったことはとてもありがたい。さすが『爽やかな好青年』である。
そこまで考えて、湊は途端にそわそわし始めた。
これから茜が裕太に告白するのだ。他人事とはいえ、これが緊張しないはずがない。それに、湊には『通訳をする』という大事な役目が待っている。
コンタクトレンズを外した湊の手には、茜の宿ったランタンがあった。今回も管理センターから借りてきている。火はついていない。
『……ホントに来るの?』
「ちゃんと約束しましたから、大丈夫ですよ」
茜の不安そうな声に、湊は微笑みを返す。
『……それならいいんだけど』
茜が不安になるのも無理はないだろう。湊と紫呉がしてきたのはあくまでも口約束であって、法的拘束力などは一切ない。
約束を破る可能性ももちろんないとは言えないが、裕太はそんな人間には見えなかった。それは茜が一番よく知っているだろう。
そう思った湊が、改めて茜を励まそうとした時である。
「お、来たんじゃねーか?」
紫呉が目の上に手をかざし、嬉しそうな声を上げた。
※※※
三人とランタンに宿った茜は駐車場の端、あまり人目につかない場所に移動する。
「今日は来ていただき、ありがとうございます」
紫呉が人好きのする笑顔で裕太を迎えると、湊はその隣で小さく頭を下げた。
「いえ、こちらこそありがとうございます。それで僕はどうしたらいいでしょうか?」
裕太の言葉に、すぐさま紫呉が反応を返す。
「古賀が持っているランタン、これに茜さんが宿ってるんです」
「これですか?」
裕太は「へぇ」と興味深そうにランタンに視線を向けた。
「そうです。で、これから茜さんに出てきてもらって、古賀に通訳してもらおうと思います。その話を聞いていただければと」
「なるほど。古賀くんが霊と会話できるんでしたっけ」
「あ、はい」
湊は緊張の滲んだ声で、それでもしっかりと頷いてみせる。
その様子を見て、紫呉は湊の背中を数回軽く叩いた。
何となくだが「大丈夫だ。頑張れ」と言われているような気がして、湊は紫呉の方をちらりと見やってから、大きく深呼吸をする。
そして、手に持っているランタンを少しだけ持ち上げて、声をかけた。
「茜さん、出番ですよ」
すぐに姿を現した茜は、裕太が目の前にいることがまだ信じられない、とでも言いたげな表情を浮かべている。
『……本物なの?』
「当たり前じゃないですか」
茜の疑いの声に、湊が思わず苦笑を漏らした。
今、茜の姿が見えているのは湊と紫呉だけである。見えていない裕太は、ランタンと会話している湊を不思議そうに眺めていた。
『……そ、そうなんだけど。裕太に言いたいこと、もう言ってもいいの?』
「もちろんいいですよ。ちゃんと伝えますから」
湊が柔らかい笑みで促すと、
『……わかった。ちょっとだけ待って』
胸に手を当てた茜が、先ほどの湊と同じように深呼吸をする。
それを数回繰り返してから、意を決したように一つ頷いて、おもむろに口を開いた。
『……私は、ずっと裕太のことが好き、でした。付き合って、とかはもう言えないけど、裕太が私のことをどう思ってたのかだけは知りたいの』




