第31話 想い人
湊はすでに慣れたもので、てきぱきと要領よく茜から話を聞き出した。
正直、それを喜んでいいのかはわからない。だが、霊のことや自分の能力を前よりも疎ましく思わなくなっていたのは事実である。
翌日、茜の宿ったランタンを管理センターに返却した湊たちは、そのまままっすぐ家に帰ってきた。ランタンはレンタル品のため、持って来られなかったのだ。
茜もすでにランタンから離れられなくなっていたらしく、仕方なしに置いてくることしかできなかったのである。
「必ずここに連れてきますから、少しだけ待っててください」
湊がそう言って、茜に柔らかく微笑んでみせると、
『……うん、ずっと待ってる』
茜も笑顔で頷いた。
※※※
月曜日。キャンプから帰ってきた翌日である。
ちょうど店の定休日だった紫呉は、これ幸いとばかりに湊を連れて、午後から車を走らせた。
学校があった桜花は当然連れてきていないが、桜花自身も力になりたかったらしく、昨日はとても残念そうな表情をみせていた。
車で二十分ほど走って、二人が着いたのは札幌市内の住宅街である。目的地が同じ市内だったのはとてもありがたい。
「裕太さんの家ってここでいいんだよな?」
ある一軒家の前に車を停めた紫呉が、助手席の湊に視線を向ける。
裕太とは茜が話した男性の名前だ。
「茜さんからの情報だと、ここで合ってるはずです。表札の苗字も一致してますし」
湊は手にしたメモを確認しながら、素直に頷いた。
メモには茜から聞いた内容をきちんとまとめてある。男性の名前だけでなく、きちんと詳しい住所も書いてあった。茜は何度も遊びに来たことがあったらしい。
茜の記憶が間違っていなければ、ここで大丈夫だろう。
「じゃあ、早速突撃してみるか」
「え、いきなりですか?」
「だって、電話でアポ取ろうにも電話番号なんて知らねーし。そもそも知ってたら、ここまで来なくても電話で事情話せばいいだけだからな」
「確かに、茜さんもさすがに電話番号までは覚えてなかったですからね」
まあそれなら突撃するのも仕方ないか、と湊が紫呉に同意しようとした時である。
「お、誰か帰ってきた!」
突然声を上げた紫呉に、湊の両肩が大きく跳ねた。
「紫呉さん、声が大きいです。で、誰が帰ってきたんですか?」
「年齢的に見て、茜さんの言ってた裕太さんじゃねーかな。よし行くか!」
そう言うなり、紫呉は湊を置いてさっさと車を降りていってしまう。
「あ、ちょっと待ってくださいって!」
湊も急いでシートベルトを外すと、先に行く紫呉の背中を追ったのだった。
※※※
インターフォンを鳴らしてすぐに出てきたのは、先ほど帰ってきたばかりの若い男性だった。
見た目は茜と同じく大学生くらいに見える。『爽やかな好青年』、茜はこう言っていたが、確かにその通りである。
それに、兄弟はいないと茜が言っていたので、おそらくこの男性が裕太で間違いないだろう。
しかし、まずはしっかりと確認しておかなければならない。人違いをするわけにはいかないのだから。
「失礼ですが、裕太さんでしょうか?」
紫呉が丁寧な口調で名前を確認する。
紫呉の敬語にもようやく慣れてきていた湊は、その様子を隣で黙って見守っていた。胸の中は緊張でいっぱいであるが。
問われた男性は、少々不思議そうな表情を浮かべながらも、素直に頷いた。
「そうですけど、あなた方は?」
当たり前のように裕太に聞かれ、紫呉と湊が玄関先で簡単に自己紹介をする。紫呉はきちんと名刺も差し出した。
手元のそれに目を落とした裕太は、今度は訝しげに首を捻る。
「骨董屋さんがどうしてここに?」
それもそうだろう。見ず知らずの骨董屋の店主が、まさか自分を訪ねてくるとは思いもしないはずだ。
「普段は骨董屋をやってるんですけど、実は……」
そこで紫呉は、骨董屋以外にも霊関係の仕事もしていることを正直に明かす。
本題に入り、茜がランタンに宿ってキャンプ場でずっと待っていることを伝えた。もちろん、告白のことは伏せてだ。
「そういうわけで、キャンプ場に来てもらえませんか?」
単刀直入に告げて、湊と紫呉は深々と頭を下げる。
それから顔を上げて、まっすぐに裕太を見据えると、裕太は軽くうつむいて考える素振りをみせた。
一年前に亡くなった友人が霊になってキャンプ場で待っている、などと言われて素直に信じるのはなかなか難しいだろう。
裕太から見れば、湊と紫呉は突然現れたうえに、霊が見えて話もできると言い張る、怪しい二人組でしかない。
しかも、その口から語られたさらに怪しい話を「信用しろ」というのだから、無理難題もいいところだ。それは湊たちもよくわかっている。
それでも、茜のためにどうにかして信じてもらわないといけない。
湊は紫呉とともに、ただ黙って裕太の答えを待った。場合によっては土下座すら厭わない、と考えながら、両の拳を強く握り締める。
けれど、少しして顔を戻した裕太は、
「……わかりました。キャンプ場に行きます」
真剣な眼差しを湊たちに向けて、しっかりと頷いたのだった。




